二十四曲目『パラダイム・シフト』
サクヤは一つ吐息を漏らすと鍵盤に指を置き、滑らかにピアノを弾き鳴らした。サクヤのピアノソロが切なさを感じさせるように美しく、儚げな音色で奏でていく。
そこにウォレスのドラムと真紅郎のベースが、横ノリのゆったりとしたリズムで演奏を始めた。
いつもは野性的で豪快なウォレスのドラムが、今は力強くも細やかにビートを刻んでいく。それに合わせ、真紅郎のベースがクールにどっしりとした重低音を醸し出していた。
リズム隊の二人による演奏とサクヤのお洒落な美しいピアノサウンドに、やよいはギターが混ざる。
ロックのような激しいディストーションが効いている派手さはなく、色気を感じるほど複雑に変化する落ち着いた雰囲気のギターサウンド。
楽器隊の絶妙なバランスで奏でられた演奏が心地よいグルーヴを生み、曲を彩っていく。
今回の新曲<パラダイム・シフト>は、俺たちRealizeが初めて演奏するジャンルだ。
アフリカ系アメリカ人が生み出した、ブルースやジャズ、ゴスペルの要素を混ぜ合わせ、華やかで洗練された都会的なサウンドが特徴のこのジャンル。
リズム&ブルース……略して<R&B>。これが、サクヤの行き着いた音楽ジャンルだ。
R&Bについて、俺はさすがに時間がなくてサクヤに教えていなかった。だけど、サクヤは俺が教えたブルース、ジャズ、ゴスペルの三種類から、自力でR&Bというジャンルを編み出してみせた。
驚いたけど、同時にサクヤの才能が恐ろしく感じる。サクヤは、最初から知識として知っていた俺たちとは違って、音楽の
そして、見事R&Bの曲を作り上げる。本当に、サクヤは天才的だ。
だけど、俺たちだって負けてられない。例えやったことがないジャンルだとしても、挑戦する。
この曲の名前のように、
心地よい演奏に耳を傾けながら目を閉じて息をゆっくりと吸い込んでいく。そして、この演奏から感じさせる切なさを全面に押し出すように、マイクに向かって歌声をぶつけた。
「LaLaLa……」
出だしから力を込めて低く、深みのある歌声にビブラートを効かせて響かせる。全身を使い、全てを出し切るようにロングトーンで歌い上げてると、俺たちの足下に大きな紫色の魔法陣が展開された。
そして、俺たちを中心に波紋のように紫色の光が広がっていくと、光に当たったスケルトンの軍勢の動きが遅くなる。
まるで油の切れたロボットのようにギシギシと骨を軋ませながら、ゆっくりとした速度で俺たちに向かおうとするスケルトン。それを見たデルトは不敵に笑みを浮かべながら、戦士たちに叫んだ。
「この期を逃すな! 全員、突撃ぃぃぃぃぃ!」
デルトを先頭に戦士たちが雄叫びを上げてスケルトンに走っていく。どうにか戦おうとするスケルトンだけど、剣を振り上げる動きが緩慢だ。その隙を見逃さず、戦士たちはスケルトンを蹴散らしていった。
この<パラダイム・シフト>のライブ魔法での効果。それは、敵と認識している者の動きを遅くさせる
元々あまり動きが速くないスケルトンは、ライブ魔法の効果でもはや止まっているようだ。これなら戦士たちも苦戦することはないはず。
戦っている戦士たちを見据えながら、俺たちは演奏を続けた。
「この世界に産み落とされた 僕はまだ見つけていない 一番欲しかったもの それが何かすらも知らない 僕はまだまだ迷ってる この先には何があるの?」
Aメロの歌詞をブルースのように哀調を帯びた演奏に合わせて切ない声で歌い上げる。深く沈み込むように、サクヤの心を表している歌詞を。
激しい戦場とは裏腹に哀愁漂わせる演奏が響く中、俺は息を吸い込んでからBメロに入る。
「僕の周りに巡る星は LaLaLa煌めいて いつか大きな川になり ShaLaLa漂って 一際輝く 星を掴むんだ 生まれた意味を 見つけるんだ」
静かに徐々に盛り上がっていく演奏に目を閉じた俺は、マイクを握りしめながら魂を込めてサビを歌う。
「この世界は綺麗 幸せな人々は みんなそう 幸せを掴んだ人 許された存在 僕は違う」
しっとりとした低音を深く震わせ、沈み込むような振動にR&Bサウンドらしい
これは、この曲は、サクヤの……俺たちの革命だ。
「僕は変えてやる 自分で見つける 命の意味 それがひとりぼっちの パラダイム・シフト」
絞り出すように感情を躍動させて、ロングトーンでサビを歌い切る。
まだ一番が終わったばかりなのに、一気に汗が噴き出した。それぐらい、この曲は体力と集中力が求められる。ロックとはまた違った疲労感だ。
それでも、今の俺は歌える。前までは歌えなかったR&Bも、必死に練習して歌えるようになった。
そして、やよいたちも練習をしてきた。そこで思った……俺たちはちょっと、考えが凝り固まっていたようだ。
Realizeはロックバンド。だから、ロックテイストの曲を演奏してきた。たまにバラードもやるけど、基本はロック。
でも、サクヤに気づかされた。音楽は、自由だ。ロックバンドだからってロックだけじゃダメなんだ。
音楽のジャンルは幅広い。そのどれもが魅力的で、最高だ。
まさに、俺たちはパラダイム・シフトした。凝り固まっていた価値観や認識が革命的に、劇的に変化したんだ。
俺たちはまた一つ、成長出来た。そのことに心の底から嬉しくなって思わず笑みを浮かべた俺は、サクヤに目配せすると頷いて返してくる。
そして、しっとりとしたスローテンポの演奏が変化した。
落ち着いているけど軽快なジャズのように。静かだけど跳ねるようなリズムを感じさせるサウンドを聞いたデルトは、スケルトンを殴りつけながら戦士たちに向かって声を張り上げた。
「お前ら!
その言葉に、全員が戦いながら口角を上げて笑うと構え直した。左手を軽く広げて前に、右拳は腰元に置いて構えるその姿は鏡合わせのように揃っている。
デルトも同じように構えると、リズムに合わせて左足を踏み込みながら右拳をスケルトンの腹部に向かって突き出した。
戦士たちも足並みを揃えて同じように拳を突き出し、スケルトンを吹き飛ばす。
そこから背中を向けながらその場でクルリと回転し、右後ろ回し蹴り。右足を地面に置くのと同時にスケルトンの攻撃を左手で捌き、右の前蹴り。そして、軸足の左足で跳ぶと空中で左前蹴りを放つ二段蹴りをした。
流れるように、舞いながらスケルトンを蹴散らしていく戦士たち。戦いの最中とは思えない異様さはあるけど、それ以上に美しい光景だった。
竜神祭で披露するはずだった踊りを、スケルトン相手に見せつける戦士たちに少し吹き出しながら、やよいに目を向ける。
やよいも楽しそうに頬を緩ませるとギターの弦を指で押したまま別の箇所に指を移動させる、スライドと呼ばれるテクニックを使ってクールな音色を奏で始めた。
やよいはそのままジャズテイストの落ち着いたリズムに合わせて、細やかで複雑なギターサウンドを響かせていく。楽しい感情を全力で表すように。
呼応するようにウォレスと真紅郎も笑いながら演奏を盛り上げていく。サクヤも少年のような笑みでピアノを弾き鳴らす。
戦場だということ忘れさせるぐらい楽しい。そうだ、ここはもう戦場じゃない。
楽しいライブ会場だーー!
「Life goes on 夢あかりの中で僕を救ってくれた神様 貴方は教えてくれた 暖かい場所 暗い闇から 這い出るように 僕は会いにいくよ 広げた両手が 僕に触れる」
感情の高ぶるままに歌い上げる。感情を込めながら全身を使って。深みのある歌声と演奏が生み出したグルーヴは戦場に広がり、戦士たちは踊りながらスケ
ルトンを片づけていく。
さぁ、ラストのサビだ。全力を出し切るぞ!
「Utopiaすら 霞んで見える その旅路 この先はまるで 蜃気楼のよう 掴めない 僕は変えてやる 自分で見つける 命の意味」
俺は歌いながらマイクを握りしめ、思い切り息を吸い込んだ。
「それが僕だけの 僕のための パラダイム・シフト」
肺にため込んだ空気を全て吐き出しながら、腹の奥底から声を震わせて絞り出すように歌い上げる。
俺のロングトーンが静かに終わるのに合わせて、演奏がフェードアウトしていく。
そして、最後にサクヤがピアノを一音鳴らして演奏が終わった。
「……ぶはぁッ!? はぁ、はぁ……」
歌い終わった俺は、一気に襲いかかってくる疲労に膝に手を置きながら荒くなった息を整える。
額の汗を腕で拭いながら戦場を見据えると、スケルトンの数がもう二十体ほどに減っていた。
「今だ! 畳みかけろぉぉぉぉぉぉ!」
ライブ魔法が終わって、スケルトンの速度が元に戻った。でも、この数なら負けることはない。
デルトはボスの黒いスケルトンに向かって走っていき、邪魔させないとばかりに戦士たちが周りのスケルトンの行く手を阻んだ。
ボスは走り寄ってくるデルトに慌てた様子で大剣を地面に突き立て、スケルトンの数を増やそうとしている。だけど、それよりも速くデルトは懐に飛び込んだ。
「ハァァァァァァァァッ!」
気合いを込め、デルトは真っ直ぐにボスに向かって拳を突き出した。この一撃を避けようとするけど、間に合ってない。
これで終わる。デルトの拳がボスの顔面にぶつかる瞬間ーー。
「ーーガアッ!?」
低く大きな破裂音が聞こえたかと思うと、デルトとボスの間に割り込むように炎の球が飛来し、地面に着弾して爆発した。
突然のことに反応出来なかったデルトが爆発に巻き込まれ、ゴロゴロと地面を転がる。
すぐに音がした方を見ると、そこには一人の女性が立っていた。
「はぁ……まったく、いつまで待たせるの? 急いでるんだから早くしなさいよ」
街にいれば男なら思わず振り向くほど綺麗な顔立ち。白いワイシャツに黒いベストとスラックスという、男装のような格好をしている。
でも、ボタンを二つ開けたシャツから覗かせる谷間と隠しきれない色気で明らかに女性だと分かった。
風で靡く長い黒髪を怠そうに手で払いながら、女性は手に持っていた物を肩に担ぐ。
それは、この異世界では見たことがないし、俺たちの世界ではよく知られている物。
「ライフル……?」
目を丸くした真紅郎が呟く。
女性が持っていたのはライフル銃と呼ばれる、長い銃身を持つ木製の長銃を携えた女性は呆れたようにため息を吐きながら銃口を上に向ける。
そして、引き金を引いて空に向かって弾丸を放つと上空で破裂し、光のドームが集落ごと俺たちを取り
囲んだ。
「これでよしっと。さぁて、さっさとお仕事片づけないとね。私だって暇じゃないんだから」
女性はライフルを倒れたデルトを介抱している戦士たちに向け、ニヤリと笑みを浮かべた。
「そこのダークエルフ族。大人しく
声色は優しいけど、その笑みは寒気を感じさせるほどの殺気を醸し出している。断れば即座に撃ち抜く
と言わんばかりに。
俺たちは合図もなく走り出し、すぐにデルトたちのところへ向かう。すると火傷を負っている腹部を手で抑えながら、デルトは女性を睨んで口を開いた。
「竜魔像とは、竜神様の御神体のことか? それなら、渡す訳にはいかないな……」
「あ、そう。んじゃ、勝手に持ってくから」
断られた女性は素っ気なく答え、呆気なく引き金を引く。
銃口から放たれたのは槍を象った炎。真っ直ぐデルトたちに向かっていく炎の槍を、どうにか間に合った俺は間に入って剣で斬り払う。
「あら? もう、邪魔しないでくれない? 私、相手してる暇ないんだけど?」
割り込んできた俺に女性は面倒臭そうにため息を吐く。
女性と相対している俺は、本能で察した。俺はデルトみたいに魔力を感じ取ることは出来ない。
でも、女性が放っている威圧感には覚えがあった。
「お前、魔族だな?」
そう聞くと、女性はピクリと眉を潜める。
「はぁ……私、その呼ばれ方は本当に嫌い。他のみんなは気にしてないみたいだけど……私はムカつくんだよねぇ」
「答えろ!」
冷ややかな視線を送ってくる女性に声を張り上げると、女性は舌打ちしながらライフルをクルリと回した。
「はいはい、分かったわよ。仕方ないから、あんたたちが分かるように名乗ってあげる。私はレンカ……あんたたちの言う、
女性……レンカは渋々ながらはっきりと自分が魔族だと答える。
レンヴィランス神聖国に続いて、二人目の魔族が現れた。
どうやら、この戦いは……今からが本番みたいだ。
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