三十一曲目『別れ』

 シランが息を引き取って、二日後。

 裏庭の一角、彼女が好きだったアングレカムの花に囲まれたところに、シランが眠るお墓が建てられた。

 俺たちはお墓の目の前で目を閉じ、手を合わせる。

 今日は、旅立ちの日だ。

 俺たちがこの国にいるのが王国にバレた以上、ずっとここにいると迷惑がかかる。大切な思い出が眠るこの国を王国から守るためにも、急いで旅立たないといけない。

 だから、シランに最後のお別れをしに来た。多分、もうこの国に来ることはないだろうから。

 目を開けて家に戻ろうとすると、やよいはお墓の前でしゃがみ込んだまま動こうとしなかった。目はキツく閉じられ、肩が震えている。


「……やよい」


 声をかけると、やよいは静かに首を横に振った。


「……ごめん、もう少しだけ……一人にさせて」


 今にも泣きそうなのを必死に堪えながら掠れた声で答えるやよいに、俺たちは何も言えずにその場から離れる。

 やよいのことが心配なのか立ち止まろうとするサクヤを真紅郎とウォレスが肩を叩き、サクヤは後ろ髪を引かれながら俺たちについて行く。

 背を向けて歩いていると、後ろからやよいの嗚咽混じりの言葉が耳に届いた。


「あたし、もう泣かない。絶対に、泣かない。でも、今だけ……今だけは、許してね……シラン……ッ!」


 瞬間ーー胸を締め付けられるほどの、慟哭が響く。

 こみ上げてくる物を耐えるように空を見上げる。空は憎らしいほどに晴れ渡り、遙か遠くに見えた。

 少しぐらい空気を読んで雨でも降ればいいのに、と滲んだ視界に映る蒼天の空を睨みながら拳を握りしめる。

 遠くに聞こえる哀しい叫びを聞かない振りをして歩いていると、木にもたれ掛かって座っているアスワドの姿があった。

 額に包帯を巻き、ボロボロの状態のアスワドは膝で丸くなっているキュウちゃんを撫でながら、俺たちの方をチラッと見てくる。


「よう」

「……おう」


 ニヤリと不敵に笑いながら短く声をかけてきたアスワドに、俺も笑みを浮かべながら短く返す。

 そのまま真紅郎たちに先に行くように目配せし、真紅郎たちがいなくなってからアスワドと背中合わせになるように木にもたれ掛かった。


「この毛むくじゃら、返す」


 そう言ってアスワドは膝の上にいたキュウちゃんを優しく持ち上げて背中越しに俺に手渡してきた。

 疲れ切っているのか、キュウちゃんはモゾモゾと身

動ぎすると俺の腕の中で丸くなって寝息を立て始める。

 それを見たアスワドは吹き出したように鼻で笑った。


「その白いのには、かなり助けられたぜ」

「キュウちゃんに、か?」

「あぁ。それと、ぶっ飛ばした王国の奴らはユニオンの連中が捕縛したみたいだぜ」


 王国からの追っ手はユニオンの人たちが捕まえてくれたのか。

 これで少しは安心だ。あとは俺たちがこの国を出れば、解決だろう。

 それにしても、戦いにおいてキュウちゃんに出来ることがあったか、と疑問が浮かんだけどアスワドの様子から嘘を吐いているようには見えない。

 まぁ、アスワドが言うんだから本当に助けられたんだろう。労うようにキュウちゃんを撫でてから、俺は一つ息を吐く。


「……アスワド、ありが……」

「それ以上、言うんじゃねぇ」


 俺がお礼を言おうとすると、即座に遮ったアスワドは振り返りながらギロリと睨んできた。


「俺はてめぇのために戦ったんじゃねぇ。やよいたんと……その友達のために戦ったんだ。てめぇに礼を言われる筋合いはねぇんだよ」


 鼻を鳴らしながら仏頂面で吐き捨てるように言い放つアスワド。

 最初は呆気に取られたけど、すぐに笑みがこぼれた。


「そっか……なら、借り一つな」

「おう、それでいい」


 素直じゃない奴。アスワドなりの意地なんだろうけど。

 木を間に背中合わせに座る俺とアスワドは、同時に鼻を鳴らす。

 そして、アスワドが腰をトントンと叩きながら立ち上がって去ろうとしていた。


「……やよいには会ってかないのか?」

「あん?」


 俺が呼び止めると、アスワドはチラッとやよいがいる……慟哭が聞こえてくる方向を見てから頭をガシガシと掻く。


「女の涙には弱いんだよ、俺は」

「意外だな。手慣れてそうに見えるぞ?」

「ハンッ! まぁ、俺ぐらいの色男となりゃあ、女の一人や二人、手懐けるなんて楽勝だけどよぉ……」


 ニヤニヤと笑いながらやれやれと首を横に振ったアスワドは、スッと真剣な表情を浮かべると背中を向けた。


「あれは俺が……俺たち・・・が手出ししちゃいけねぇ。自分で乗り越えなきゃならねぇ問題だ。まぁ、あの子なら乗り越えられる……何せ、俺の愛しの女だからな」

「……寝言は寝て言え」

「んだと、この野郎」


 アスワドの言う通り、これはやよいが乗り越えなきゃいけない問題だ。

 シランとの別れは、やよいにとって深い心の傷になっただろう。それほどまでにシランの存在は大きかった。

 でも生きていれば多かれ少なかれ、誰にだって別れが来る。あとは、やよいがどう受け止めるか、どう受け入れるかだ。

 そこに俺たちが口出しするのは違う。最後にどうするのかは、本人が決めることだ。

 やよいはもう、俺たちが守ってあげなきゃいけないほど子供じゃない。シランとの出会いで、やよいは今までよりも大人になったんだ。

 だから、やよいのためにも……これは、やよい自身が乗り越えなきゃいけないんだ。


「俺は、やよいを信じてる。やよいには、立ち上がれる強さがあるからな」

「ハンッ……だが、これだけは言っておくぞ?」


 俺の答えに鼻を鳴らしたアスワドは、俺に向かって人差し指を向ける。


「またやよいたんが泣くようなことがあれば、本気で奪いに行くからな」

「……あぁ、分かったよ。大事なギタリストを奪われる訳にはいかないからな」

「……微妙に噛み合ってねぇんだよなぁ。まぁ、いいか」


 どことなく何か言いたげなアスワドは、そのまま去っていった。

 残された俺は、深く息を吐きながら空を見上げる。

 遠くに聞こえる哀しき慟哭に目を閉じ、拳を握りしめた。


「もう絶対に、泣かせない」


 シランを救えなかった自分の無力さ。何も出来なかったことへの悔しさ。やよいを泣かせてしまったことへの怒り。

 全てを飲み込んで、心の奥底に仕舞い込む。そして、心に誓った。


 もう二度と、やよいを泣かせる真似はしないと。


 風に舞う緑白色の花……アングレカムの花びらに手を伸ばす。

 手のひらに乗った花びらから、暖かな優しい熱を感じた気がした。

 ふわり、と花びらがまた風に乗っていく。泣き虫な友達を優しく慰めに行くように。

 花びらはひらりと、やよいの元へと飛んでいくのだった。


 

 



 

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