十七曲目『災禍の竜』
「えぇと、たしかこの辺に……おぉ、あったあった」
俺が名無しの爺に連れてこられたところは、真っ暗な空間だった。
名無しの爺は手探りで壁にある何かを探し当てると、カチッと音がして連動するように真っ暗な空間が明るくなる。
天井にぶら下がった魔力を送ると光り出す<幻光石>で出来た明かりが部屋を照らすと、そこには古ぼけた石造りの部屋が広がっていた。
部屋の正面には祭壇のような物があり、それを守る
ように剣を携えた戦士の崩れかかった石像が立ち並んでいる。
どこか神聖さを感じさせる、歴史がありそうな部屋の真ん中には……年季の入ったベッドとソファー、木のテーブルやイスなどの生活感に溢れる物が置かれていた。
名無しの爺は「どっこいしょ」とイスに腰掛けるとシワだらけの顔でニヤリと笑い、両手を広げる。
「ワシの家へようこそ!」
「いや、家って言うか……」
我が物顔で歓迎してくる名無しの爺に苦笑いを浮かべる。歴史がありそうなこの部屋は、王族の隠し部屋か何かじゃないのか?
それなのに勝手に自分の寝床にしている名無しの爺は、鼻で笑った。
「どうせもう使われてない部屋なんじゃ。ワシがどう使おうと勝手じゃろ? あんまり堅いこと言うんじゃない」
「……はぁ。ま、いいけど」
俺には関係ないことだし、気にしないでおこう。ため息を吐きながらソファーに座ると、名無しの爺は立派な顎髭を撫でながら口を開いた。
「それで? タケル……と、言ったかのぅ? お主がワシに聞きたいことってなんじゃ?」
「はい。俺が聞きたいことはですね……」
「あぁ、ちょいと待て。敬語なんぞ使わんでよろしい。堅苦しくていかんわい」
「そうか、分かった。それでだな、ジジイ」
「……敬語を使わんでいいとは言ったが、いきなりジジイ呼びとか。いや、まぁいいけど……」
名無しの爺改め、ジジイは何か言いたげにしてたけど嘆息して諦め、そのまま俺の話に耳を傾ける。
「俺が聞きたいことは、このアストラについてだ」
「……ほう? アストラについて、とな?」
アストラのことと分かるとジジイは真剣な表情で目をスゥッと細めた。さっきまでの適当そうな態度は鳴りを潜め、どこか威厳のある雰囲気を醸し出すジジイに思わず虚をつかれる。
コホン、と咳払いして気持ちを切り替え、俺は話を続けた。
「今、この国で貴族と星屑の討手が争ってるのは知ってるだろ?」
「もちろんじゃ。この国に住んでる者なら誰しも知っていることじゃ」
「貴族は強引な手段で貧民街を制圧しようしているし、星屑の討手は貴族を追い払って国を取り戻そうとしている。その両者が争えば……血が流れる。俺は、それをどうにかしたいんだ」
「……ふむ、それで?」
「両者が争わずに平和的に解決したいけど、俺はこの国について知らないことが多い。あるモンスターによってほとんどを滅ぼされたこと、貴族は外部から来た余所者で、貧民街の住人が元々この国に暮らしていた人たちってことぐらいだ」
この国が元々どういう国か知ることで、もしかしたら血を流さずに平和的に貴族側と貧民側が手を取り合える方法が見つかるかもしれない。
貴族が何を求めているのか、貧民……星屑の討手がどんな国にしていきたいのか。両者が納得出来る折衷案が見つかれば、争わずに解決するかもしれない。
可能性は限りなく低い。でも、少しでも可能性があるなら俺はそれに賭けたい。両者に足りないのは、対話だと思うから。
すると、ジジイは深く息を吐いてから顎髭を撫でて訝しげに俺を見つめてきた。
「なるほどのぅ。お主の考えは分かった。しかしだな、どうしてお主がそこまでこの国のために動くのじゃ? お主はこの国には何も関わりがないはずじゃろう?」
ジジイの疑問はその通りだ。俺はこの国になんの関わりのない余所者。誰かに恩がある訳でも、世話になった訳でもない。
だけどーー。
「人と人が争うのなんて、見たくないんだよ。血が流れることが正しいとは思えないし、思いたくない。ま、簡単に言えばお節介だな」
貴族にも星屑の討手にも別に思い入れはないけど、関わった以上は俺の目の前で血が流れるのは許容出来ない。
ただのお節介で、わがままな理由だ。ただ、俺が見たくないから止めるだけ。我ながら自分勝手で自己中心的な理由に呆れるな。
そう話すとジジイは呆気に取られたようにポカンとすると、いきなり爆笑し始めた。
「ホーッホホホホホ! な、なんじゃそれは! お主、この国を救う英雄にでもなるつもりか!? それとも、何か謝礼を求めてるのか!?」
「はぁ? 英雄なんて興味もないし、国を救うなんて高尚な考えもないっての。ただ俺は、俺の目の前では誰も傷ついて欲しくないだけだ」
英雄願望なんてない。この国を救おうなんて正義感もない。お礼を貰おうなんて考えもなかった。
俺は、世界を救う英雄でも勇者でもない。音楽で聴いた人を楽しませるのが好きなただのロックバンドのボーカルだ。ちょっと人よりもお人好しでお節介焼きなのは自覚してるけどな。
すると、ジジイはより一層爆笑してイスから転げ落ちそうになっていた。そんなに笑うか?
ジジイは腹を抱え、笑いすぎて涙目になりながら一頻り笑うと、肩で息をしながら息を整える。
「はぁ、笑いすぎて死にそうじゃ……お主、面白いのぅ」
「……そんなに面白いこと言ったつもりないんだけど?」
「いやいや、面白かったわい。お主、気づいてないじゃろ?」
気づいてないって、どういうことだ?
首を傾げるとジジイは涙を指で拭い、優しく微笑んで口を開いた。
「利益や名声もいらず、ただ人のために何かしようとする者を……人は
ジジイは自分勝手なわがままで争いを止めよう
としている俺の考えを、英雄のそれだと言ってくる。
俺は英雄なんて面倒なものになるつもりはないんだけどなぁ。顔をしかめてそんなことを思っていると、ジジイは自分の膝をパシンッと叩いて不敵な笑みを浮かべた。
「うむ、気に入った! ワシはお主を気に入ったわい!」
「ジジイに気に入られてもなぁ……」
「ホッホッホ! そう言うでない! ワシが知っていることを、全て話そうではないか!」
「本当か!?」
俺の何を気に入ったのかは分からないけど、とりあえずこの国について色々教えてくれそうだ。
喜んでいるとジジイは手を向けて待ったをかける。
「だが、条件がある」
「条件? 金か?」
「いいや、金などいらんわい。色々と話す代わりに、お主は今まで旅をしてきたんじゃろう? その旅の話を聞かせてはくれんか?」
旅の話? そんなんでいいのか?
それで話してくれるなら、いくらでも旅の話をしてやろう。
俺はジジイの条件をのみ、今までの旅のこと……ついでに、俺がこの世界の住人じゃないことも話した。
ジジイは俺が異世界の住人ということに驚く中、それから王国での日々、セルト大森林でクリムフォーレルと戦ったこと、ヤークトで大災害クリムゾンサーブルを退けたことやレンヴィランスで魔族と戦ったこと、シランという少女の命を救えなかったことなど……懐かしさを感じながら語っていった。
かれこれ二時間ぐらい話をすると、ジジイは満足そうに何度も頷く。
「ふむふむ、なるほど。お主、結構な修羅場をくぐり抜けて来たんじゃな」
「まぁね。大変だったけど、なんだかんだで楽しかったな」
「それにしても、セルト大森林か。懐かしいのぅ……ユグドの爺様はまだ生きておったのか」
「あんたもジジイだろ……って、ユグドさんを知ってるのか?」
ユグドさんと言えば、セルト大森林に住むエルフ族の族長。
このアストラから結構距離があるはずなのに、どうして知ってるんだ?
「マーゼナル王国には昔、何度か行ったことがあるからのぅ。その時、セルト大森林に行ったこともあるんじゃ。まだ子供だったワシに、ユグドの爺様は色々と教えてくれたもんじゃわい」
「へぇ。意外と世間って狭いんだな」
まさか遠く離れたこの国でユグドさんのことを知ってる人がいるなんて思ってもなかった。
懐かしそうにしていたジジイは、ふと顎に手を当てて考え事を始める。
「それにしても、おんがく……じゃったな。誰をも熱狂させる未知の文化。ワシも聴いてみたいもんじゃ」
「音楽かぁ。ライブしたいけど、現状じゃそんなことする余裕はないんだよなぁ」
「そいつは残念じゃ。以前のアストラなら、らいぶを楽しむことが出来たじゃろうなぁ……」
ジジイは遠い目をしながら惜しむように呟く。
そして、ジジイは真っ直ぐに俺を見つめ、口を開いた。
「旅の話を聞かせてくれたお礼じゃ。語るとしよう……再生の亡国という不名誉極まりない名になる前の、アストラの歴史を」
ここからが本題だ。俺は姿勢を正してジジイの話に耳を傾ける。
ジジイはコホンと咳払いしてから、アストラの歴史を語り始めた。
「このアストラはとても平和で、豊かな国じゃった。他国との国交も盛んで、城下町はいつも人で賑わっておったわい。貴族街や貧民街などという貧富の差もなく、王と民との距離も近い……そんな国じゃった」
昔を懐かしむようにジジイは微笑む。だけど、すぐに表情を険しくさせた。
「そんなある時、ある知らせが舞い込んできた。遠い国で凶悪なモンスターが現れたという。そのモンスターは強大で国一つを滅ぼす力を有している。討伐に向かった者は全て、帰らなかった……」
国一つ滅ぼすことが出来る凶悪なモンスター。
それは、俺の夢に出てきたあの黒い竜のことだろう。
闇夜のように黒い鱗、空を覆い尽くすほどの巨体、怒りや憎しみに染まった真紅の瞳。
ジジイはその時のことを思い出したのか体をプルプルと震わせる。拳を強く握りしめ、その目には恐怖と……怒りが込められていた。
「そのモンスターはアストラを襲った。街を炎で燃やし、風で民を斬り裂き、天候を操り降らせた豪雨で街を飲み込み、雷を降り注がせた……」
夢の中で黒い竜が国を……アストラを滅ぼした光景が頭を過ぎり、ブルリと寒気が走った。
住人は何も出来ずにモンスターによって淘汰され、国はそのほとんどを滅ぼされた。そして、出来上がったのが今のアストラ。再生の亡国アストラだ。
身震いしていたジジイは俯かせていた顔を上げ、真っ直ぐに俺を……いや、俺じゃない誰かを羨望の眼差しで見つめる。
「モンスターによってこの国の全てが滅ぼされそうになった時、ある人が駆けつけてくれたんじゃ」
「ある人?」
「今やこの世界の誰もが知っている英雄ーーアスカ・イチジョウじゃ」
その名を聞いて、俺は目を丸くさせた。
アスカ・イチジョウ。元は俺たちの世界の住人で、有名な歌手。俺たちRealizeの原点となる人だ。
俺たちの世界で行方不明になっていたアスカ・イチジョウは、この異世界で世界を救った英雄になっていた。
その英雄が、このアストラに来ていたのか。
ジジイはその時の光景を思い出しているのか、興奮した面もちで語っていく。
「英雄アスカとその仲間たちはモンスターと戦った。国一つを滅ぼす力を持ったモンスター相手に、英雄たちは互角に渡り合っていた。剣の一振りで炎を斬り裂き、生き残った民を守るその姿は……まさしく、英雄じゃった。そして、英雄アスカはモンスターを見事討伐し、どこかに封印したと言われておる……」
そこまで語り終えると、ジジイは疲れた表情で深く息を吐いた。
「じゃが、熾烈を極める戦いに国は耐え切れず、今のアストラの姿になってしまった。生き残った民が国を復興させようとしていたが、焼け野原になった国の領地を狙って外部から多くの貴族が押し寄せて来たんじゃ」
「それが、今の貴族たち……」
「さよう。貴族によって住処を追われた民たちは今の貧民街で命辛々生き延びた。領土を奪われ、国を奪われ……誇りまでをも、蹂躙されてしまったんじゃ……」
ジジイは悲しそうに眉をひそめると、やれやれと頭を振って嘆息する。
「貴族は貧民街と自分たちが住む場所を隔てるために壁を造り、民のわずかばかりの財産すら搾り取り、今の貴族街を作り上げた。これが、今のアストラ……再生の亡国アストラに至るまでの歴史じゃ。一度滅び、亡骸の血を座れながら<再生>の名を冠するとは、皮肉な話じゃわい」
自嘲するように鼻で笑ったジジイはイスに力なく背中を預け、天井を見上げながらボーッとしながら口を開いた。
「これでアストラの過去は終わりじゃ。何か質問はあるかのぅ?」
「……一つだけ、聞きたいことがある。そのモンスターの名前は?」
アストラのほとんどを滅ぼし、英雄アスカによって封印されたモンスター。その名前を問うと、ジジイは苦々しい表情を浮かべながら……答えた。
「そのモンスターの名は、誰も知らん。しかし、そのモンスターを知っている者は誰もがこう呼んだ。恐怖
の象徴、終焉をもたらす者、厄災の権化……」
ジジイは一度言葉を切り、その名を口にする。
「その名をーー<
災禍の竜。俺は、その名を心の中で繰り返す。
すると、どこか遠くで……地獄から這い上がってくるような低いうなり声が聞こえた気がした。
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