二十七曲目『裏切りの裏切り』

「おらぁぁぁぁぁ! <ストローク!>」


 ウォレスは戦場を走り回りながら展開している魔法陣をスティックで叩き、衝撃波をまき散らす。

 私兵や星屑の討手関係なく、邪魔する者は全て衝撃波によって吹っ飛ばされ、宙を舞っていた。

 俺たちもウォレスに続いて誰も殺さないように吹っ飛ばしたり、気絶させながら戦場を駆けていく。

 すると、ウォレスの背後から襲ってくる私兵の姿があった。ウォレスは向かってくる剣を魔力刃で防ぐも、体勢が悪かったのか押し倒されそうになっている。


「ぐ、この、野郎……ッ!」

「このまま、死ねぇ……ぐあっ!?」


 ウォレスを殺そうと体重をかける私兵が、後ろから斬られた。怯んだ私兵の頭を掴み、ウォレスからどけさせたのは……タイラーだ。

 タイラーはウォレスに手を貸して起き上がらせると、鼻で笑う。


「油断するな」

「ハッハッハ! サンキュー、タイラー!」

「ふんっ……こんな状況、俺は認めない。シンシアが新たな指導者だと? ふざけるな……ッ!」


 鼻を鳴らしたタイラーは、戦場の先にいるであろうシンシアと……ラクーンを忌々しげに睨みつけていた。

 国を取り戻すために頑張ってきたのに、ここに来て用済みとばかりに見捨てられたタイラーは許せないんだろう。

 自分を利用したラクーンを、そして……気づけなかった自分自身を。

 タイラーはウォレスと背中合わせになって剣を構える。


「ウォレス、協力しろ。どうにかしてここを突破して、あの裏切り者を断罪する。そして、シンシアの目を覚まさせる」

「ハッハッハ! いいぜ、一緒に戦うぜ! だけど……誰も殺すな」

「……いいだろう。今だけはお前の指示に従ってやる」

「オッケー! んじゃ、やるぜ? ちゃんとついて来いよ?」

「ふんっ、星屑の討手頭領をナメるな」


 二人はニヤリと笑い合い、動き出す。

 ウォレスは二本の魔力刃を振り回し、衝撃波を放って敵を吹っ飛ばす。

 タイラーはウォレスの背後を守るように立ち回り、向かってくる私兵の武器を狙って剣を振り、蹴りや拳で沈めていった。

 性格は正反対だけど息が合っている二人に小さく笑いつつ、俺も戦場を駆け抜ける。

 貴族側の私兵と星屑の討手、タイラーを含めた俺たちの三陣営が混戦している中、向かっている先で爆音が響いていた。

 急いでそこに向かうと……魔法による波状攻撃を盾で防いでいる星屑の討手たちと、シンシアとラクーンの姿があった。

 魔法による攻撃が激しすぎて、防戦一方の星屑の討手陣営は足止めを食らっている。それでも、徐々に徐々に進軍していた。

 

「ウォレス! 先に行くから手伝え!」

「オーライ! カモン、タケル! すぐに追いつく!」


 このままだとマズいと判断した俺はウォレスに走り寄りながら叫ぶと、察したウォレスは魔力刃を消して両手のスティックをクロスさせて待ち構える。

 地面を蹴って跳び上がった俺は、ウォレスが構えているスティックに着地した。


「んんんん、パァァァァワァァァァァ!」


 俺の体重を支えたウォレスは気合いと共に仰け反りながらスティックを押し上げた。

 ウォレスを踏み台にした俺は戦場の上を飛び越えながら剣身に魔力を込めていく。

 そのまま魔法を放っている私兵と防いでいる星屑の討手の間に着地し、襲いかかってくる炎の球に向かって剣を薙ぎ払った。


「ーー<レイ・スラッシュ!>」


 俺が放った魔力が込められた斬撃は炎の球を全て斬り払い、爆発する。

 爆風に目を細めながら、俺は私兵に向かって剣を構えた。


「悪いけど、これ以上はやらせない」


 剣身に魔力を集中させながら言うと、私兵たちは後ずさる。好機とばかりに星屑の討手たちが攻め込もうとしたけど……背後から襲ってきた衝撃波に宙を舞っていた。


「ヘイ! こっちもストップ!」

「お前ら、止まれ! 命令だ!」


 ウォレスとタイラーの声に星屑の討手は足を止める。私兵たちも俺がいることで動けずにいた。


「ーー両者、戦いの手を止めよ!」


 膠着状態になっていると、物見櫓の上で立っていたゼイエルさんが戦いを止めろと叫んだ。

 ゼイエルさんの声は戦場によく通り、誰もが困惑しながら戦うのをやめる。さっきまでの怒号が響いていた戦場は静まり返り、全員の視線がゼイエルさんに向けられていた。

 

「逆賊共よ、よく聞け! 貴様らを率いている者を差し出すがいい! そうすれば、我らに牙を剥いたことを特別に許してやろう。だが……断り、まだ愚かな行いを続けようとするのなら、貧民街を火の海にする!」


 ゼイエルさんが言いたいことは、リーダーの首を差し出せば今回の反乱を許してやる、というものだ。

 なんて傲慢で自分勝手な条件だ。しかも、断れば罪のない貧民街を潰すという脅しまで。

 そんなんで星屑の討手が納得するはずがない。だけど、そこで一人一歩前に出た人物がいた。

 それは、タイラーだった。


「俺が星屑の討手の頭領! タイラー・マグギーだ!」

「クッ、ハハハハハハッ! 貴様はたしかに今まで我らを襲ってきた指導者だろう。しかし、此度の反乱の指導者は貴様ではない! 私が言っているのは……そこの女だ!」


 タイラーなど眼中にないと笑うゼイエルさんは、シンシアを指さす。するとシンシアを守るように星屑の討手が盾を構えた。

 ゼイエルさんは忌々しげにシンシアを睨みながら、舌打ちする。


「まさか、本当にまだ生き残りがいたとはな。全て殺したと思っていたが……その真紅の髪はまさしく王族の血族。貴様がその最後の一人! 貴様を殺せば、完全にこの国は我が物となる!」

「ふざけたことを言わないで下さい! この国は、このアストラは我ら貧民街に暮らす人たちの物です! あなたではない! 逆賊は、そっちです!」


 シンシアは槍の石突きを地面に突き立てながら、はっきりと言い放った。


「我らの国を返して貰います! そのために、私たちはここにいる! 同胞が倒れても、血が流れようとも……アストラを取り戻すために!」


 シンシアが穂先をゼイエルさんに向けると、星屑の討手たちは武器を構えて戦う姿勢を見せた。

 それを見たゼイエルさんは、やれやれと呆れたようにため息を着きながら首を横に振る。


「まったく、愚か共め。どうしても反乱を続けるというのなら……」


 ゼイエルさんは下卑た笑みを浮かべながら、口を開いた。


「やれ、ラクーン・・・


 その言葉を引き金に、一陣の風が吹き付ける。

 そして、血飛沫が舞った。


「……え?」


 唖然としているシンシアの頬に、純白のドレスに血が降りかかる。

 シンシアの隣にいた星屑の討手の男たちが吐血し、がっくりと膝を折って地面に倒れ伏した。

 倒れた男たちの腹部には何かに貫かれたような穴が開き、そこから絶え間なく血が流れている。

 状況が飲み込めていないシンシアは顔を真っ青にして体を震わせる中……一人の男が嘆息した。


「やれやれ……やはりこうなりましたね」

「ラクー、ン……?」


 ラクーンはメガネのレンズををハンカチで拭きながら、吐き捨てるように言う。男たちを貫いたのは、ラクーンが放った風属性魔法だった。

 突然の凶行に愕然としているシンシアに、ラクーンは不気味に感じるほど優しく微笑む。


「シンシア様。申し訳ありませんが……」

「きゃっ!?」


 ラクーンはいきなりシンシアの髪を強く掴んで引っ張った。髪を捕まれたシンシアは悲鳴を上げ、槍を手放してしまう。

 カラン、と地面に槍が落ちる音が痛いほど響く中、ラクーンはシンシアに顔を近づけると……。


「私たち貴族・・の宿願のために、死んで下さい」


 吐き捨てるように、言い放った。

 ラクーンは今、自分のことを貴族って言っていた。あまりにも急変する状況に思考が追いつかない。呆然と立ち尽くしていると、タイラーが地面を思い切り踏み砕いた。


「どういうことだ、ラクーン!?」

「どういうことと言われましても、見ての通りですよ?」

「貴様は、最初から裏切っていたのか……俺たちを!」

「はぁ。だから、言ったでしょう? 最初から仲間だと思ってないと」


 ラクーンは呆れ果てたと言わんばかりに額に手を当て、シンシアの髪を思い切り引っ張って地面に引き倒した。


「痛、い……離し、て……ッ!」


 どうにか払いのけようとラクーンの手を掴むも、ラクーンはニヤニヤと笑いながら力を込める。


「タイラー、そしてシンシア様。私はね、最初から貴族側だったんですよ」

「そういうことだ……ラクーンはこの国を確実に我が物にするために私が送り込んでいた密偵。よくやった、ラクーンよ」

 

 ゼイエルさんはククッと下卑た笑みをこぶすと、俺の方に顔を向けてきた。


「さぁ、タケル殿! ライブ魔法を使うのだ! この愚か者共に絶望を抱かせ、二度と反乱などという低劣な考えが出来ないように鉄槌を!」


 思惑通り事が進み、ゼイエルさんは俺にライブ魔法を使わせて星屑の討手たちを根絶やしにするように命令してくる。

 やっぱり、ゼイエルさんは勘違いをしているな。俺は肩を竦めながら、はっきりと答えた。


「出来ません」

「……は?」

「だから、出来ないんです。残念ながら」


 きっぱりとライブ魔法が出来ないことを告げると、呆気に取られていたゼイエルさんは顔を真っ赤にさせて怒り、体を震わせながら怒鳴り声を上げる。


「何故だ! 今ここでライブ魔法を使わなければ、来る王国との戦争での支援はしないのだぞ! それでもいいのか!?」

「いやぁ、まぁ元々戦争なんてするつもりないんですけどね……そもそも、ゼイエルさんは勘違いをしています」

「勘違い、だと……?」


 意味が分からないと顔をしかめているゼイエルさんに、ライブ魔法が使えない理由を教えた。


「ライブ魔法をするには、俺たち五人が揃ってないと出来ないんですよ。俺一人では無理です」

「だ、だとしても、今この場に全員揃っているではないか!」

「えぇ、そうですね。でも……」


 たしかに、この広場には俺たちRealizeが揃っているけど、ゼイエルさんは一つ忘れている。

 俺は不敵に笑いながら、ウォレスを指さした。


「ウォレスは星屑の討手陣営ですよ? つまり、あなたの敵・・・・・だ。なぁ、ウォレス。お前はゼイエルさんに協力してライブ魔法を使って星屑の討手を殺したいか?」

「……ハッハッハ! なるほど、そういうことか! なら、答えは一つだな!」


 最初は事情を知らなかったウォレスは首を傾げていたけど、すぐに把握してゲラゲラと腹を抱えて笑い出す。

 そして、ウォレスはゼイエルさんに向かって自分の首をかっ切るように親指を動かし、思い切り舌を出した。


「誰がやるか、バァァカッ!」 

「……そういう訳で、ライブ魔法が使えないんですよ。いやぁ、残念残念」


 ゼイエルさんは勘違いをしていた。ライブ魔法が俺一人で・・・・出来ると。だから、俺は逆にその勘違いを逆手に取ることにしたんだ。

 これでライブ魔法を使って星屑の討手を殲滅することは出来ない。最初から断るんじゃなく、仕方なく出来ないんですよ、という風にして。

 すると、ゼイエルさんは奥歯が砕けそうなほど歯をギリギリと食いしばって悔しそうにしていた。


「私を、この私を騙していたのか!?」

「勘違いしてたのはそっちですよ。だから言ったじゃないですか。ウォレスはどうするんですか、って」

「えぇい! 黙れ黙れ黙れ! ラクーン、その女を殺せ!」


 怒りが頂点に達したゼイエルさんはラクーンにシンシアを殺せと命令する。ラクーンは呆れたようにため息を吐き、メガネを指で押し上げた。


「やれやれ、仕方ありませんね。ではシンシア様……死んで下さい」


 ラクーンは腰に差していた剣を抜き、地面に倒れているシンシアに向かって剣を振り上げる。

 今、シンシアを守る人はいない。護衛していた星屑の討手はラクーンの手によって殺され、シンシアを守ろうとタイラーが走っても間に合わない。


 ただ一人を抜いて。


「<アレグロ>」


 ポツリ、と敏捷強化の音属性魔法が紡がれると、地面を砕いて弾丸のように走り抜けていく一人の男がいた。

 風を切り、一瞬にして距離を詰めたその男は、シンシアに剣が振り下ろされる前に二刀の魔力刃で防ぐ。

 初めから止めることを信じていた俺は、笑みを浮かべながらその男に人差し指を向けた。


「出番だぜ? やっちまえ、ウォレス!」


 ラクーンの剣を防ぎながら、ウォレスはニヤリと不敵に笑う。


「Hey……Are you ready?」

「貴様……邪魔をするな……ッ!」


 覚悟は出来てるか、と問いかけたウォレスに、ラクーンは怒りに顔を歪ませる。ウォレスは鼻を鳴らすとラクーンの剣を跳ね上げ、無防備になった腹部に蹴りを放ち、吹っ飛ばした。

 ゴロゴロと地面を転がるラクーンに、シンシアを守るように立ったウォレスは魔力刃を展開していたスティックをクルリと回す。


「ーーKickぶっ your assばす


 獣の如く犬歯を剥き出しにしながら、ウォレスはシンシアを守るためにラクーンに立ち向かっていった。

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