五曲目『シランの宝物』
「おんがく……? って、なんですか?」
ライラック博士の提案でライブをすることになった俺たちは、家に戻ってきた。
シランとジーロさんにも聴かせたい、ということだったので俺たちがシランたちに音楽のことを話すと、聞き覚えのない単語にシランが首を傾げる。
するとやよいが自慢げに鼻を鳴らしながら、シランの手を握った。
「聴いてからのお楽しみだよ! ほら、行こ!」
「え、あ、ちょっと、やよいさん!?」
そのままやよいはシランの手を引いて外に出た。いつになくテンションが高いな。
ジーロさんはそんな二人を見て、微笑ましそうに柔和な笑みを浮かべる。
「やよいさんが来てからと言うもの、シランが年相応に楽しそうでボクは嬉しいです」
「前までは違ったんですか?」
「えぇ。前まではあんなに楽しそうに笑うことは少なかったです。ずっと家で本を読んでいるか、お菓子作りをしているか……外に出ても裏庭で過ごしているだけでしたから」
俺が知っている限りだと、シランはいつも花が咲いたような明るい笑顔の優しい女の子だ。
そんな子が笑うことが少なくて静かに過ごしていた?
そこで俺はライラック博士をバカにしていた酔っぱらいたちが話していたことを思い出す。
その時、ライラック博士の娘……シランが病気だと噂していた。
それが本当かどうかは分からないけど、もしかしてそのせいなのか?
「あの……」
思わずジーロさんに聞こうとして、口を噤む。
ジーロさんはシランとやよいの姿を眩しそうに、目を細めて見つめていたからだ。
年相応に楽しそうな二人の姿を見つめるにしては、どこか儚げで悲しそうな目。その目を見て俺は、それ以上聞くのをはばかられた。
「ハッハッハ! ヘイ、ジーロ! 早く外に行こうぜ! オレたちが音楽って言うすげぇもん聴かせてやるからよ!」
「おっとと……フフッ、そうですね。分かりました
、行きましょう」
そこでウォレスがジーロさんの肩に手を回し、外に連れ出していく。
ウォレスに連れてかれるジーロさんの背中を見つめていると、真紅郎が俺の背中をポンッと叩いた。
「ほら、行こうよタケル。色々気になることはあるけど、今は音楽を楽しもう」
「……そうだな」
俺が考えていることを察したのか真紅郎が声をかけてくれた。いや、もしかしたらウォレスも察してジーロさんを連れてってくれたのかもしれない。
こんなんじゃ、ダメだな。俺は頬をパンッと叩き、気持ちを切り替える。
「さぁ、楽しい音楽の時間だ! やるぞ!」
気合いを入れ直した俺は勢いよく外に出ると、家の前ではやよい、ウォレス、サクヤがスタンバイしていた。
俺と真紅郎も定位置に立ち、ライラック博士たちの方に顔を向ける。
今回の観客は三人。イスに座ったライラック博士、シラン、ジーロさんだ。
ライラック博士は今から始まる未知の文化に目を輝かせ、よく分かっていないシランは膝の上に丸くなっているキュウちゃんの背中を優しく撫で、ジーロさんはニコニコと笑みを浮かべながら待っている。
俺は深呼吸してから、やよいたちに目を向けた。
「さて、と。やるか!」
「うん! 曲はどうするの?」
「ハッハッハ! がっつりロックで行くか!?」
「でもこの場所にはあまり合わないかもしれないよ?」
真紅郎が言うように家の周りは緑で溢れ、穏やかな時間が流れている。こういうところで激しいロックをやるのも、ちょっとなぁ……。
「……楽しい曲。<Rough&Rough>は?」
サクヤがポツリと提案する。
<Rough&Rough>は横ノリのダンスミュージック。歌って踊れる楽しくて明るい曲だ。
この場所の雰囲気を壊す曲じゃないし、いいんじゃないか?
「よし、んじゃそれにするか!」
「分かった!」
「ハッハッハ! 決まりだな!」
「うん、そうだね。いいと思う」
「……やった」
全員賛成し、サクヤは嬉しそうにガッツポーズしている。何気に<Rough&Rough>を気に入ってるみたいだな。
曲も決まり、俺たちは改めてライラック博士たちに向き直る。
「ーーじゃあ、始めます!」
ライブ開始を宣言して、俺は魔装を展開する。
右中指にはめた指輪が光り、両刃の剣に姿を変えた魔装の切っ先を地面に突き立てた。
柄の先にはマイクが取り付けてあり、柄を伸ばしてマイクを口元に持ってくると、やよいたちも魔装を展開して構えた。
やよいは真っ赤なボディの斧型エレキギターを持ち、ネックを握りしめる。
真紅郎は木目調の銃型ベースを持ち、ボディ部分にあるコントロールノブを調節する。
ウォレスは二本のドラムスティックを手に持つと、目の前にドラムセットを模した紫色の魔法陣を展開させる。
サクヤは魔導書を開き、そこから展開された紫色の鍵盤に指を置く。
俺たちの武器は、楽器にもなる。それぞれのパートの楽器を構えると、ライラック博士は唖然としていた。
「そ、それはまさか、魔装!? しかも全員だと!?」
「まそう……って?」
「魔装というのは、魔力を使って好きなように姿形を変えることが出来る希少な魔鉱石を使った武器のことです。まさかタケルさんたちが魔装を持っているなんて……しかもその形状、非常に珍しい……興味深いです」
シランは魔装のことを知らなかったみたいだけど、ライラック博士とジーロさんは知っているみたいだ。さすがは研究者だな。
だけど、そんなことで驚かれても困る。どうせ驚くなら、今から俺たちがやる音楽で驚いて貰わないと。
「ハロー! 今日は俺たちRealizeの特別ライブにお越し頂いてありがとう!」
マイクを通した俺の声がビリビリと空気を震わせる。いきなりの大音量にシランはビクリと驚き、ライラック博士とジーロさんはただただ呆然としていた。
「初めての音楽でも、きっと楽しんで貰えるはず! だから、聴いて下さいーー<Rough&Rough>」
曲名を告げるとウォレスが魔法陣をスティックで叩き、真紅郎がドラムに合わせて跳ねるようにベースの弦を指で弾く。二人のリズム隊が横ノリのリズムを作ると、そこにやよいの踊るようなギターとサクヤのピアノが混ざり、曲を華やかにさせていく。
ダンスナンバーらしいリズムに合わせて俺も肩を揺らし、マイクに向かって歌い出した。
「
Aメロを歌いながら両手を上に持って行き、手を叩く。
初めての音楽に戸惑っているライラック博士たちは、徐々に音楽に乗っていき体を横に揺らし始めていた。
そのままBメロを歌っていくと、ライラック博士は楽しそうに笑い声を上げ、ジーロさんは興味深そうに俺たちを見ながら手拍子する。
そして、シランは目を宝石のように輝かせながら俺たちをーーいや、やよいをずっと見つめていた。
「もちろん今夜はRough together! 騒げ! 踊れ! 今しかないぞ」
三人にも音楽の楽しさが伝わっていることに嬉しくなりながらサビの最後のフレーズを歌い上げる。
横ステップしながら手拍子すると、三人も同じように手拍子してくれた。
「
楽しく、踊るように歌い終わった俺はジャンプすると、やよいと真紅郎も同時にジャンプした。
そして、着地と同時に演奏が終わる。その数秒後、三人の惜しみない拍手が俺たちを包み込んだ。
「素晴らしい! 素晴らしいじゃないか、おんがく! 最高だ!」
「えぇ、ボクも感動しました。こんな楽しい文化、今までありませんでした。これがおんがく……何回でも聴きたくなりますね」
ライラック博士は立ち上がって大声で賞賛する。ジーロさんは静かに拍手をしながらも感動が抑えきれないのか笑みが止まらないでいる。
シランは膝にキュウちゃんがいるにも関わらず勢いよく立ち上がり、ズンズンと俺たちに向かって
きた。
そして、ガシッとやよいの手を握って顔を近づかせる。
「ーーやよいさん!」
「……へぇあ?」
あまりの気迫にやよいが間の抜けた声で返事をした。
シランはそのまま額をくっつける勢いで顔を寄せると、キラキラとした目でジッとやよいの顔を見つめている。
「感動しました! 私、凄く感動しました!」
「へ? あ、うん。ありが、とう?」
「おんがく自体も素晴らしかったですが……何よりもやよいさんの持っている物の音! そしてその姿! 力強く、それでいて楽しげで綺麗なやよいさんの姿に目を奪われました!」
シランの真っ直ぐな感想に最初は戸惑っていたやよいも、満更でもない様子で照れ臭そうに頬を掻いている。
「……そんなに喜んで貰えて、あたしも嬉しいよ。でも、ちょっと恥ずかしいなぁ」
「事実です! 私と同い年ぐらいなのに、こんな人を感動させることが出来るやよいさんは凄いです!」
本当に感動しているのか興奮しっぱなしのシランは、突然「そうだ!」と声を上げる。
「やよいさんに見せたいものがあります! こっちに来て下さい!」
「え? ちょ、ちょっと!?」
ハイテンションでやよいの手を引いてどこかに連れて行くシラン。
その勢いに呆然としていると、シランはやよいを連れて行きながら俺たちに「皆さんもどうぞこちらに!」と叫んでいた。
どうしようかと迷ったけど、とりあえず俺たちもシ
ランの後を追う。シランが向かった先はーー家の裏庭だった。
「ーーどうですか、やよいさん!」
シランはやよいに自慢げに裏庭を見せる。
強引に連れてかれて疲れた表情をしていたやよいだったが、その光景を見ると徐々に明るい表情になっていき、最後には感嘆の声を上げていた。
裏庭にはあらゆる花が色鮮やかに咲き乱れ、太陽の光を浴びて綺麗に咲き誇っている。
優しい風が花を揺らして花びらが舞い、花の匂い
が風に乗って香ってきた。
綺麗で美しく、誰のも侵すことが出来ない聖域のような光景に、俺たち全員が目を奪われる。
「ここはパパの研究によって季節や環境も関係なく、色々な花がいつまでも咲いている特別な場所なんです! 私が大好きで大切な場所ーー宝物です」
これがシランがやよいに見せたかったもの。この綺麗な花が咲き乱れた裏庭の光景。
シランは目を閉じて腕を組みながら説明していたーーまるで何かに祈るように、捧げるような姿で。
神聖さすら感じられる光景を見たやよいはキラキラとした目をしながら、飛びつくようにシランの手を握った。
「凄い! 凄いよ、シラン! あたし、こんなの初めて見た!」
「フフッ。喜んで貰えて嬉しいです。やよいさんが私を感動させてくれたように……私も、やよいさんを感動させることが出来て」
顔を見合わせたやよいとシランは、二人同時に頬を緩ませている。
音楽で感動を与えたやよいと、花で感動を与えたシラン。方法は違うけど、どっちも人の心を震わせていた。
「ねぇねぇ、あの花ってもしかしてチョコレートコスモス!?」
「ご存じなんですか? そうですよ。かなり珍しい花なんですが、パパが見つけてくれてここで栽培したんです」
「あっ! あの花は何? 見たことない!」
「あれは……」
二人はそのまま花について語り始めていた。楽しそうに、笑いながら花のことを話す二人を、俺たちは微笑ましく見つめる。
あの二人を邪魔する訳にはいかないな。俺たちは静かにこの場から去ることにした。
「そうだ。ねぇ、シラン……あたしのこと、やよいって呼んでよ」
「え? ですが……」
「いいじゃん! だってあたしたちーー友達でしょ?」
「ーーはい! 分かりました、やよい!」
「……敬語もいらないんだけど?」
「これはなんというか、癖なんです。えへへ……」
そんな会話をする二人を背に、俺たちは家へと向かった。
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