三十一曲目『打ち上げろ』
さて、ジジイに英雄になると言ったものの、どうするか。
ゼイエルが操縦する魔導戦車ハデス。頑丈な装甲に短い充填時間でも強力な魔力砲撃。こんな化け物相手にどう立ち向かうべきか。
すると真紅郎が俺の隣に立つと、ハデスに銃口を向けながら口を開いた。
「まずは動きを止めよう。戦車の履帯を重点的に狙って、足を奪う。あとはウォレスのおかげで壊れた操縦席の装甲を攻撃して、ゼイエルを引っ張り出す」
「それしかないか。なら俺とウォレスで本体を叩くから、真紅郎たちは履帯を壊してくれ」
ハデスを観察して攻略法を導き出した真紅郎に提案すると小さく頷く。やよいとウォレス、サクヤも話を聞いて目配せしてきた。
作戦は決まった。あとはどうにかしてハデスをぶっ壊して、中にいるゼイエルを引きずり出すだけ。
壊れた装甲から顔を見せているゼイエルは、下卑た笑みを浮かべて俺たちに向かって砲身を動かした。
「そこの老骨諸共、私の手で殺してくれるわぁぁぁぁ!」
「全員、行動開始!」
操縦席から漏れ出した青い光と共に発射口に魔力が集まっていくのを見て、俺たちは散開しながら動き出した。
ゼイエルがバラバラに動き出した俺たちの誰を狙うか一瞬迷っている間に、やよいは跳び上がってギター型の斧を思い切り振り上げる。
「<フォルテ!>」
一撃強化の音属性魔法を使ったやよいは、地面に向かって全体重を乗せて斧を振り下ろす。
爆発したかのような轟音と共に地面がビリビリと揺れ動き、ハデスに向かって地割れが走っていくと、履帯の前部がガコッと嵌った。
「グッ……この程度で、ハデスが止まると思っているのか!」
だけどゼイエルはハデスを操作し、ギャリギャリと履帯を回しながら地割れから抜け出そうとしている。これだけじゃハデスを止めることは出来ない。
すると、一瞬でハデスの横に近づいたサクヤは右拳に紫色の魔力を集めて構えた。
「<レイ・ブロー!>」
音属性の魔力を込めた一撃、サクヤの必殺技のレイ・ブローが地面に打ち込まれる。
鈍い音を立てて拳が地面にめり込むと音の衝撃波が伝わっていき、履帯が嵌っている地割れが広がって大きく陥没した。
より深く地割れに嵌ったハデスが重い音を立てて揺れ、中にいるゼイエルが悲鳴を上げる。
「うぐぐ、おのれぇ……ッ!」
どこかにぶつかったのか額から血を流しながらゼイエルは地割れから抜け出そうとハデスを操作する。だけど履帯は空回りし、身動きが取れなくなっていた。
今がチャンス。真紅郎がその隙を見逃さずにベース型の銃を履帯に向け、弦に指を置く。
「<スラップ!>」
真紅郎は自分の固有魔法<スラップ>を使って指で弦を叩くように弾き、高密度に圧縮された魔力弾を放った。
一直線に放たれた魔力弾が履帯に着弾し、グラッとハデスが揺れ動く。強力な一撃だけど、頑丈な履帯を
壊すことは出来ていない。
「これでもダメなのか……」
「ヘイ、真紅郎!
悔しげに顔をしかめる真紅郎にウォレスはドラムスティックを構えながら走り寄る。何か考えがありそうなウォレスに真紅郎は頷き、また銃口をハデスに向けて弦を指で弾いた。
「<スラップ!>」
銃口から魔力弾が放たれたのと同時に、ウォレスは目の前に紫色の魔法陣を展開してスティックを振り上げる。
「<ストローク!>」
魔法陣を思い切り叩くとそこから衝撃波が放たれ、魔力弾とぶつかった。衝撃波を受けた魔力弾は一気に加速し、履帯に着弾してけたたましい破裂音を立てる。
そして、その一撃は履帯を破壊した。
「よっしゃぁ! 狙い通りだぜ!」
「やるね、ウォレス!」
「ハッハッハ! これぞリズム隊二人の連携! その名を<真紅郎ウォレスのリズム隊アタック!>」
「二度と言わないで」
見事、履帯を壊すことに成功した真紅郎とウォレスが喜び合い、今の連携技に名前を付けたウォレスに真紅郎は冷たく言い返す。
そんな中、履帯を壊されたゼイエルは顔を真っ赤にさせてガンッと操縦桿を殴りつけていた。
「よくも! よくもよくもよくも! 私のハデスをこんな目に……ッ!」
「タケル! 今だよ!」
悔しそうに何度も操縦桿を殴っているゼイエル。そっちに気を取られている間に真紅郎は合図した。
俺は地面を蹴って走り出す。剣を腰元に構え、剣身に音属性の魔力を集めていく。
魔力と剣身が一体化し、紫色の光の尾を引きながら動きを止めているハデスへと駆けていった。
深く息を吐いて集中し、タンッとハデスに跳びかかった俺は居合い切りのように剣を薙ぎ払う。
「<レイ・スラッシュ・
狙いはウォレスが壊した操縦席の装甲。音属性の魔力を込めた一撃を装甲に放つ。
甲高い金属がぶつかり合う音が響き、同時に轟音と共にハデスに衝撃が伝わった。続いて二撃目の衝撃がハデスを大きく仰け反らせ、地割れに嵌っていた履帯を無理矢理に抜け出させる。
さらに追加で三撃目の衝撃。三重の音の衝撃を受けたハデスは地面を砕きながら後ろに下がり、装甲が砕け散った。
操縦席が完全に露わになり、驚愕して目を開いているゼイエルの姿が表に出る。レイ・スラッシュを放ち終えた俺は地面に着地すると、後ろから誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。
俺は後ろを振り返らないままニッと笑い、その誰かに向けて叫んだ。
「やっちまえ、ウォレス!」
俺を抜き去ってハデスに乗り込んだウォレスは、操縦席の前に仁王立ちする。
「Hey、
「ひ、ヒィィィィィ!?」
ウォレスはまるで獣のように犬歯を剥き出しにしながら右手を振り上げ、ゼイエルは悲鳴を上げて腕で顔を守った。
振り下ろされたウォレスの右手はゼイエルに向かっていき、そのままゼイエル……の、後ろに伸ばされる。
ウォレスの狙いはゼイエルじゃなくて、その後ろにあるハデスの動力源。アストラの秘宝だった。
ウォレスが秘宝を掴むと目が眩むほどの青色の強い光が漏れ出す。離れたところにいる俺にまで吹き荒れる灼熱の魔力に、ウォレスは歯を食いしばっていた。
「ぐ、お、あぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
喉が張り裂けんばかりの雄叫びを上げたウォレスはブチブチと音を立てながら、一気に秘宝を引き抜く。漏れ出した魔力にウォレスが着ている上着……並大抵の攻撃じゃ破れることがないはずの防具服がボロボロに焼け焦げていた。
体中に火傷を負ったウォレスが掴んでいたのは、先端に青い宝石がある豪奢な意匠が施された金色の杖。
あれが、このアストラの秘宝。ウォレスが秘宝を引き抜くと、ハデスから弱々しい稼働音を鳴らしながら動きを止める。
秘宝を引き抜いた時の魔力をその身一つで受け止めていたウォレスはフラッと体を揺らし、力なくハデスから落下した。
「ウォレス!」
地面に背中から倒れたウォレスに急いで駆け寄る。ウォレスは息を荒くさせながらニヤリと不敵に笑うと、右手に掴んだ金色の杖を掲げた。
「どうよ、これでもう、こいつは動かねぇだろ……?」
「よくやったウォレス! だけど無茶すんなって!」
「ハッハッハ……」
ボロボロの上着から見え隠れする痛々しい火傷を負いながら笑うウォレスを引きずり、ハデスから離れる。
すると、やよいたちもウォレスに駆け寄って俺と一緒にウォレスを引きずった。
「バカウォレス! どうしてそんなバカなことばっかりするの!?」
「本当だよ、ウォレス。あとで説教だからね?」
「……バカ、アホ」
「おいおい、お前ら。少しはオレを褒めてもいいんじゃねぇのか? さっきからバカだのアホだの好き勝手言いやがって」
やよいたちに罵倒され、ウォレスは地面に倒れたまま苦笑いを浮かべる。だけど、その顔は嬉しそうだった。
やり方はともかく、ウォレスのおかげでもうハデスは動かないだろう。あとはゼイエルを捕縛すれば、この争いは終結だ。
そう思っていると、操縦席からゼイエルがフラフラとした足取りで出てきて、活動を停止したハデスを見て肩を震わせていた。
「私のハデスが……最強の魔導兵器が……」
「ゼイエル! もうお前は終わりだ! 大人しく捕まれ!」
無惨な姿になり果てたハデスを見て頭を抱えているゼイエルに鋭く言い放つ。すると、
ゼイエルは俺たちを憎たらしげに睨んでギリッと歯を食いしばった。
「私が、終わりだと……? 何を言っているんだ、貴様らは……まだ、終わっておらぬ! ハデスはまだ動けるのだ!」
「何を……」
こんな状況なのにまだ戦意を失っていないゼイエルは、終わってないと叫びながら操縦席から一本のケーブルを引きずり出す。
ゼイエルは瞳孔が開いた眼で俺たちを見据えながら、狂ったように高笑いし始めた。
「クッハハハハハハ! 私の魔力を捧げよう! 蘇れ、ハデス!」
そして、ゼイエルはケーブルを自分の胸に突き刺した。
いきなりのことで止めることも出来なかった俺たちが見つめる中、ニタリと笑っていたゼイエルが突然咳込み吐血する。
すると、ハデスからドグンッと鼓動のような音が聞こえ、駆動音と共に軋みながら動き出した。
「ぐ、お、おぉぉ……ッ!」
苦しみもがいていたゼイエルがどんどんやせ細っていき、ハデスに魔力を吸われ続けている。いや、魔力だけじゃなく命すら吸われているように見えた。
ゼイエルを生け贄にハデスはゆっくりと砲身を動かし、俺たちとジジイに向けてくる。
「ハンッ……まだ、やろうってのか」
ウォレスは鼻で笑いながら顔をしかめて起き上がる。全身に負った火傷のダメージが大きく、足を震わせながら立ち上がったウォレスは、ドラムスティックをハデスへ向けた。
「いいぜ、どうせやるなら派手にやってやる。ヘイ、お前ら……やろうぜ?」
ニヤリと笑ったウォレスに俺たちは示し合わせたように笑い合ってハデスの前に並び立つ。
ハデスの発射口に魔力が集まってきているけど、その速度は遅い。
今なら、やれる。ライブ魔法がーーッ!
やる気満々のウォレスの肩に手を置いた俺は、地面に剣の切っ先を突き立てて柄の先に取り付けてあるマイクを口元に向けた。
「あぁ。やろうぜ、ウォレス。最高に熱い、俺たちのライブを!」
俺の声を合図にやよいたちが動き出し、定位置に着いてそれぞれ楽器を構える。
やよいはギターを構えて楽しそうに口角を上げ、真紅郎はやれやれと肩を竦めながらも嬉しそうにベースを構える。
サクヤは本型の魔装を開いて紫色の魔力で出来たキーボードを展開すると、早くライブがしたいと言わんばかりに鍵盤に指を置いて待っていた。
ウォレスは目の前にドラムセットを模した紫色の魔法陣を展開し、ドラムスティックをクルリと回す。
「タケル。オレはよ、この国に来てからずっと思ってたことがあんだよ」
そう言ってウォレスは空にスティックを向けた。
このアストラに漂う薄暗く鬱々しい雰囲気、それを体現したような空を覆い尽くす黒い暗雲を見ながら、ウォレスは鼻を鳴らす。
「オレたちの音楽で、あの雲を吹き飛ばしてぇってよ」
「奇遇だな。俺もそう思ってた」
「だろ? だからよ……ド派手に
ウォレスの言いたいことがようやく分かった。
暗い雲を吹き飛ばすような熱い曲。それに合った曲がRealizeにはある。
「分かったよ、ウォレス。どでかい
俺は今にも砲撃しようとしているハデスに人差し指を向け、マイクに向かって声を張り上げた。
「ーーハロー、アストラ! 俺たちRealizeが今からライブをするぜ!」
ビリビリと空気を震わせてマイクを通した俺の声が街中に……国中に響き渡っていく。
この広場にいる全員が……ジジイやシンシア、タイラーや星屑の討手たちが唖然としている中、俺は堪えきれない興奮に口角をつり上げる。
「暗い雰囲気を俺たちが吹っ飛ばす! くだらねぇ争いを終わらせてやる! 貴族? 貧民? 知ったこっちゃねぇ! 全員纏めて音楽で盛り上げてやるよ!」
さぁ、始めよう。楽しいライブを。最高に熱いライブを。
「打ち上げろ花火。暗雲を吹き飛ばせーー<FIRE WORKS>」
演奏する曲名を告げ、俺たちのライブが幕を開けた。
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