二十五曲目『内乱の幕開け』
少し肌寒い夜風が吹く。
夜明け前の空は今から巻き起こる争いを暗示するように厚い暗雲で覆われていた。
俺は今、貴族街の中央広場で急ピッチで建てられた物見櫓の上に立っている。そして、広場から真っ直ぐに伸びる大通りの先、誰も通さないとばかりに佇む大きな門を見据えた。
ゼイエルさんの作戦では、正面から襲撃してくる星屑の討手をあえてそこから通してこの中央広場に誘い込む、というもの。
だけど、正面から来るのは偽の情報。星屑の討手は別のところから来るはずだ。
だけど、とチラッと後ろを振り返る。そこにはゼイエルさんを含めた貴族たちが、今から始まるだろう血塗られた戦いを見物するために余裕そうにイスにふんぞり返っていた。
星屑の討手は貴族、最高指導者のゼイエルさんの首だ。どこから攻めるにせよ、この広場に来ることは間違いない。
そして、広場には六百人近くの私兵たち。武器を片手に星屑の討手の襲撃を待ち望んでいる様子だ。
兵力差は圧倒的。このまま攻め入れば星屑の討手が淘汰されるのは間違いない。さて、どうやってどちらも血を流させないように立ち回るか。
「……出たとこ勝負なんだよなぁ」
貴族の作戦会議が終わってから、ウォレスを除いたRealizeで作戦は練ってきた。でも、時間がなかったからそこまで綿密な作戦は練られていない。
仕方なく、アドリブだらけの出たとこ勝負でやるしかなかった。
緊張で激しく鼓動する心臓を落ち着かせるように、深く深呼吸をする。
そして、門の方で爆発が聞こえた。
「始まった……なッ!?」
魔装を展開して剣を握りしめながら周囲を警戒していると、驚くことに爆発が起きた門から濃紺のローブを身に纏った星屑の討手の集団がこっちに突撃してきている。
怒号を上げ、武器を振り上げてこちらに向かってくる星屑の討手に目を丸くした。本当に正面突破してきた。
その作戦は貴族の思惑通り。どうしてだ? その作戦は偽の情報だったんじゃないのか?
予想外の出来事にいきなり頭が真っ白になる。その間にも星屑の討手たちはこちらに向かって走ってきていた。
「あぁ、もう! 考えてても仕方ねぇ!」
首をブンブンと振って疑問を振り払い、俺は真紅郎の方に顔を向ける。
家の屋根でベース型の銃を構えていた真紅郎は、真剣な眼差しで俺に向かって頷いていた。
チラッと物見櫓の下を見ると、緊張した面もちのやよいと拳を握りしめて気合いを入れているサクヤが目配せしてくる。
真紅郎は屋根の上から狙撃、やよいとサクヤは貴族の護衛。そして、俺は……遊撃だ。
腹をくくって物見櫓から飛び降りようとした時、向かってくる星屑の討手たちの中で一人だけ猛進してくる奴がいた。
暗雲から射し込む朝日がそいつを照らす。日の光できらめく金色の髪。両手に持ったドラムスティック型の魔装。ニヤリと笑うその顔は、よく知っている。
物見櫓から飛び降りた俺は、我先に走り出して剣を構えた。
そして、広場の中心。俺の剣とそいつ……ウォレスが持つドラムスティックに展開された魔力刃がぶつかり合う。
「ヘイ、タケル! ちょっとばかり付き合って貰うぜ!」
剣と二本の魔力刃がせめぎ合い、そのまま鍔迫り合いになる。
ギリギリと押し返されそうになるのを必死に堪えたまま、他の人に聞こえないようにウォレスに声をかけた。
「どういうことだ、ウォレス……ッ!」
「わりぃ、あんまり話してる時間はねぇ。戦いながら察してくれ……ッ!」
悔しそうに顔をしかめながら、ウォレスは俺を力任せに押して距離を取る。すると、ウォレスの目の前に紫色の魔法陣が展開された。
ウォレスは魔力刃を展開させたドラムスティックを思い切り振り上げ、その魔法陣に向かって振り下ろす。
「<ストローク!>」
ウォレスがスティックで魔法陣を叩くと、ドラムの音と共にそこから目に見えない音の衝撃波が放たれた。咄嗟にその場から避けると、俺の後ろにいた私兵たちが衝撃波を受けて悲鳴を上げて吹っ飛ぶ。
どうやら俺に続いて星屑の討手に向かって走り出していたみたいだ。
ウォレスの攻撃はまるで俺じゃなく、私兵に向かって放っているように見えた。もしかして、と思いながら俺はウォレスの背後に回ると、ウォレスは振り向きながら魔法陣を展開してスティックで殴りつける。
「もう一丁! <ストローク!>」
腹に響くようなドラムの音と共に、また衝撃波が放たれた。俺が側転して躱すと、俺の後ろにいた星屑の討手たちが衝撃波に巻き込まれた吹き飛ばされる。
チラッとウォレスの顔を見ると、頬を緩ませていた。なるほど、そういうことだな。
「それなら……ッ!」
ウォレスの考えを察した俺は、剣を左腰に置いて剣身に魔力を集めていく。魔力と剣身を一体化させるイメージで。
光り輝く剣身を居合い切りのように薙ぎ払い、叫んだ。
「ーー<レイ・スラッシュ!>」
魔力を込めた一撃がウォレスに向かって放たれる。
ウォレスはその場で思い切り仰け反り、ブリッチのような体勢で俺の攻撃を避けた。
避けられた一撃はそのままウォレスの後ろにいた私兵たちの前を斬り裂き、境界線のように地面に一文字の傷を残す。
貴族側と星屑の討手側がうろたえ、立ち止まる中……俺とウォレスはニヤリと笑い合った。
「さすがだぜ、タケル」
「まったく、強引な作戦だな」
「ハッハッハ! 難しく考えるのは苦手なんでな!」
ウォレスは豪快に笑うと、楽しそうに口角を上げながら魔力刃を構える。俺も楽しくなり、口角を上げたまま剣を構えた。
「そういう訳だ。タケル、決着でもつけるか?」
「そうだな。リベンジマッチだ、ウォレス!」
俺は一度、ウォレスと戦って気絶された。そのリベンジマッチに丁度いい。
ウォレスはククッと小さく笑みをこぼしながら、目の前にドラムを模した魔法陣を展開する。
「行くぜ、タケル。間違っても
「ウォレスこそ、
軽口を言い合ってから、俺たちは動き出した。
ウォレスは魔法陣に向かってスティックを振り下ろす。
「<ストローク!>」
ダダダッ、と連続で魔法陣を叩くと衝撃波が飛んできた。俺はウォレスの周りを走りながら避けていくと、星屑の討手や私兵たちが衝撃波に巻き込まれて吹っ飛ばされる。
ウォレスが使っている魔法、<ストローク>。ウォレスの新技みたいで、見た感じドラムを模した魔法陣を叩くと音の衝撃波を放つ中距離攻撃。
俺を気絶させたのはこれだったみたいだ。直撃したら吹き飛ばされ、三半規管がやられる攻撃か。
だけど、この攻撃で死ぬことはない。現に俺が避けたことで直撃した私兵や星屑の討手は気絶してるだけだ。
ウォレスが考えた血を流さずに争いを止める方法。それは、俺とウォレスが一騎打ちしながら両陣営が戦うのを
なんて強引で無理矢理な作戦だ。でも……分かりやすい。
ウォレスなりに血が流れないように考えた作戦だ。無駄にはしない!
「どんどん行くぜぇぇぇ!」
「来いよ、ウォレス!」
ウォレスは絶え間なくストロークを使って衝撃波を放ち続ける。俺は避けた先に星屑の討手や私兵がいるように立ち回りながら躱し続けた。
途中で俺もレイ・スラッシュを放って両陣営の動きを阻害する。俺とウォレスの戦いに巻き込まれたくないのか、どっちも動けずにいた。
するとそこで、タイラーが怒声を上げる。
「ウォレス、どういうつもりだ! こっちにまで被害を及ぼすな!」
「ハッハッハ! 悪ぃなタイラー! 巻き込まれたくなかったらそこで大人しくしてろ!」
「ちっ……タケル! お前も何をしている!」
「文句なら後にしてくれ!」
苛立たしげに叫ぶタイラーを無視して、俺とウォレスは剣と魔力刃をぶつけ合う。激しい剣戟の中、放たれる衝撃波と魔力を込めた一撃が両陣営に向かい、吹っ飛ばした。
俺とウォレスによって混乱する戦況。タイラーはギリッと恨めしそうに歯を鳴らすと、そこでゼイエルさんがイスから勢いよく立ち上がって叫んだ。
「タケル殿! こちらにまで被害を出すのはやめてくれないか! 早くその野獣を倒し、奴らを殲滅するのだ!」
「すいません、ゼイエルさん! 今は無理です!」
「……ならば、手段を選ばん! 貴様ら、二人を無視して攻め込め! 忌まわしき罪人共を殺すのだ!」
「そっちがその気なら……おい、お前ら! こっちも攻めるぞ! 気にせず進め!」
ゼイエルさんとタイラーは俺たちに巻き込まれても戦おうとし始めた。
これは、やばいな。ウォレスの衝撃波で吹き飛ばされても、俺のレイ・スラッシュで邪魔されても両陣営は強引に広場の中央に向かってきている。
「ヘイ、タケル!」
そこで、ウォレスが俺を呼んだ。ウォレスの周囲に展開されていたドラムを模した魔法陣が盾のように何重にも重なっていく。
それを見た俺は、すぐにウォレスがやろうとしていることを察して走り出した。
走りながら集中し、剣身に紫色の魔力……音属性の魔力を集めていく。
そして俺は飛び上がり、紫色に輝く剣を思い切り振り上げた。
「ーー<レイ・スラッシュ・
音属性を纏った斬撃を、ウォレスの目の前に展開されている紫色の魔法陣に叩き込む。
盾のように重なっている紫色の魔法陣と、音属性を纏った一撃がぶつかり合った瞬間……俺たちを中心に爆音と共に衝撃波が波紋のように広がった。
ビリビリと空気を振るわせる音の壁に、広場の中央に向かって走っていた私兵たちと星屑の討手が巻き込まれ、弾かれたように宙を舞う。
俺とウォレスの連携技で、どうにか邪魔することが出来たな。スタッと俺が着地すると、ウォレスは豪快に笑い声を上げる。
「ハッハッハァァ! いいな、今の! 名付けて<レイ・スラッシュ・ドラムストローク・インパクト>だ!」
「長いわ!?」
あまりにも長い技名にツッコんでいると、タイラーが悔しそうに舌打ちしていた。
「どういうつもりかは知らないが……怯むな! 攻め込めぇぇぇ!」
タイラーはそれでも突撃しようとしている。吹き飛ばされてボロボロになりながら、星屑の討手が走り出そうとすると……そこに魔力弾が撃ち込まれた。
魔力弾を撃ったのは屋根の上にいる真紅郎だ。俺とウォレスが見上げると、真紅郎は楽しそうに笑みを浮かべながら頷いている。
すると、立ち止まっている私兵たちを抜き去ってこっちに向かって走ってくる二人の影……やよいとサクヤが俺たちに向かって走ってきていた。
「ウォレスぅぅぅぅぅッ!」
やよいは叫びながらギター型の斧を振り上げ、ウォレスに向かって思い切り振り下ろした。
突然のことに驚きながらウォレスが避けると、斧は地面に打ち込まれ……向かってこようとしている星屑の討手の方に亀裂が走っていく。
「避けられた……」
「ちょ、ちょちょ、やよい!? やよいさん!? いきなり何すんだよ!?」
「うるさい、バカウォレス! あたしがどんだけ心配してたと思ってるの!?」
やよいは斧を地面に突き立てながら鼻を鳴らして怒鳴りつける。
勝手に単独行動をしていたウォレスに不満があったんだろう。爆発させるように叫んだやよいは、斧をウォレスに突きつけた。
「なのに、こんなバカなことして……一発殴らないと気が済まないんだから!」
「殴るってか、殺す気だったろ!? って、うぉい!?」
「……ちっ」
死にかねない一撃に反論するウォレスだったが、背後からの気配を察してその場から離れる。
ウォレスの後ろから拳に魔力を込めて殴りかかったサクヤだったが避けられてしまい、舌打ちした。
躱されたサクヤの攻撃は空気を殴りつけ、衝撃波が星屑の討手を襲っている。最初からそのつもりだったのか……あわよくばウォレスに一発喰らわせるつもりだったのか。
多分、後者だろうな。
「ヘイ、サクヤ!?」
「……避けちゃ、ダメ」
「いや避けるっての!? 殺す気か!?」
「……大丈夫。ウォレス、バカだから」
「大丈夫な訳あるかぁぁ!?」
サクヤのあんまりな言い方にウォレスは頭を抱えながら天を見上げていた。
こんな殺伐とした戦場だけど、俺たちRealizeが揃えば関係ない。いつも通り楽しく、面白おかしくやる。それが、Realizeだ。
さて、そろそろちゃんとしないと両陣営の我慢が限界だな。
「ウォレス、そういう訳だ。三対一だけど……」
剣を構えながらウォレスに言うと、屋根の上にいる真紅郎がウォレスの足下に魔力弾を撃ち込んだ。
「すまん、四対一みたいだ」
「ヘイヘイ、こいつはあんまりじゃねぇか?」
「ま、仕方ないだろ。それでも、やるだろ?」
挑発するように俺が言うと、ウォレスはやれやれと肩を竦めてから口角を歪ませて構えた。
「ハッハッハ! 全員まとめてかかってこいよ?」
カッコつけてるけど、冷や汗が止まってないぞ?
苦笑しながら俺たちは構え、戦いを続けようとすると……。
「ーー汚らわしい余所者共よ! くだらない争いをしている愚か者共よ! 我が声を聞け!」
戦場に響き渡った声は、ラクーンのものだった。
突然現れたラクーンに誰もが訝しげに見つめている。タイラーも予定外のことだったのか、呆気に取られていた。
そんな中、ラクーンはニタリと笑みを深めながら演技かがったように大げさな動作で両手を広げる。
「もはやこのような争いは無意味! その理由は、このお方が降臨したからに他ならない! 刮目して見よ!」
ラクーンの隣にいたのは……濃紺のローブを身に纏い、フードを目深に被っている細身の小柄な人だった。
あれは誰だ? 俺の思っていた疑問に答えるように、ラクーンは声高々に宣言した。
「このお方は我ら星屑の討手の新たな指導者! そして……この国の、真の主である!」
ラクーンの言葉に、誰もが唖然としていた。
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