十三曲目『報復』
やよいと二人で街を眺めながら一時間ぐらい無言の時間が流れた頃、ふとやよいが口を開いた。
「……あたしは、シランに死んで欲しくない」
やよいは鉄柵をギュッと握りしめながら、呟く。
俺は何も言わずにやよいの顔を見てみると、やよいは悔しそうに唇を噛みしめていた。
「なのに、シランは生きることを諦めたようなことを言ってた。そんなシランに怒ってたのもあるけど、本当はね……あたしは、あたしに怒ってたんだ」
「自分自身に、ってことか?」
俺が聞くと、やよいは小さく頷く。
「あたしはシランに死んで欲しくない。だけど、あたしは病気を治すことなんて出来ないし、何もしてあげられない……何も出来ないあたしに、あたしは怒ってるの」
シランに生きて欲しいのに、やよい自身が出来ることはない。その無力さに、やよいは怒っていたのか。
そう言いながらやよいは顔を俯かせた。
「本当なら、シランの病気を代わってあげたい。少しでも苦しみを分かち合って、寄り添いたい」
「それは……」
「うん。シランがそれを許すはずない。分かってるよ、そんなこと。でも……ッ!」
やよいは言葉の途中で感情が込み上げ、ポロポロと涙を流す。
「じゃあ、あたしはどうしたらいいの? シランの友達として、あたしに何が出来るの? ねぇ、タケル……ッ!」
泣きじゃくりながら、やよいが聞いてくる。その姿はまるで、迷子になった子供のように弱々しかった。
やよいは分からなくなっているんだ。シランに何をしてあげたらいいのか、シランに何をしてあげられるのか。分からなくて、どうにかしたいのに出来ない自分が悔しくて、こんがらがっているんだ。
そんな時に、シランが生きることを諦めているようなことを言われ、ついに感情が爆発してしまったのか。
「やよい……」
俺は何を言えばいいのか、分からなかった。
下手な励ましじゃ、解決しない。これはやよいとシランの二人の問題だ。
泣き続けているやよいの頭をポンポンッと撫でていると、俺たちに近づいてくる集団に気づいた。
「よぉ、また会ったなぁ?」
話しかけてきたのは屈強そうな男たちを引き連れた、前に買い物に出かけた時にやよいとシランをナンパしてきた、チャラい男だった。
チャラい男はニタニタと笑いながら腰に差した剣に手をかけている。
「……今忙しいんだ。用事があるなら、日を改めてくれ」
「ハハッ! 泣いてる女を慰めるのが忙しいってか? だったら俺が代わってやろうか?」
「いいから、消えろ。お前たちに構ってる暇はないんだ」
「つれないねぇ……だけどよぉ、無理矢理にでも構って貰わねぇと困るんだよ」
チャラい男は下卑た笑みを浮かべながら後ろにいる男たちに目配せする。すると、筋骨隆々の男たちがゾロゾロと前に出てきた。
俺はすぐにやよいを守るように立ち、いつでも魔装を展開出来るように構える。
「ナンパを邪魔された、あの時の礼ーーしっかりしてやらねぇといけねぇからなぁ!」
剣を抜き放ちながらチャラい男が叫ぶのを合図に、男たちが襲いかかってきた。
俺は舌打ちしながら魔装を展開し、剣を握りしめる。
「てめぇらに恨みはねぇけどよぉ! 金貰ったからには仕方ねぇ! 覚悟しろやぁぁ!」
一人の男が身の丈ほどある大剣を振り下ろしてきた。当たれば確実に必殺だろうけど、その重さ故に動きが遅い。
俺は一歩前に出て大剣を剣で受け流し、思い切り左拳を振りかぶった。
「ぶげぇ!?」
そのまま男の頬に左拳を叩き込み、吹っ飛ばす。吹っ飛ばされた男は他の男たちにぶつかり、ドミノ倒しのように倒れた。
「この野郎! グボッ!?」
仲間の一人がやられて怒りを露わにする男に一瞬で近づき、ボディーブローを打ち込む。ついでに隣にいた男が斧を振り下ろそうとしてきたから、剣で薙ぎ払った。
ぶつかり合う剣と斧。だけどこっちの剣は魔鉱石で出来た頑丈な武器だ。剣は斧を砕き、驚いている男を蹴り飛ばす。
「こ、こいつ強ぇぞ!?」
「気をつけろ!」
あっという間に仲間を倒した俺を警戒している男たちに、チャラい男は舌打ちをした。
「お前らはそっちの女をやれ! こいつは俺が相手する!」
男たちに指示を出し、剣を振り下ろしながら俺に近づいてくるチャラい男。
向かってくる剣を避けると、チャラい男は振り下ろした剣をすぐに振り上げて俺の顎を狙ってきた。
どうにか剣で防ぎ、チャラい男とつばぜり合いする。
「あん時はよくも邪魔してくれたな……ッ!」
「お前、しつこいんだよ!」
つばぜり合いの状態から俺は剣を受け流し、そのまま剣を振り下ろした。だけどチャラい男はすぐに剣で防ぎ、突きを放ってくる。
向かってくる剣先を首を曲げて避けると、チャラい男は横、斜めと連続で剣を振ってきた。
チャラい男の動きは素人とは思えない、力任せに武器を振ってくる他の男たちとは明らかに違い、誰かに師事されている動きだ。
俺は剣を打ち払い、距離を取る。
「お前、名前は?」
俺が問いかけると、チャラい男はニヤリと笑みを浮かべた。
「俺の名前か? 俺は、リューゲだ!」
名乗りながらリューゲが踏み込んで剣を振り下ろしてきた。
風を斬って俺に向かってくる剣。鋭く、速い……けど、対応出来ないほどじゃない!
俺は向かってくる剣を受け流し、横薙ぎに振るう。防がれたけど、威力までは殺せなかったのかリューゲはたたらを踏んだ。
「くっ……やっぱり、強いな。だけどよぉ、俺にばかり気を取られてていいのか?」
リューゲに言われて気づいた。
男たちがやよいに襲いかかっていることに。
「まずい!?」
慌ててやよいを助けようとすると、邪魔するようにリューゲが剣を振ってくる。
「くそ、邪魔だ!」
リューゲの相手をしている間にも、男たちがやよいに向かって武器を振り下ろしていた。
「ーー死ねぇぇぇぇ!」
男の一人が叫びながら大剣を振り下ろそうとしている。
俯いたままだったやよいは、男の言葉に反応して肩をピクッと震わせた。
「……
ぼつり、とやよいが呟く。
無防備なやよいに大剣が向かっている途中、鈍い金属音が響き渡った。
「ーーなっ!?」
大剣を振り下ろした男が目を丸くして驚く。大剣はやよいが一瞬で展開した魔装、ギター型の斧に阻まれていた。
大剣を防いだやよいは俯いていた顔を上げ、男を涙が浮かんだ目で睨みつける。
「ーー簡単に、人に向かって、死ねとか言うなぁぁ!!」
腹の奥まで響くような怒鳴り声を上げたやよいは大剣を振り払い、その場で一回転して男の腹に向かって後ろ回し蹴りを叩き込む。
腹にめり込むやよいの足に、男はピクピクと痙攣しながら前のめりに倒れる。
まさかの反撃に立ち止まる男たちに向かって、やよいは斧を地面に突き立てた。
「今のあたしに喧嘩売ろうなんて、いい度胸してる……全員、まとめてぶっ飛ばす! <アレグロ><ブレス><フォルテ!>」
やよいは素早さ強化の魔法、接続して一撃強化の魔法を使い、地面に向かって斧を思い切り振り下ろした。
隕石が墜ちたような衝撃に男たちはよろめく中、やよいは一気に近づいて斧を薙ぎ払い、武器で防ごうとした男ごと吹っ飛ばした。
屈強そうな男が軽々と宙を舞う。今のやよいと戦うぐらいなら、ドラゴンと戦った方がマシだな。
まるで鬱憤を晴らすように暴れるやよいを見て、助けなくてもいいと破断した俺は、改めてリューゲに向かって剣を構える。
リューゲはやよいの暴れている姿を見て、忌々しそうに舌打ちしていた。
「んだよ、女の方も強いじゃねぇか。適当に金で雇った奴らじゃ、太刀打ち出来そうにねぇな……」
そう言ってリューゲは剣を鞘に仕舞う。
「今回はこれぐらいにしてやるよ……次は絶対にぶっ殺してやる」
「あ! おい、待て!」
逃げようとするリューゲを捕まえようとすると、リューゲはまるで忍者のように軽快な動きで家の屋根に飛び乗り、そのまま姿を消す。
逃げ足の速い奴だ、と思いながらやよいの方を見てみると、やよいは男たち全員を片づけ終わっていた。
肩で息をしながらもさっきよりもすっきりした表情になっているやよいに近づき、声をかける。
「さぁ、帰るぞやよい。シランが待ってる」
「……うん」
どこか気まずげな顔をしながらも、やよいは帰ることを承諾した。
俺はそんなやよいを連れ、倒れている男たちを無視して家に戻った。
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