三十二曲目『Fire works』
曲名を告げて目配せすると、頷いたウォレスはペダルを踏んでバスドラムを叩く。
腹に響いてくる心臓の鼓動のような重低音が空気を震わせる中、俺は剣の柄からマイクを取り外し、ウォレスに向かって投げ渡した。
それを見てウォレスは右手のスティックを思い切り上に投げ、同時に弧を描いて飛んできたマイクを掴み、口元に持って行く。
「To be continue……I’ve been waiting for long time(続けよう……待っていたぜ、この時を)」
低い声で言葉を紡いだウォレスは俺にマイクを投げ返し、その場でジャンプしてクルクルと回りながら落下してくるスティックを空中で掴み取る。
そして、不敵に笑いながら思い切りクラッシュシンバルを叩きつけた。
高く厚い音を皮切りに、やよいのギターと真紅郎のベース、サクヤのキーボードが爆発するように音を重ねていく。
初っぱなから熱い演奏に心が躍る。魂が燃える。
胸から沸き起こってくる興奮を抑えずに、熱情をぶつけるように俺は剣の柄にマイクを取り付けて歌声を叩きつけた。
「打ち上げろ! 夜空に咲く花 満開の花を 約束だ! 世界を彩るこの夜空だけ」
縦ノリのリズムでガンガンと奏でられる演奏に、俺の歌声が混ざり合う。
がっつりロックテイストの演奏に、この広場にいる全員が口を開けたまま呆気に取られていた。
俺はマイクを握りしめ、こちらに向けて砲身を動かして魔力を充填しているハデスを睨みながらBメロに入る。
「儚く 散る 火花はまるで夏の蛍 か弱く 光る 力強いその生命」
熱を上げていく疾走感のある演奏。
スティックでまるで獣のように野性的に激しくドラムを叩くウォレス。真紅郎の地を這うように低いベースラインがドラムを支え、やよいの歪んだギターが煽るようにかき鳴らされていく。
そこに、絶え間なく指を動かしてシンセサイザーの音を鳴らすサクヤが演奏に彩りを加えていく中……俺は空に向かって人差し指を立てた。
「この汚い世界は ホントは綺麗なんだと 信じてる だから俺は仮初でも 構わない 見せてやる」
Cメロを歌い上げると俺たちの頭上に大きな紫色の魔法陣が展開される。魔法陣は演奏に合わせて徐々に回転していき、バチバチと紫電を走らせながら魔力が迸っていく。
空に向けていた人差し指をハデスに向けると、それに合わせて魔法陣が俺たちの目の前に移動し、狙いを定めた。
ハデスの魔力が漏れ出した発射口と、魔力を集めて光る魔法陣が向かい合う。
さぁ、打ち上げよう。
俺はニヤリと口角を歪ませて、サビに入る直前のフレーズを叫んだ。
「This world is beautiful!」
俺と、そしてウォレスの叫びが重なり、それを引き金に魔法陣がうねりを上げる。
放たれたハデスの砲撃に対抗するように、魔法陣から紫色の巨大な魔力の球体が轟音を立てて撃ち放たれた。
二つ魔力の塊がぶつかり合い、爆音を響かせて相殺される。ビリビリと大気を震わせるその音はまるでーー花火。
吹き荒れる砂埃なんて気にせずに、俺はそのままサビを歌い上げた。
「Fire works! 俺たちがそうさ Fire works! でっかい花火 Fire works! 世界を彩れ 一瞬でもいい 俺たちは生きてる この世界は 最期は優しい 一瞬だけ咲き誇る 夢花火」
もはや魔力を吸われ続けてミイラのようにやせ細っているゼイエル。そこに意識などなく、ハデスはまるで意思を持っているかのように邪魔者である俺たちに向けて連続で砲撃してきた。
俺たちも負けじと魔法陣から魔力砲を放ち、相殺していく。魔力の火花を散らし、爆発するその光景は空に打ち上げられて咲き乱れる花火のよう。
ライブ魔法<Fire works>の効果は、魔力の塊を撃ち込む高威力殲滅魔力砲。その威力は絶大で、ハデスの砲撃にすら負けない。
魔法陣から放たれた魔力の塊はハデスの砲撃を飲み込み、徐々にハデス本体に撃ち込まれていく。頑丈な装甲を破壊し、ハデスがボロボロになっていった。
それでも、ハデスは砲撃の手を止めない。ゼイエルの魔力を無理矢理吸い取り、抵抗している。
このままだとゼイエルが死にかねない。敵だとしても死なせる訳にはいかない。
だって今日の俺は……
早めにけりを付けよう。俺は全員に目配せして二番を飛ばすように合図すると、全員が頷いて返した。
激しい演奏が徐々に落ち着きを取り戻し、ウォレスのバスドラムと真紅郎のベースだけが残る。
まるで嵐の前の静けさのように、これから始まる最後の盛り上がりを期待させるような演奏。それに合わせるように魔法陣が激しく回転して魔力を充電していった。
俺はマイクを取り外してウォレスに近づいていく。
「Doing the same always(いつだって変わらない)」
ウォレスの隣に来た俺は、ドラムを叩いているウォレスの口元にマイクを向けた。
「The scenery i want to show you(君に見せたい景色)」
心拍数を上げ、早鐘を打つ鼓動のようにバスドラムを響かせながら、ウォレスの声がマイクを通して届いていく。
その先は、胸の前で手を組みながらウォレスに熱い視線を送っているシンシア。ウォレスはシンシアにニッと笑いかけ……。
「Don’t need medicore! (平凡なんていらねぇ!)」
俺とウォレスは呼吸を合わせ、マイクに声を叩きつけた。
静けさを吹き飛ばすように、やよいたちが演奏を爆発させる。
俺たちの魂の叫びに呼応して巨大な魔法陣に重なるように、いくつもの魔法陣が展開していった。
全ての魔法陣が紫電を走らせながら回転していき、発射口となる巨大な魔法陣が一際光を放つ。
狙いは装甲が壊れ、ボロボロになりながら最後の力を振り絞るように魔力を集めているハデス。ハデスの最後の砲撃が放たれると同時に、魔法陣から大玉の魔力の塊が撃ち放たれた。
「Fire works! 俺たちがそうさ Fire works! でっかい花火 Fire works! 世界を彩れ 一瞬でもいい 俺たちが生きてる この世界は 最期は優しい 一瞬だけ咲き誇る 夢花火」
ラストのサビを歌い上げると、巨大な魔力の塊同士がぶつかり合っ拮抗する。
バチバチと魔力の火花を散らし、せめぎ合う二つの魔力の塊。だけど、少しずつ俺たちが放った魔力の塊が押し始めていた。
地面を揺らし、大気を震わせ、吹き荒れる魔力の奔流の中……俺はハデスに向けて手を伸ばす。
「瞬く間に 消え去ってしまう 儚い奇跡」
手を銃の形にして人差し指を向けると、紫色の魔法陣がうねりを上げた。
俺はニヤリと頬を緩ませーー。
「夏の夜を ずっと待ちわびた 夢花火」
最後のフレーズをシャウトしながら歌い上げると、だめ押しの砲撃を撃ち放った。
放たれた魔力の塊が拮抗している二つの魔力の塊
にぶつかり、ハデスの砲撃を飲み込んでそのままハデスへと向かっていく。
紫色の魔力の奔流はハデスを巻き込み、装甲を砕き、砲身をへし折っていく。
砕け散り、消滅していくハデスからゼイエルが弾き飛ばされ、力なく地面に倒れ伏した。
紫色の巨大な魔力の塊はハデスを巻き込みながら一直線に飛んでいき……貴族街と貧民街を遮る門に着弾する。最初は抵抗していた門にビキビキとヒビが入り、その圧力に負けて爆音を響かせながら破壊された。
ガラガラと壁が壊れていき、二つの街を隔てていたものが瓦解していく。その光景はまるで、この争いが終わりを告げているように見えた。
演奏を止め、魔法陣が消える。息を荒くさせた俺たちの息づかいが聞こえるほど静まりかえる広場は……静寂を打ち破るような歓声に包まれた。
「すげぇ! あいつら、すげぇよ! あの化け物に勝ちやがった!」
「うぉぉぉぉぉ! 俺たちの勝利だ!」
貴族に苦しまれ、虐げられ、戦い続けていた星屑の討手たちが、歓喜し雄叫びのような歓声を上げている。
一気に盛り上がっている星屑の討手たちの中、シンシアが走り寄ってきたのが見えた。
シンシアは目に涙を浮かべ、頬を赤く染めながら走り、ウォレスの胸に飛び込む。
「ウォレスさん!」
「うぉっ!?」
ウォレスはいきなり胸に飛び込んできたシンシアに驚きつつも受け止めた。シンシアはそのままウォレスの胸に顔を埋め、力強く抱きしめる。
されるがままのウォレスはどうしたらいいのか戸惑っている中、シンシアはウォレスを見上げて花が咲いたように明るい笑顔を向けた。
「あなたのおかげです……ありがとうございます、ウォレスさん……ッ!」
シンシアにお礼を言われたウォレスは、照れ臭そうに頬を掻く。
微笑ましい光景に目を細めながら胸をなで下ろす。これで、争いは終わり。この国に血が流れることはもうないだろう。
これで平和が取り戻された……そう、思っていた。
「た、タケル! あれ!」
そこに、やよいが慌てた様子でどこかを指さしている。
鬼気迫るその声にすぐに指さした方に顔を向けてみると、そこには今にも爆発しそうなほど青い光を放っているアストラの秘宝があった。
金色の杖にヒビが入り、先端の青い宝石がギラギラと光り輝いている。明らかに危険な状態に目を見開いていると、ジジイが顔をしかめて声をかけてきた。
「まずいぞい、タケル。秘宝に魔力が溜まりすぎておる。あのままでは魔力が暴発し、この広場どころか街一つ飲み込むほど爆発が起きてしまう!」
「はぁ!? ど、どうすればいいんだよ!」
街一つ飲み込むほどの爆発って、相当なものだ。ハデスの砲撃並の威力があるってことになる。
早く止めないと今までの努力が無駄になってしまう。焦りながら聞くと、ジジイは悔しげに眉をひそめて首を横に振った。
「あの秘宝は死者の魂……残留する魔力を集め、空に打ち上げるもの。そのためには専用の道具を使って空高く放たねばならぬのじゃ。今この場にそんな道具などない。それに、見てみよ」
そう言ってジジイが秘宝を指さす。
目が眩むほどの青い光を放つ秘宝を中心に、突風のように熱を持った魔力の渦を巻き起こしていた。
離れた場所にいても、その熱が伝わってくる。あの熱の中を進むのは無理だ。
「あれでは近づけぬ。近づけば魔力に焼かれて身を焦がされるじゃろう」
「じゃあどうすんだよ!? あのまま放っておくのか!?」
あれをそのままにしてはおけない。どうにかして秘宝を空に打ち上げないといけない。でも、近づくことも出来ないし、仮に近づけても空に打ち上げる方法なんて思いつかない。
どうする、どうすればいい。思考をフル回転して考えても答えは出ない。時間もないーーッ!
「……ヘイ、誰か水属性の魔法は使えるか?」
そこで、ウォレスが星屑の討手たちに声をかけていた。
混乱し、戸惑っている星屑の討手たちにウォレスは苛立たしげに「聞いてんのか!」と一喝する。
ビクリと肩を震わせた星屑の討手たちの中で、一人の男が恐る恐る手を挙げた。
「お、俺、使えるぞ?」
「オッケー。じゃあ、ちょっと使ってみてくれ」
「わ、分かった」
男は戸惑いながら詠唱し、水の塊を出現させる。
すると、ウォレスはシンシアの頭に手を乗せて笑っていた。
「シンシア。離れてろ」
「な、何をするつもりなんですか?」
「決まってんだろ……止めるんだよ、あれを!」
ウォレスはシンシアを離れさせると、地面を蹴って走り出す。男が出現した水の塊を自身にぶつけ、びしょ濡れになったウォレスはそのまま秘宝に向かって走っていった。
何をするつもりなのか察した俺は、唖然としながら叫ぶ。
「ーーバカ野郎! 止まれ、ウォレス!!」
俺の制止の声を無視して、ウォレスは魔力の渦の中に身を投じた。
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