十曲目『貴族の目論見』
「さすがは勇者! 見事、あの憎き反乱軍の輩を追い払ってくれたな! 礼を言おう!」
襲撃で壊された家具をこの屋敷の執事とメイドが片づけている中、ゼイエルさんは嬉しそうにニコニコと笑みを浮かべながら満足げに頷く。
他の貴族も傷一つなく、無事に星屑の討手を追い払うことが出来て一安心だな。
するとゼイエルさんは忌々しげに顔をしかめて窓の外……貧民街がある方を睨みつけながらボソリと呟いた。
「まさかこんな強硬手段を講じてくるとはな……これは早いところどうにかした方がよさそうだな」
今回の襲撃で命を狙われたゼイエルさんは、やられる前に貧民街を潰す計画を実行に移そうとしていた。
出来るならどっちも無傷で血を流さない方法で解決したいけど、今の俺にはゼイエルさんを止めることは出来ない。
そう思っていると真紅郎が一歩前に出て、張り付けたような笑みを浮かべたまま口を開いた。
「ゼイエルさん、少しボクのお話を聞いて頂いてもよろしいですか?」
「む? どうかしたのか?」
「えぇ。たしかに今回、反乱軍……星屑の討手はゼイエルさんを含めた貴族の方々の命を狙っていました。ですが、その作戦はあまりに杜撰で悪手と言っていいでしょう」
「ふむ、それで?」
「普通なら闇夜に隠れて暗殺するのが定石。それをしなかったのは何か理由があると思うんです。焦っているのか……もしくは、そんな強硬手段を講じても
真紅郎はそこで一度話を切り、ニヤリと不敵に笑った。
「もしも策があるのなら、仕返しとばかりにこちらも作戦を実行するのは少々早急かと思うんです」
「なるほど、警戒するに越したことはないな」
「はい。そこで……ボクたちに調査をさせて頂けませんか?」
「調査、だと?」
訝しげに首を傾げるゼイエルさんに、真紅郎は力強く頷く。
「そうです。現在、ボクたちの仲間が一人いないでしょう? それは、貧民街の調査を行っているからなのです。星屑の討手がどんな策を考えているのか、どう動くのか……それを見定めてからでも遅くはないと思うのですが、いかがでしょう?」
真紅郎の言ういない仲間ってのは、ウォレスのことか。だけど、ウォレスが調査なんてするはずがない。
そうか、嘘だな? 真紅郎は貧民街を制圧する作戦を遅らせるためにいないウォレスを理由にしたのか。ここは完全に真紅郎に任せて何も言わないでおこう。
真紅郎の話に一考の余地があると思ったのか、ゼイエルさんは顎髭を撫でながら考え込む。
「……ふむ、そういうことなら任せよう。真紅郎殿に一任する」
「寛大な配慮に感謝致します」
作戦は成功したみたいだ。真紅郎が深々と頭を下げながら、こっそりとほくそ笑んでいたのを見ないフリしておく。
真紅郎とゼイエルさんの話は終わり、このまま解散となった。
宿屋に戻ってきた俺たちは通された部屋に入ると、緊張の糸が切れたのか真紅郎が深いため息を吐く。
「はぁぁ……とりあえず、最悪の事態は避けられたね」
「ナイス、真紅郎」
真紅郎に向かって親指を立てると、真紅郎は疲れ切った表情で苦笑した。
さて、今この部屋には俺たちしかいない。誰にも聞かれないように今後の動きを話し合うか。
「……ウォレス、戻ってないみたいだね」
やよいが部屋を見渡しながら俯いて呟く。
ウォレスは煙幕に紛れて星屑の討手と一緒に姿を消した。どうしていなくなったのか、本人が不在の今では知ることが出来ない。
「しばらく別行動だ、って言ってたんだよな……」
「別行動、ね……いきなりどうしたんだろう?」
「……星屑の討手のところ?」
「きゅー?」
サクヤがキュウちゃんを抱きしめながら首を傾げる。
まぁ、普通に考えたらそうだよな。だけど、星屑の討手のところに行って何をするつもりなんだ?
「もしかして……反乱軍と一緒に貴族を追い払おうとしてる、とか?」
そこで、やよいが心配そうに口を開いた。
否定したかったけど、ウォレスならやりかねない。ウォレスは貴族にいい感情を持ってないし、星屑の討手に荷担しそうだ。
真紅郎も同じ意見なのか、頭を抱えて深いため息を吐く。
「考えられるね……」
「そうなったら、どうするの?」
「……ぶん殴る?」
「待て待て、それはやめとけ」
サクヤは拳を握りしめながら強引に引き戻そうとするのを慌てて止める。
理由はどうあれ、俺たちで争うのはダメだろ。出来るなら話し合いで説得した方がいい。
どうしていいのか分からず誰もが口を噤んで静かな時間が流れる。そこで、静寂を破るように真紅郎が手を鳴らした。
「今はウォレスのことは置いておこう。それよりも、今後の動きを決めようか」
「真紅郎、お前から見て貴族たちはどう思った?」
ほとんど貴族の相手は真紅郎に任せていた訳だけど、嘘を見抜くことが出来る真紅郎からどう思ったのか気になって問いかける。
真紅郎は苦々しい顔でゆっくりと首を横に振った。
「ダメだね、一切信用しちゃいけない。完全に腐りきってるよ」
「じゃあ、どうするの? この国から離れた方がいいんじゃない?」
「いや、それはちょっと待って」
やよいがこの国から逃げることを提案すると、真紅郎は手で押し止める。
「今は離れるのは得策じゃないよ。ゼイエルさんたち貴族は明らかにボクたちの力を欲している……戦争のための兵器として、ね」
「せ、戦争!? 兵器!? 何それ、どういうこと!?」
突拍子のない言葉にやよいは声を張り上げて驚いた。
真紅郎はやよいを落ち着かせてから、その考えに至った理由を語り始める。
「ゼイエルさんはボクたちのことについて、詳しかった。特に、ライブ魔法……王国の軍勢や大災害を退けた力に関してね。しかも、ボクたちが
「……たしかに音楽とかライブじゃなくて、ライブ魔法の話ばっかりだった」
真紅郎の話を聞いて思い出したのか、サクヤがムッとした表情で頷く。
言われてみればたしかに、ゼイエルさんは俺たちを勇者って呼んでた。それを知っているのは限られてるはずなのに。
しかも、ゼイエルさんは俺たちのライブ魔法に対して興味を示しているみたいだった。
王国との戦争になった時に支援するって言ってたけど……それは俺たちのためじゃなく、自分たちのためだったってことだな。
それがゼイエルさんの本来の目的。俺たちを抱え込んで戦争に勝つための兵器にするつもりなのか。
俺たちは戦争の道具なんかじゃない。思わず歯をギリッと鳴らすと、真紅郎は「これはボクの予想だけど」と前置きしてから話を続けた。
「多分、ゼイエルさんは国を一つにする……貧民街を潰すための作戦に、ボクたちのライブ魔法を使わせるつもりだよ。それを込みで、作戦を練ってると思う」
「そんなの……あたし、嫌だ」
やよいは今にも泣きそうな声で俯きながら首を振る。
俺だって……いや、俺たち全員がそんなの嫌だ。俺たちの音楽をそんなことに荷担するために使わせる訳にはいかない。
「ボクだって絶対に嫌だよ。だから、そうさせないためにもボクたちは考えなくちゃいけない」
「でも、どうするんだ?」
「それなんだけど……ごめん、まだ話せるほど考えが固まってないんだ」
真紅郎はやるせなさそうに額に手を当てる。
これは真紅郎だけに任せる訳にはいかない。全員で考えなきゃいけないことだ。
だけど、どうしたらいいんだ……?
「貧民街を潰す計画をなくさせる必要があるよな?」
「じゃあ、あたしたちも星屑の討手……だっけ? その人たちに協力する?」
「いや、それもよくない。貴族の命を狙うような連中だよ? ライブ魔法のことを知ったら、利用しないはずがない」
「……貴族にも協力しない、星屑の討手にも協力しない……じゃあ、どううするの?」
俺たちは頭を悩ませて考える。
貴族に協力すると貧民街を潰す計画に利用される。最終的には戦争宇野道具にされかねない。
でも、星屑の討手に協力したら結局俺たちの力を利用されそうだし……どうにか血を流さずに平和に解決する方法がないものか。
「……正直、ボクたちはこの国について知らないことが多い。まずはこの国について詳しく調べないと、動くに動けないね」
「じゃあとにかく情報収集だな」
「うん。でも、貴族の話はあまり当てにならないと思う。耳を傾けるべきなのは、貧民街の人……元々この国に暮らしていた住人に聞いた方がいいかもしれないね」
「……素直に聞いてくれるかな?」
貧民街の人たちのことを思い出したのか、心配そうにしているやよい。生きるために必死の貧民街の人たちに聞いても、逆に襲われそうだ。
やよいをそんなところに行かせる訳にもいかない。この国に来てから、どうも元気がないからな。
すると真紅郎は俺たちを手招きして顔を近づかせ、万が一にも誰かに聞かれないように耳打ちした。
「実はね……貴族街で情報を集めていた時に、ある噂を聞いたんだ」
「噂?」
「うん。どうやらこの国のどこかに<名無しの爺>って情報通がいるみたい。この国の表の顔も裏の顔も、全てを知り尽くした
名無しの爺? てことは、男の老人なのか。
その人ならこの国について色々と教えてくれそうだな。でも、どこにいるのか分からない……。
「とりあえず、その名無しの爺って人を探すのが最優先だな」
俺たちの今後の動きは、その名無しの爺が鍵を握っている。明日からは情報収集をしつつ、名無しの爺の捜索しに行こう。
これで話し合いは終わりにして、俺たちは各自の部屋に戻って休むことにした。
ついでに、ウォレスのことも探さないとな。
突然いなくなったウォレスを心配しながら、夜は更けていった。
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