十三曲目『貧民街に響くドラム』

 目が覚めると、外はすっかり暗くなっていた。

 俺が目を覚ますのと同じ頃、ウォレスを探しに行っていた真紅郎とサクヤが帰ってくる。


「色々探し回ったけど、貴族街にはいないみたいだね」


 嘆息しながら真紅郎が報告する。やっぱり貴族街にウォレスはいないか。まぁ、予想通りだな。

 仕方ないから今日は捜索を打ち切り、食事にしよう。俺たちは宿にある食堂で夕食にすることにした。

 だけど、俺たちのにぎやかし担当のウォレスがいない夕食は、妙に静かだ。美味しい食事のはずなのに、どこか味気なく感じる。

 ある程度食事を終えた頃、俺は口火を切った。


「実はな、ウォレスの居場所なんだけど……一つだけ、心当たりがあるんだ」

「え? それ、本当?」


 目を丸くしながら聞き返してくるやよいに頷いて返す。


「貧民街に住む子供たちとシンシアのことは話しただろ? 貧民街で顔見知りなのはシンシアたちしかいないはずだし、部外者のウォレスが身を寄せるなら、そこぐらいだと思うんだ」


 予想でしかないけど、貧民街にいるならそこぐらいしか心当たりがなかった。

 シンシアたちと星屑の討手に関わりがあるかは分からないけど、貧民街に住んでいる以上、知らないってことはないはず。

 すると真紅郎は顎に手を当てながら思考を巡らせていた。


「……そうだね、ボクもそう思う。それに、ウォレスが子供たちに昔の自分を重ねているのであれば、星屑の討手に協力する理由として納得がいく」


 ウォレスの行動を予測して真紅郎が考えを話す。たしかに、ウォレスならそうしそうだ。やよいとサクヤも同意見なのか、頷いている。


「じゃあ、みんなでそのシンシアって人のところに行ってみる?」

「あ、それはちょっと待ってくれ」


 やよいの提案にストップをかけた。


「そこには俺一人だけで行こうと思うんだ」

「え……大丈夫なの?」


 貧民街に一人で行くことを話すと、やよいは心配そうに眉をひそめる。

 俺の顔は星屑の討手に知られているだろうから、一人で敵陣に乗り込むような真似は危険かもしれない。


「だけど、全員で行けばもっと警戒されそうだろ? それに、子供たちは劣悪な環境で育ったせいか警戒心が強い。不安にさせないためにも、顔見知りの俺が行った方がいいだろ?」


 最初に出会った時は、子供たちは俺とウォレスをかなり警戒していた。

 いつ死ぬかも分からない危険なところで育ってきた子供たちは、そうしないと生きていけなかったんだろう。

 無闇に警戒させれば、子供たちの精神的に負担になりかねない。

 だから、多少危険でも俺一人だけで行った方がいいはずだ。

 そう説明すると納得したのか、やよいは俯きながら首を縦に振る。


「そういうことなら、分かった……でもタケル、無理だけはしないでね?」

「分かってるよ。危なくなったらすぐに逃げるさ」


 心配そうにしているやよいの頭を撫で、微笑んで見せた。

 星屑の討手の実力はそこまで強い訳ではないけど、相手は何人いるか分からないからな。さすがに多勢に無勢、本当に危なくなったら逃げるしかない。 


「ウォレスを探すついでに、名無しの爺も探してみるよ。どうやら貧民街にいるらしいからな」

「うん、じゃあタケルに任せる。ボクたちは……そうだね、ゼイエルさんたちのところに行って色々探ってみるよ」


 ウォレスと名無しの爺の捜索を俺に任せ、真紅郎はゼイエルさんたち貴族のところで情報を集めることに決めた。サクヤには引き続き、やよいの護衛をして貰おう。

 と、そこで俺はあることを思いついた。


「そうだ、明日はキュウちゃんを連れて行っていいか?」

「キュウちゃんを? どうして?」

「ほら、キュウちゃんと一緒にいれば、もしかしたら子供たちも警戒心が薄れるかもしれないし」

「キュウちゃんがいいならいいんじゃない?

 どう、キュウちゃん?」


 やよいが膝の上で丸くなっているキュウちゃんに声をかけると、キュウちゃんは顔を上げて俺を見つめ、仕方ないと言わんばかりに鼻を鳴らして頷いた。

 キュウちゃんを連れていく理由は子供たちの警戒心を薄れさせるため……そして、実を言うともう一つ理由がある。

 思い出したのはこの間まで滞在していた国、<魔法国シーム>のこと。

 そこで俺たちを……と言うより、やよいをストーカーしている<黒豹団>のリーダー、アスワドの言葉が頭を過ぎった。

 王国の追っ手から俺たちを守る時、キュウちゃんはアスワドと共闘したけど、アスワド曰くキュウちゃんに助けられたらしい。

 戦闘力皆無のマスコット的存在のキュウちゃんがどうやってアスワドを助けたのかは分からなくて、ずっと気にはなっていた。

 いい機会だし、もしも星屑の討手と戦いになった時にキュウちゃんがどう動くのか確認しようと思っている。

 もちろん、戦わないに越したことはないけど。

 

「よろしくな、キュウちゃん」

「……きゅきゅー」


 キュウちゃんはやれやれと首を横に振ってから俺の頭に上っていき、ペチペチと小さな前足で頭を叩いてきた。

 まるで、しっかりやれよ? と言われてる気がする。苦笑いを浮かべていると、真紅郎が頬を緩ませながら口を開いた。


「タケル。ウォレスは意外と不器用なところがあるから、誰かの助けが必要なんだ。今回はタケルがウォレスを支えてあげてね?」


 俺たちRealizeの創生メンバー……やよい、真紅郎、ウォレスの三人。

 その中でも一番付き合いが長いのは真紅郎とウォレスだ。

 真紅郎はいつもはっちゃけ、騒がしいウォレスのストッパー役。呆れたり、たまに怒ったりしながらもなんだかんだで二人は仲がいい。

 だから、ウォレスのことをよく知っているのは、真紅郎だ。その真紅郎に頼まれたからには、俺がウォレスを助けて、支えないとな。

 心に決めたその日はそのまま部屋に戻り、夜が明ける。

 住人たちが活動を始める頃、俺たちも動き出した。

 真紅郎とサクヤ、やよいの三人はゼイエルさんのところへ向かい、俺とキュウちゃんは貧民街に向かう。

 迷路のような薄暗い路地裏を進み、貧民街の人たちが貴族街に侵入するための隠し通路の前に来た。


「……誰もいないな」


 周りを見渡して誰もいないのを確認してから、俺は積み重なった木箱の一つに手をかける。

 ゆっくりと押して木箱でカモフラージュされた扉を開き、貧民街に通じる道を進んでいく。

 暗くて狭い道を中腰で歩いていくと、遠くから聞き覚えのある音が聞こえてきた。

 正確なリズムを刻み、しっかりとした芯がある腹に心地よく響いてくるその音は……。


「ドラムの音……ッ!」


 俺は急いで隠し通路を抜け、音がする方に走った。

 子供たちが暮らしている廃屋から響いてくるドラムの音に近づいていき、入り口にかかった布を勢いよく抜ける。

 そこに広がってる光景はーー。


「ウォレスすげぇぇ!」

「すごい……どらむって、かっこいい」

「ふ、ふんっ! ちょっとはやるじゃない、ウォレス」

「……ぼくも、やりたい」

「ハッハッハ! そうだろう!? これがドラム! 音楽ミュージックだ!」


 ドラムセットを模した魔法陣の前で目を輝かせている子供たちと、得意げにドラムスティックをクルクルと回して嬉しそうに笑うウォレスの姿があった。


「何やってんだよ、ウォレス……」


 平和すぎる光景に思わず手で目を覆いながらため息を吐くと、ウォレスが俺に気づいて笑いながら手を挙げた。


「よぉ、タケル! お前も一緒にやろうぜ……って、タケル!?」


 最初は俺がいることに疑問に思うこともなく演奏に誘ったウォレスだったがすぐに俺がいることに驚き、まるで子供がいたずらにバレたように気まずげに頬を掻きながら演奏を止める。

 ウォレスは観念したように両手を挙げ、苦笑いを浮かべた。


「あー……とりあえず、話をしようぜ?」

「そうだな。色々、じっくり、しっかりと聞かせて貰うぜ、ウォレス」


 にっこりと笑いながら、俺はウォレスを問いつめ始めた。

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