第三楽章間奏『姉御肌は少女趣味』
砂漠の暑さに辟易する。
空は憎たらしいほど快晴。真上にある太陽はこれでもかってぐらい暑い日射を浴びせてくる。
そんな暑さに負けず……というより、慣れているヤークトに住む人たちの活気溢れる雑踏の中、俺と真紅郎はユニオンに向かっていた。
「暑い……アイス食べたいな」
「ボクも食べたい……かき氷とか久しく食べてないなぁ」
「あぁ、分かる。ブルーハワイの目に痛い青色シロップがかかったかき氷が懐かしい」
「ボクはイチゴ味にたっぷり練乳をかけたのがいいなぁ」
二人でこの世界にはないかき氷談義をしながらユニオンヤークト支部に入り、そこのユニオンマスターのアレヴィさんがいる執務室に向かう。
今日はアレヴィさんと俺たちが考えた盗賊団である<黒豹団>を捕らえるための作戦を話すためにユニオンに来ていた。
結構いい作戦だと自負してるから、アレヴィさんのゴーサインが出たらすぐにでも準備しないとな。
「おっと、ここだな。失礼しまーす」
「あ、ちょっとタケル!」
執務室の扉の前に俺は、ノックをしてすぐに扉を開けてしまった。真紅郎が俺を止めようとしてたけど、そのまま扉を開け放つ。
俺はこの時、真紅郎の呼び止めを聞くべきだった。
「アレヴィさん、お話……が……」
執務室に入り、飛び込んできた光景に俺の時間がピタッと止まった。
そこにはアレヴィさんがいた。
ウェーブのかかった長い真紅の髪。同色の瞳をした鋭い眼差し。露出の多い薄着とショートパンツ、膝まであるロングブーツとテンガロンハットを被った、まるでカウガールのような格好。
それが俺の知っているアレヴィさんだ。目のやり場に困るほどのスタイルをした、姉御肌の美女……それが、俺の知っているアレヴィさんのはず。
だけど、執務室にいたアレヴィさんは……まったくの真逆だった。
いつものテンガロンハットの代わりに、頭には白いフリルがあしなわれたハーフボンネットと呼ばれるヘッドドレス。
ウェーブのかかった真紅の長髪は少女のようなツインテールに。
まるでお人形のように可愛らしいフリルとレースがたくさんある、白とピンクのコントラストが眩しいドレスを纏い、純白のロングソックスとピンクのリボンがワンポイントの汚れ一つない白い靴。
カッコいいカウガールファッションから真逆の衣装。俺たちの世界で言うならこれは……ロリータファッション。
それも、甘ロリと呼ばれる姿に変貌を遂げていたアレヴィさんは、全身が映る姿見の前で顔の前で両拳を置いたぶりっ子ポーズを決めていた。
「な、ななな、な……ッ!?」
いきなり執務室に入ってきた俺たちに気づいたアレヴィさんは、頬を赤く……いや、顔全体をトマトのように真っ赤にさせて目を潤ませながら愕然としている。
その姿を、俺と真紅郎は目をまん丸とさせて見つめていた。
「なんで返事を待たずに入ってきたんだ、お前はぁぁぁぁぁ!?」
ボンッ、と爆発したように羞恥に顔を真っ赤にさせたアレヴィさんの怒鳴り声がビリビリと空気を震わせた。
その怒鳴り声にようやく我に返った俺は、土下座する勢いで頭を下げる。
「す、すいませんでしたぁぁぁぁぁ! ま、まさかアレヴィさんがそんな格好をして鏡の前でぶりっ子ポーズをばっちり決めてるなんて、思ってもなかったんですぅぅぅぅ!?」
「……タケル、それ、逆効果」
思っていたことが口に出てしまい、真紅郎が顔を手で覆いながら呆れていた。
あっ……と、思った時にはもう遅かった。
「う、うるさいうるさいうるさい! 悪かったね、こんな格好で鏡の前でぶりっ子ポーズをばっちり決めてて! そうだよ、これは私の趣味だ! 少女趣味で悪いか!?」
羞恥と怒りにアレヴィさんが詰め寄ってくる。可愛らしいロリータファッションの美女に詰め寄られ、普段の格好なら怖く思えるだろうけど……正直言おう、全然怖くない!
「悪くないです! よくお似合い……です!」
「どうして間を空けた!?」
やばい、話せば話すほど墓穴を掘ってる。
どうしよう、このままだと殺される……命の危険を感じている最中、俺に天啓
「お詫びに真紅郎を預けるんで!」
「は、はぁ!? ちょっと、タケル!?」
「そ、それじゃ! お二人で楽しんで下さい!」
俺は、仲間を売ることにした。
真紅郎の背中を押してアレヴィさんの前に突き出してから、俺は執務室の扉を勢いよく閉める。
「タケル! 開けてよ、タケルぅぅぅぅ!?」
「えぇい! 仕方がない、こうなったらお前もこれを着ろぉ!」
「ちょ、アレヴィさん!? それ、ゴスロリ!? 白と黒で並んで満足するつもりですか!? というか、もう怒ってないですよね!? むしろ、これ幸いにと凄く嬉しそうないい笑顔になってますよ!? た、タケル! 助けてタケル! ここ開けろタケルぅぅぅぅぅ!?」
俺は耳を塞いで、扉が開かないように背中を預けてしゃがみ込んだ。
真紅郎の悲鳴と扉をドンドンッと叩く音、アレヴィさんの楽しげな高笑いを聞かない振りしながら、俺は天井を見上げる。
「ごめんな、真紅郎……」
仲間を売った俺は、最悪な人間だ。そんなことは、分かっている。地獄に堕ちるだろうの罪を犯してしまった。
それでも、俺は売った。真紅郎というかけがえのない仲間を。苦楽をともにした仲間を。俺は、売ったんだ。
多分、俺は真紅郎にこってりと怒られるだろう。その覚悟は出来ている。
でもさ、真紅郎……。
「死にたくないんだ、俺」
扉の向こうから「タケルぅぅぅぅぅぅぅぅ! あとで覚えてろぉぉぉぉぉ!」と真紅郎の地獄の底から響いてくるような叫び声に、俺は自嘲するように笑みを浮かべた。
というか、アレヴィさんって少女趣味だったんだなぁ。
それから二時間ぐらいして、俺は真紅郎に一発殴られました。とても痛かったです。
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