二十六曲目『最後の王族』

 新たな、指導者……?

 俺やウォレスはもちろん、タイラーも知らなかったのか目を丸くして驚いていた。

 広場に困惑と疑念の空気が流れる中、ラクーンはメガネを指で押し上げながら星屑の討手に向かって叫ぶ。


「星屑の討手の誇り高き戦士たちよ! 怯むな! このお方が治める新たなアストラに、英雄としての名を刻もうではないか!」


 星屑の討手を鼓舞しようと拳を突き上げるラクーンだったけど、誰もがどうすればいいのか分からずに迷っていた。

 すると濃紺のローブを身に纏い、フードを目深にかぶった新たな指導者とやらが一歩前に出る。

 そして、ゆっくりとフードを取ってその顔を晒した。


「……は?」


 その顔を見たウォレスが、愕然としながら声を上げる。

 髪を隠すようにターバンを巻き、緊張しているのかいつもの優しそうな表情を堅くさせ、それでも覚悟を決めた眼差しを向けているその姿。


 そこにいたのは、誘拐されていたはずのシンシアだった。


 シンシアが新たな指導者……意味が分からずにいると、タイラーはギリッと歯を鳴らしながら鋭い視線をシンシアとラクーンに向ける。


「どういう、ことだ……新たな指導者だと? それも、シンシアが? ラクーン、お前は何を言っているのか分かっているのか?」

「えぇ、もちろんですよ元指導者・・・・のタイラー」


 タイラーを元指導者と呼んだラクーンは、ニヤリと口角を歪ませながら両手を広げた。


「ここにいるお方こそ、我ら星屑の討手を纏める頭領にして真の指導者! シンシア様がこの国を取り戻し、玉座に座る……それが、新たなアストラの姿なのです!」

「ふざ、けるなぁぁぁぁぁッ!」


 ビリビリと空気を震わせながら怒号を上げるタイラー。

 ラクーンはやかましそうに顔をしかめながら、呆れるように首を振ってため息を吐く。


「やれやれ、認めたくないからと叫ぶなんて子供のすることですよ?」

「ラクーン、そこを動くな……貴様は、裏切り者だ……っ!」

「裏切り者? ククッ、アハハハハハハ!」


 裏切り者と言われたラクーンは面白そうに、バカにするように笑う。

 そして、ラクーンは三日月のように口角を釣り上げる。


「最初から私はあなたのことを仲間だとは思っていませんよ。あなたは言うなれば、仮の指導者。真の指導者のための踏み台なんですよ……」

「踏み台、だと……ッ! ふざけ……」

「ふざけていませんよ」


 タイラーの言葉を遮り、ラクーンはシンシアに手を向けた。


「私があなたに協力していたのは、この時のため。そして、ようやくその日がやってきました……さぁ、シンシア様。あなた様が真の指導者……玉座に君臨するにふさわしい証拠をお見せ下さい」


 シンシアは静かに頷くと、頭に巻いているターバンに手をかける。

 スルスル、と布が地面に落ちていき……シンシアが今まで隠していた橙色の長い髪が姿を現す。

 そのまま濃紺のローブを脱ぎ捨てると、シンシアは純白の豪奢なドレスを身に纏っていた。

 戦場となっている広場に、風が吹く。ふわり、と揺れる橙色の髪に暗雲から射し込んだ太陽の光が照らされた。

 そして、太陽の光と橙色の髪が重なると……その色を燃えるように鮮やかな真紅に染められていく。

 風に靡く真紅の髪に純白のドレス。覚悟を決めたその表情と合わさり、堂々と立っているシンシアから威厳を感じさせた。


「お、おぉ……ッ!」


 そこで星屑の討手の一人、五十代ぐらいの男がシンシアの姿を見て目に涙を浮かべながら、まるで祈るように膝を着く。


「あの髪の色……太陽の光を浴びて真紅に染まる橙色の髪……まさしくあれは、アストラ王家の証……まさか、生き残っている者がいたのか……」


 アストラの王族は、昔襲撃してきた災禍の竜によって滅ぼされたはず。だけど、それは間違いだった。生

き残りがいたんだ。

 それこそが、シンシア。アストラの王族の血を引く者の証、陽の光で真紅に染まる髪を持つシンシアが、まさに最後の王族。

 シンシアは目を閉じて胸に拳を置くと、深呼吸する。

 そして、シンシアは目を見開くと胸に置いていた拳を横に振り払った。


「私の名はシンシア・ヴェル・アーリーヴォルト・アストラ! この国、アストラの正当なる後継者である! 星屑の討手たちよ、誇り高き戦士たちよ……アストラの民たちよ! 愛する者のため、輝かしい明日のためにこの争いを終わらせよ!」


 凛としたシンシアの叫びに鼓舞され、星屑の討手たちが武器を天に掲げながら雄叫びを上げる。

 シンシアの言葉で星屑の討手の戦意は復活し、一瞬にして活気を取り戻した。


「我らが王のため! 我らを導く真の指導者のため! 進め! 戦うのだ!」


 ラクーンの叫びを皮切りに星屑の討手たちが走り出した。雄叫びを上げ、武器を振りかざし、貴族の首を取ろうと進軍していく。

 ただ見ているだけだった私兵たちも、勢いづいている星屑の討手に負けじと走り出した。

 広場の中央、俺たちを無視してとうとう貴族側と星屑の討手の争いが始まってしまう。今まで邪魔していたけど、これじゃあ何をしても止まりそうにない。

 怒号、悲鳴、武器と武器がぶつかり合う音が響き渡っていく。

 私兵の剣が星屑の討手を斬り、仲間をやられた怒りに顔を真っ赤に染めながら、数人で囲んで私兵に槍を突き刺す星屑の討手たち。

 私兵の放った魔法を盾で防ぎ、炎に焼かれて倒れる同胞を無視して貴族に向かっていく星屑の討手。

 一人、また一人と倒れ、血が流れていく。獣のような怒号、怨恨が込められた叫び、悲痛の叫びが痛々しいほどに戦場を包み込んでいく。

 まさしく、戦争。血で血を洗う争いが、始まってしまった。

 呆然と立ち尽くす俺たち。結局、血が流れてしまった。犠牲を生んでしま

った。こうならないように立ち回っていたのに、全てが水の泡になってしまった。

 すると、ずっと黙り込んでいたウォレスはドラムスティックを握りしめ、その手から血がポタポタと滴らせる。

 肩を震わせ、ギリッと奥歯が砕けそうなほどに強く歯を食いしばったウォレスは、仰け反りながら天に向かって大声で吠えた。


「シンシアぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 ウォレスは地面を砕きながらシンシアに向かって走り出す。戦場を駆け抜け、邪魔な私兵や星屑の討手を殴り、蹴りつけながら走り……離れたところから戦場を見ていたシンシアの前に躍り出た。


「ま、待て! シンシア様に近寄るな!」

「そうだ! 無礼だぞ!」

「知るかぁぁぁ! どけぇぇぇぇ!」


 シンシアを守ろうとウォレスの前に立ちはだかった二人の星屑の討手の男たちを、ウォレスは目の前に展開した魔法陣をスティックで叩き、衝撃波を放って吹き飛ばす。

 守る者がいなくなったシンシアにたどり着いたウォレスは、その勢いのまま肩を掴んだ。


「シンシア! これは、どういうことだ!?」

「……これ以上、無益な争いを起こさないためです」


 犬歯を剥き出しにして怒鳴るウォレスに、シンシアは怯むことなく真っ直ぐに目を合わせて答える。

 ウォレスはシンシアの言葉に唇を血が出るほど噛みながら、争っている私兵と星屑の討手に向かって指さした。


「これを見て、よくそんなことが言えたな!? お前が言ってることは矛盾してる! 見ろ! お前が焚きつけたから、争いは激化した! お前がやったことで、血が流れてんだろ! これが、本当にお前が叶えたかった夢なのか!? 違うだろ!」


 血を流し、倒れる星屑の討手。それでもなお激しさを増している争い。

 それを見たシンシアは一瞬怯むも、堪えるように拳を震わせながらウォレスを睨みつけた。


「……もう、こうするしかないんです」

「そんなことねぇ! そのためにオレがいる! タケルたちがいる! 他に方法はいくらでもあっただろ!?」

「いいえ、ないです。ないんですよ……ウォレスさん」


 シンシアは優しく、儚い微笑みを浮かべ……頬に

一筋の雫が流れる。


「争いのない、平和な国を取り戻す……それが、私の夢でした。誰もが傷つかずに平穏に争いを終わらせる。私はそれを夢見て、ずっと頑張ってきました……でも、現実は違ったんです。そんなのは、幻想でしか・・・・・ないんですよ」


 俯きながら語るシンシアの目から、ポタリポタリと絶え間なく涙が流れ落ちていく。


「血が流れず、誰も傷つかないで国を取り戻すことは出来ない。だから私は……この争いで最後にするんです」

「犠牲を払ったとしても、か?」


 わなわなと体を震わせながら問いかけるウォレスに、シンシアは顔を上げて腕で涙を強引に拭った。


「はい。私は、この争いで生まれた犠牲を無駄にせず、昔の豊かで平和なアストラを取り戻します。この国の最後の王族として。責務を全うするんです」

「ふざけんなよ……犠牲の上に出来た国で、どうやって平和にするって言うんだ……お前の夢は、そんな簡

単に諦められるようなものだったのかよ……ッ!」

「……ウォレスさん」


 悲しげに眉をひそめたシンシアは、ウォレスの頬に手を置く。


「ーー綺麗事・・・だけじゃ、国は救えないんです。私はもう、夢見がちな子供ではいられないんですよ、ウォレスさん」


 シンシアは自分が抱いていた夢を綺麗事という言葉で片づけた。

 たしかに、誰もが傷つかずに争いを止めるなんて子供が言うような夢物語だ。

 だけど、ウォレスは違う。そんな夢物語を、綺麗事のような幻想を抱いていたシンシアを本気で応援していた。支えようとしていた。

 その想いを、シンシアは切り捨てる。それが王族だと、大人になることなんだと言って。

 ウォレスは言葉をなくし、何か言おうとして口を開け閉めしてたけど……何も言えずにいた。

 すると、ラクーンが呆然としているウォレスの肩を掴んだ。


「いい加減に離れて下さい……新たな王にこれ以上の狼藉は許しませんよ、薄汚い野獣がッ!」


 ラクーンは無理矢理シンシアからウォレスを引き離すと、そのまま詠唱して風属性魔法を使ってウォレスを吹き飛ばした。

 ゴロゴロと地面を転がり、呻いているウォレスを見て鼻を鳴らしてから、ラクーンはシンシアに声をかける。


「シンシア様、争いは激しさを増しています。ここから離れましょう」

「……いえ、それは出来ません。上に立つ者として、ここを離れる訳にはいきません。誰か槍を!」


 離れることを拒んだシンシアに、星屑の討手の一人が槍を手渡した。

 シンシアは槍をクルリと回して石突きを地面に突き立てる。


「私も出ます! 皆さんは援護を! 一気に突破し、貴族の前に行きます!」


 そして、シンシアとラクーン、星屑の討手たちは戦場に走っていった。

 俺たちは倒れたまま起き上がろうとしないウォレスに駆け寄り、肩を揺らす。


「おい、ウォレス! しっかりしろ!」


 ウォレスは俺の呼びかけに答えず、地面に膝と手を着きながらがっくりとうなだれたままだった。


「ウォレス! このままじゃ……うわっ!?」


 必死に呼びかけようとすると、俺たちの近くに魔法が着弾して砂埃が舞う。やよいとサクヤ、真紅郎が俺とウォレスを守るように飛んでくる魔法や襲ってくる私兵を防いでいた。

 力なくうなだれ、自失茫然としているウォレス。こんな姿を見るのは初めてだ。

 ウォレスの気持ちは分かる。守ろうと、支えようとしたシンシアに裏切られたウォレスの心には深い傷が刻まれただろう。


「ーーウォレス!」


 だけど、例えそうだとしても……俺は、ウォレスのこんな姿を見たくない。

 俺はウォレスの胸ぐらを掴んで無理矢理起こさせ、思い切り頭突きをかました。


「うぐっ!? な、何すんだ、タケ……」

「ーー立てよ、ウォレス!」


 痛みに顔をしかめながら俺に文句を言うとするウォレスを遮り、怒鳴りつける。

 目を丸くして驚いているウォレスに、俺はそのまま叫んだ。


「お前が望んだのはこんなのか!? お前はなんのために戦っていたんだ!? シンシアのためだろ! 子供たちのためだろ!?」

「タケ、ル……」

「誰も傷つかないで、血も流れさせないで争いを止める! それが例え幻想で夢物語だとしても、綺麗事だとしても! それを形にするのが、俺たちじゃないのか!?」


 犠牲も出さずに争いを止める。血が流れないようにする。誰も傷つけないようにする。それがどれだけ難しくて、無理難題なことなのかなんて、分かってる。

 それでも、俺たちはその夢物語を実現させるためにここにいるんだ。

 俺たちは、ロックバンドだ。

 音楽で誰かを救うなんてことは出来なくても、誰かに夢を与えることは出来る。誰かの夢を応援することも、支えになることだって出来る。

 

 夢を形にする。それが、俺たちRealizeだ。


「だから、立て! 立ち向かえ! 膝を着いてる暇なんてないだろ! どんな時でも笑い飛ばして、どんな壁だろうとぶち壊して進む! それが……お前だろ、ウォレス」

 

 喉が枯れるほど叫び、自然と涙が頬を伝っていく。

 俺が知ってるウォレスは、いつでも笑顔でバカばっかりやってお調子者の黙ってればイケメンの外国人ドラマーの……俺たちRealizeのムードメーカーだ。

 俺の叫びを聞いたウォレスは、静かに目を閉じる。そして、勢いよく立ち上がると不敵に笑いながら俺の肩に手を置いた。


「Thank you brother……目ぇ、覚めたぜ……ッ!」


 ウォレスは気合いを入れるようにバチンッと強く自分の両頬を叩くと、魔装を展開する。両手に持ったドラムスティックをクルリと回してから、魔力刃を展開した。


「っしゃあぁぁぁぁぁ! 全員纏めて、ぶっ飛ばしてやるぜぇぇぇぇぇ!」


 雄叫びを上げたウォレスは戦場に向かって走り出した。いつも通りに戻り、俺は思わず笑みをこぼす。

 そして、俺たちはウォレスを追って戦場に向かっていった。

 

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