第四楽章間奏『キミも今日からマッスラー!』

「ーー皆の者。芸術とは美しさだ。そして、美しさとは……筋肉だ」


 ステージの上で、司会の男が観客に向けて語りかける。

 サングラスをかけたスキンヘッドの厳つい男は黒いスーツを身に纏っている。スーツの下はモリモリに膨れ上がった筋肉が浮き上がり、今にも張り裂けそうになっていた。

 男はまた、語る。


「筋肉とは、芸術だ。鍛え上げられた肉体はまるで彫刻のような芸術品。誰もが憧れ、目を奪われる筋肉美……皆の者、それが見たいとは思わないか?」


 男の語りに観客のボルテージが上がっていく。

 誰かが「筋肉! 筋肉!」と言い始め、その言葉は伝染していき、割れんばかりの筋肉コールが響き渡った。

 男は熱意に押されるように右手を天に向かって振り上げる。


「そう、筋肉だ! 今日、この時、この瞬間! 本当の筋肉美を誇る男が決まる! さぁ、男たちよーーこの芸術の国、レンヴィランスの皆に自慢の筋肉を魅せてみろ!」


 叫んだ男のスーツがとうとう張り裂け、鍛えられた筋肉が露わになる。

 それを見た観客から黄色い歓声が上がった。


「ーー選手、入場!」


 男の呼びかけに、ステージに男たちが上がっていく。


「まずは一人目! その肉体は肉を切るために鍛えられた、機能美に溢れてる! 我が筋肉、切れるものなら切ってみろ! 肉屋<マッスル>の店主、フラァァァイシュゥゥゥゥゥゥ!」


 フライシュと呼ばれた角刈りの上半身裸の男は、観客に見せつけるようポーズを決めて鍛えた筋肉をムキッと盛り上げる。

 観客から「いいよぉ! デカいよぉ!」「包丁でも切れないぶ厚い肉だぁ!」と歓声が上がった。


「続いて二人目! 石を削った芸術よりも、我が肉体芸術を見よ! これこそが、彫刻だ! 彫刻職人、カァァァルネェェェェ!」


 カルネと呼ばれた男は、かけていた丸メガネを外して観客に向かって投げると、細身の見た目からは想像が出来ないほど鍛えられた筋肉を見せつけた。

 観客から「いよ! 人間彫刻!」「筋肉の彫りが深い!」と大きな歓声が上がる。


「三人目! 戦いこそが漢の華! 筋肉を見たら、モンスターも裸足で逃げ出す! ユニオンメンバー、クゥゥレアァァァァス!」


 ユニオンメンバー、クレアス。モンスターと戦い、傷だらけの肉体。だけどそれは戦い、仲間を守った漢の生き様だと言わんばかりに誇らしげにポーズを決め、大胸筋をピクピクと動かす。

 観客から「胸がはち切れるぅ!」「筋肉が威嚇してるよぉ!」と割れんばかりの歓声が上がった。


「四人目! 研究者が華奢だと誰が決めた? 勉学と筋肉の合わせ技! 頭脳派筋肉とは俺のこと! バァァァァサルゥゥゥゥ!」


 バサルと呼ばれた白衣を着た男は、白衣を破り捨てるというパフォーマンスをしてから振り返り上半身、特に後背筋を見せびらかした。

 それを見た観客は「背中に羽が……いや、翼が生えてる!」「脳味噌に筋肉が詰まってる!」と拳を振り上げて盛り上がる。


「最後の五人目! 芸術の国に舞い降りた一人の男! おんがくという新しい文化を我らにもたらした天からの使者! 耳を使って盛り上がったら、次は目を使って筋肉に盛り上がれ! ウォォォォォレスゥゥゥゥゥ!」

「ハッハッハァァァァァァッ!!」


 最後のマッスル。俺たちのよく知っている、外国人ドラマーのウォレスが堂々とステージに現れた。

 ウォレスは高笑いしながらドラムで鍛えた上腕筋、そして自慢の腹筋を観客に披露する。

 その姿、まさに天から降りてきた筋肉天使。汗に濡れた金色の髪が揺れ、太陽の光で煌めいている。

 神話のような光景に、観客はこの日一番の歓声を爆発させた。


「デカい! 土台が違うよ、土台が!」

「耳だけじゃなくて目まで熱くさせてるよぉ!」

「腹筋が地割れのように深いよぉ!」

「光臨してるよぉ! 筋肉の国から舞い降りた天使がぁ!」


 ステージに並んだ、それぞれ違う肉体美を持つ五人に観客はかけ声を張り上げる。

 この中の一人。そう、一人だけが今回の優勝者……本当の肉体美を持つ者になる。

 司会の男は観客の反応を見てから、ゆっくりと口を開いた。


「今回の優勝者は……」


 じらすように間を空け、緊張感に空気が張りつめていく。

 観客の一人がゴクリと喉を鳴らす音が、うるさいぐらいに聞こえるほどの静寂。


 そして、司会の男は言い放った。


「ーーウォォォォォォレスゥゥゥゥゥゥゥ!」


 優勝者は、ウォレス。

 最初は理解が追いついていなかったウォレスは、ようやく自分が選ばれたことを理解して……。


「うぉぉぉぉっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 高らかに雄叫びを上げ、ガッツポーズをして全身で喜びを表現した。

 ステージに並ぶ男たちはウォレスを称え、そして悔しそうに涙を流しながら拍手を送る。

 観客は一番の肉体美を持つウォレスに歓声を上げ、拍手を巻き起こした。


「おめでとう、ウォレス! 優勝した気持ちを、誰に送りたい!?」

「そうだな……やっぱり、タケル!」


 ウォレスはステージの上から俺に人差し指を向け、全員の視線が俺に向けられる。

 ウォレスはニヤリと嬉しそうに笑みを浮かべた。


「やったぜ! これでお前もオレたちの仲間入り出来るぞ!」


 え?


「おぉ! 新たなマッスルの誕生か!」

「いいぞ、全員で胴上げだ!」


 え? え?

 意味が分からないまま、俺は観客に胴上げされていた。

 俺が、あいつらの……筋肉だらけの男たちの、仲間入り……?


「そうだぜ! やったな、タケル! これでお前も、マッスラーだ!」


 な、なな、なんだそりゃ!?

 俺、そんなのになるつもりはないんだけど!?

 ちょ、胴上げやめろ! い、嫌だ! 俺は、筋骨隆々になんかなりたくない!?


「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ……お?」


 そこで、目が覚めた。

 ベッドの上で俺は、天井に向けて叫び……そして、夢を見ていたことに気づいた。


「ゆ、め……? 夢、なんだな……?」


 夢だと分かり、深い深いため息を吐く。

 よかった、本当によかった……ッ!


「うわ、汗びっしょり……悪夢だったなぁ」


 まさしく、悪夢だった。でも、夢で本当によかった。

 汗を拭い起き上がると、がちゃりと扉が開かれる。そこには訝しげな表情を浮かべたウォレスがいた。


「ヘイ、どうしたタケル? 叫び声が聞こえて驚いたぜ」

「あ、あぁ、悪い……ちょっと、嫌な夢を見たんだ」

「はぁ?」


 ウォレスを見て一瞬、見ていた悪夢がフラッシュバックした。

 だけど、あれは夢だ。だから、大丈夫だ。そう言い聞かせていると、ウォレスは呆れたように首を振る。


「まったく、夢ぐらいで大声上げるなよ」

「え? そ、そんなにデカかったのか……」


 そんなに大声を上げてたのか。ちょっと、恥ずかしいな。


「あ、そうそう! 今からレンヴィランス主催のボディビル大会みたいなのをやるみたいなんだ! オレ、参加してくるけどタケルも見に……」

「行かない! 絶対に行かない!」


 ウォレスの誘いを即答で断る。

 やめてくれ、正夢になったらどうするんだ!?


「な、なんだよ……しょうがねぇ、サクヤを連れてくかな」


 俺に必死に断られたウォレスは驚きながら、仕方ないとサクヤを連れて行くことにしたようだ。

 よかった、これで俺が行って夢の通りになったらどうしようかと……ん? ちょっと待て、サクヤが俺の代わりに行くのか?

 そうなると、夢通りになったら……サクヤが、マッスラーに……?


「……タケル、見て。ふんっ」


 いつもの眠そうな顔のサクヤが、首から下は雑なコラ写真のように筋肉マッチョメンになっている姿が、頭に過ぎった。


「ま、待てウォレス!」


 慌てて呼び止めようとしたけど、ウォレスはもういなくなっていた。

 急いでベッドから飛び起きてウォレスを止めに行く。


「さ、サクヤを筋肉道に引き込むなぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 絶対に見たくない未来を想像してしまった俺は、ウォレスを止めに走るのだった。

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