六曲目『シンシアと四人の子供たち』
「先ほどは申し訳ありませんでした。貴族街から来たと聞いたので、てっきり貴族なのかと……申し遅れました。私はシンシアと申します」
誤解が解けたことで俺たちはシンシアに廃屋の中に案内された。シンシアは礼儀正しく丁寧に頭を下げて俺たちに謝る。
「そんな謝らないでくれ。俺たちも誤解するような真似して悪かったよ」
「ハッハッハ! 怪我一つないんだから
「そう言って頂けるとこちらとしても嬉しいです」
シンシアはそう言って柔らかく微笑んだ。さっきの戦いで見せていた険しい表情とは違い、優しそうな笑みを見て思わず見惚れてしまった。
かなり美人で優しそうな雰囲気のシンシアは、こんなところで会わなかったら品のいいお嬢様みたいに見えるな。
チラッと廃屋の中を見てみると、そこは荒れてはいるけど綺麗にしている。風が入らないように穴を布で隠し、人が生活する最低限を守っていた。
そして、この廃屋に暮らしているだろう子供たちが遠巻きに俺たちを見つめている。警戒が解けていないのかジッと睨んできていた。
それを見たウォレスが頬を緩ませながら軽く手を振ると子供たちはサッと物陰に隠れ、またこっそりこっちを見てくる。
ウォレスは後頭部をガシガシと掻いてため息を吐いた。
「オレ、そんなに怖いか?」
「申し訳ありません……見慣れない人に対して警戒心が強くて」
「……そりゃそうか」
シンシアが申し訳なさそうに言うと、ウォレスは自嘲するように笑って頷く。
貧民街の人たちは貴族街の連中にヒドい仕打ちを受けている。それを考えたら、警戒心が強くなるのも当然だ。
ウォレスも似たようなところに住んでいたから、子供たちの気持ちが分かるんだろう。
するとウォレスはおもむろに立ち上がり、子供たちに近づいていく。突然近づいてくるウォレスに子供たちは体を震わせて睨みつけていると、ウォレスはニッと口角を上げた。
「ヘイ、そんなにビビんなよ! 何もしたりしねぇって!」
「う、嘘だ! 大人はみんな嘘つきだ! 優しい顔して本当はおれたちをイジメるつもりなんだろ!?」
「そうよ! し、シーちゃんが許してもあたしたちは認めないんだから!」
「あっち行け、デカブツ……ッ!」
「……帰れー」
「Oh……こいつは
敵対心全開の子供たちに手で目を覆いながら天を仰いだウォレスは、ニヤリと不敵に笑うと魔装の収納機能を使う。
そして、貴族街で買った数え切れないほどの食料を腕に抱えた。
それを見た子供たちは目を丸くして驚き、ゴクリと喉を鳴らす。
「もし、お前たちがオレのことを敵として見ないと言うなら、この食料をくれてやってもいいぜぇ?」
「べ、別におれたちはそんなのいらねぇよ!」
「ほう? そうかぁ? その割には、腹を鳴らしてるじゃねぇか?」
ウォレスの指摘通り、子供たちは食料を見るなりグゥと腹を鳴らして空腹を訴えていた。
子供たちは恥ずかしそうに頬を赤く染めながら空腹を隠すように腹を抑え、ウォレスを睨む。
素直になれない子供たちを見たウォレスはしゃがみ込んで子供たちと視線を合わせると、優しく微笑んだ。
「腹減ってる奴の気持ちは、痛いほど分かる。オレだって元々は
「あ、あんたもおれたちと同じだったのか?」
「あぁ、まぁな。先輩として一つだけ言っておくぜ? 食える時に食えるだけ食っておけ。生きてる限り、空腹には勝てねぇ。生きたいんだったら、食え。ほらよ」
ウォレスがパンを差し出すと、男の子はパンとウォレスを交互に見て……ゆっくりとパンを受け取った。
他の子供たちも同じようにウォレスから食料を受け取り、一口食べる。そこからは我慢の限界だったのかがっつくように食べ始めた。
その様子を見て、ウォレスは嬉しそうに笑う。
「おう、いい食いっぷりだな! でも焦って詰まらせんなよ?」
ウォレスの忠告を無視して食べ続けた結果、男の子が「うぐっ!?」と詰まらせて苦しそうに胸を叩いていた。
だから言っただろと言いたげにため息を吐いて呆れたウォレスは、男の子背中を叩いてやる。どうにか飲み込めたのかホッと一安心している男の子の頭を、ウォレスはポンッと撫でた。
「たっぷり食って、大きくなりな。あの姉ちゃんを守れるぐらいによ」
「……さっきは殴ってごめん」
さっきウォレスの足を殴った男の子が頭を下げる。ウォレスが敵じゃないと認めたんだろう。
ウォレスは鼻で笑うと立ち上がり、ムキッと上腕二頭筋を男に見せつけるとニヤリと笑ってみせた。
「ハッハッハ! あれぐらい屁でもねぇぜ! これでも鍛えてるからよぉ!」
「ぷっ……あははは!」
ここでようやく、子供たちは笑顔になった。
ウォレスのおちゃらけた態度に子供たちは笑い、楽しそうにしている。
明るくなった雰囲気の中、一人の男の子……貴族街で出会ったウォレスの財布を盗んだ男の子がウォレスの服をクイッと掴む。
「……あの、これ」
そして、男の子はウォレスに盗んだ財布を差し出した。盗んだことを反省しているんだろう、ビクビクとしながら俯く男の子にウォレスは首を傾げる。
「あぁ?
「え? でも、これ……」
「中々いいセンスの財布じゃねぇか。大事にしろよ」
ウォレスは差し出された財布を受け取らなかった。
ポカンと呆気に取られている男の子にウォレスは笑いかけ、何か思いついたのか手をパンと打ち鳴らす。
「そうだ、まだお前らの名前を知らねぇな。オレの名前はウォレス! 誰もが羨む筋肉を持つイケメンとはオレのことよ!」
ウォレスが名乗ると子供たちも笑みを浮かべて口を開いた。
「おれはアレク!」
ウォレスを殴った活発そうな男の子、青髪を短く切りそろえたアレクが最初に名乗る。
「俺はコレオ……財布、大事にする」
コレオと名乗ったのは財布を盗んだ緑髪の男の子は財布を大事そうに胸に抱いて、静かに笑った。
「あたしはソレル! 敵じゃないのは分かったけど、シーちゃんに手を出したら許さないからね!」
金色の長い髪を三つ編みにした気の強そうな女の子、ソレルはフンッとそっぽを向きながら名乗る。
「……ぼく、ダレン。お肉もっと欲しい」
最後にこの中で一番小柄の茶髪の男の子、ダレンが眠そうな目で肉を求める。なんか、サクヤに似てるな。
子供たち四人組が名乗り終えると、ウォレスは満足そうに頷いた。
「アレク、コレオ、ソレル、ダレンだな。よし、覚えたぜ! んじゃ、食い物はここに置いておくから大事に食えよ?」
「うん! ありがと、ウォレスさん!」
「ハンッ、ウォレスでいいっての」
元気よくお礼を言うアレクに、ウォレスは照れ臭そうに鼻を指でこすりながらこっちに戻ってきた。
様子を見ていたシンシアはウォレスに深々と頭を下げる。
「ありがとうございます、ウォレスさん。食料をお分け頂いて……ですが、私たちにお代を払えるほどの余裕は……」
「おいおい、何を言ってんだ?」
代金を払えずに謝るシンシアにウォレスはやれやれと首を横に振ると、シンシアにデコピンした。
「あいたッ!? い、いきなり何を……」
「金がない奴に金を要求するほど、
少し痛かったのか涙目になりながら額を手で抑えて困惑しているシンシアに、ウォレスは顔を近づけて真剣な表情で目を合わせる。
ウォレスはどこか頬が赤いシンシアの頭に手を乗せると、グリグリとこねくり回した。
「ちょ、ターバンが乱れます! や、やめて下さいぃぃ……」
頭を抑えつけてくるウォレスの手を掴みながら必死に逃れようとするシンシア。だけどシンシアの細腕じゃウォレスの手を払うことは出来ずにされるがままになっていた。
一頻りこねくり回したウォレスは手を離し、頭に巻いていた布が外れそうになっているシンシアにニヤリと笑みを浮かべる。
「これはオレが勝手にやったことだ。あいつらは昔のオレだ。昔のオレがして欲しかったことを、今のオレがやっただけ。だから、気にするな」
「で、ですが……」
「どうしてもって言うなら、これは貸しにしといてやるよ。いつか返してくれればそれでいいぜ」
納得していないシンシアに妥協案を話すと、頭に布を巻き直したシンシアが困ったように……でも、どこか嬉しそうに微笑んだ。
「……分かりました。いつか、お返し致します」
「おう」
「あぁぁぁっ! ウォレスがまたシーちゃんイジメてる!」
するとウォレスとシンシアの会話を見ていたソレルが大声を上げ、走り寄ってきた。
「ウォレス! さっきも言ったけどシーちゃんに手出ししたら許さない! これでも食らえ!」
「ハッハッハ! そんな攻撃でオレが倒せると思うな……って、痛い!? 的確にスネを狙うんじゃねぇよソレル!?」
ゲシゲシとスネを蹴ってくるソレルに逃げるウォレス。ソレルだけじゃなく、アレクやコレオ、ダレンもウォレスを追いかけ回し始めた。
その光景を見て、シンシアがクスッと小さく笑みをこぼす。
「ウォレスさんはお優しい方なんですね」
「まぁな」
ウォレスは元々面倒見がいい、俺たちRealizeの兄貴分的存在だ。
俺と同い年だけど、どこか兄貴のように思えるぐらい頼りがいがある男。それがウォレス。
普段のバカさに呆れる時もあるけど、大事な仲間だ。
シンシアの評価に自分のことのように嬉しくなって笑いながら、反撃とばかりにソレルを抱き上げて笑うウォレスを見る。
最初は敵対していたけど、今となっては嘘のように俺たちは仲良くなることが出来た。
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