一曲目『魔法国シーム』
空から突然落ちてきた女の子ーー気絶してるから名前は分からないけど、その女の子をウォレスが背負い、俺たちは目的地であるシームにたどり着いた。
周囲を高い塀で囲まれた、魔法を兵器として転用して他国に売ることを生業としている国、<魔法国シーム>。
そこかしこに建てられた真鍮で出来た煙突からモクモクと黒い煙が立ち上る、レトロチックな街並みが広がるーー俺たちの世界で言うスチームパンクのような世界観の国だった。
街に近づくに連れて排気ガスの臭いがしてきて、空気が悪くなっていくのを感じる。スチームパンクは嫌いじゃないけど、あまりずっと滞在したい国じゃないな。喉に悪そうだ。
そんなことを思いながら街に入るための門に近づいていく。すると門番の男が俺たちの前に立ちはだかった。
「止まれ。この国になんの用だ?」
「俺たちは旅をしているユニオンメンバーです。レンヴィランス支部のユニオンマスター、ライト・エイブラ二世の紹介で来ました」
俺は門番に手紙を見せる。この手紙はレンヴィランス神聖国でお世話になったライトさんの署名と捺印が押された、シーム支部のユニオンマスターに宛てた手紙だ。
門番は手紙を確認し、それが本物だと分かると笑顔を浮かべる。
「たしかに。ようこそ魔法国シームへ……む?」
すると門番はウォレスが背負っている女の子に気づき、目を丸くさせて叫んだ。
「し、シラン!? その子、どうしたんだ!?」
「シラン……? この女の子のことですか?」
門番は女の子のことを知っているようだった。シラン、って言うのか。
事情を説明すると慌てた様子で門番がシランに駆け寄ると、無事なことが分かって胸を撫で下ろす。
「それにしても、今度は街の外か……」
顎に手を当てながら深刻そうな表情で呟く門番は、我に返ると俺たちに頭を下げた。
「この子をここまで送ってくれて感謝する」
「まぁ、さすがに見捨てるのもあれだったんで」
「そっか。この子、シランって言うんだ。この国の住人だったんだね」
やよいは眠ったように気絶しているシランの顔を見ながら聞くと、門番は頷く。
「あぁ。この子はこの国の研究者、ライラック博士の一人娘だ。そうだ、不躾だがシランをライラック博士のところまで送ってくれないか?」
「急ぎじゃないし、いいですよ」
「助かる。ライラック博士の家は街の外れにある」
門番はライラック博士の家がある方を指さして道案内してくれた。門を通された俺たちは案内に従って家を目指す。
真鍮で出来た配管が張り巡り、至る所から蒸気が吹き出している少し薄汚れた街並みを進んでいくと、徐々に家が少なくなってくる。
煤汚れた風景から緑が多くなり、一転して空気が澄んでいくのを感じる。
そして、緑の丘の上にポツリと建つ煉瓦造りの家を見つけた。多分、あれがそうだな。
家の前に立った俺は、ドアをノックする。すると家の中から一人の男の声が聞こえた。
「はいはい。どうかされましたか?」
「あの、ここはライラック博士の家ですか?」
「えぇ、そうですよ。博士なら今、研究中で……ッ!?」
メガネをかけた細身の物腰柔らかな優しい笑みを浮かべた青年は、ウォレスが背負っているシランを見てギョッとする。
「し、シラン!? さっきまで部屋にいたはずなのに!? どうしてキミたちが!?」
「え? いや、いきなり空から落ちてきて……」
気が動転して取り乱している青年に説明すると、青年は深刻そうに額に手を当てて深くため息を吐いた。
「そんな……とうとう街の外にまで……そこまで進行しているのか」
ブツブツと何か呟いていた青年はゆっくり深呼吸する。
「いや、今はそんなことどうでもいいですね。皆さん、どうぞ入って下さい。この子の部屋に案内します」
そう言って青年は俺たちを家に招き入れ、シランの部屋に案内する。可愛らしいぬいぐるみや観葉植物、花が飾られた女の子らしい部屋だ。
ウォレスがベッドにシランを寝かせると、青年は安心したようにシランの頭を優しく撫でていた。
「無事でよかった……本当に、よかった。皆さん、ありがとうございます。シランをここまで連れてきてくれて」
「あぁ、いや、そんな大したことじゃないですよ」
頭を下げた青年は優しそうな笑みを浮かべて口を開く。
「あぁ、紹介が遅れました。ボクの名前はジーロ。この子、シランの恋人……いや、今は婚約者ですね」
そう言ってジーロさんは照れ臭そうに頬を掻きながら自己紹介する。
婚約者、か。シランは見た感じやよいと同じぐらいなのに、もう婚約者がいるのか。
俺たちも自己紹介すると、ジーロさんは部屋を出てリビングに案内してくれた。席に着くとジーロさんは紅茶をいれて俺たちの前に置いてからイスに座る。
そして、また深々と頭を下げた。
「改めて、ありがとうございます。ボクの大事な人をここまで連れてきてくれて」
「そんな、頭を上げて下さい。俺たちは人として当然のことをしたまでなので……」
「フフッ。あなた方は優しいですね。そんな人に助けられて、シランは幸運だ」
小さく笑みをこぼすジーロさんに、俺はずっと気になっていたことを聞いてみた。
「あの、あの子はどうして空から落ちてきたんですか?」
するとジーロさんは暗い表情で俯く。
「それは……申し訳ありません。ボクの口からはお答えすることが出来ません」
ジーロさんは絞り出すように答えられないと言う。何か事情があるんだろう。ここで追求しない方がよさそうだ。
どことなく気まずい空気が流れる中、リビングに一人の男が入ってきた。
「ジーロ! 次の実験なんだが……む? 客人か?」
「あぁ、ライラック博士」
薄汚れた白衣を着た、緑色の髪をオールバックにしている口ひげを生やした四十代ぐらいの男。この人がシランの父親、ライラック博士なのか。
ジーロさんはライラック博士に俺たちを紹介し、そしてシランをここまで連れてきたことを話す。
話を聞いていたライラック博士はどんどん顔を青ざめていき、ジーロさんの肩を掴んだ。
「それは本当か!? 私の可愛いシランは大丈夫なのか!?」
「ちょ、ライラック博士! 大丈夫です! シランは無事です! タケルさんたちのおかげで傷一つないですよ!」
気が動転しているライラック博士にガクガクと揺らされながらジーロさんが答えると、ライラック博士は勢いよく俺たちの方に顔を向けてくる。
「キミたちが、シランを連れてきてくれたのか……?」
「は、はい」
血走った目で俺たちを見ながら問いかけてくるライラック博士に恐る恐る答えると、ライラック博士はテーブルにガンッと額をぶつけながら頭を下げた。
突然の行動に目を丸くさせると、ライラック博士はテーブルに額を着けながら口を開く。
「ありがとう……ッ! 大事な愛娘を助けてくれて……どうお礼をしたらいいか……ッ!」
肩が震え、少し涙声でお礼を言うライラック博士。
それぐらいシランが、娘が大事だったんだろう。恥や外聞を捨てて頭を下げるライラック博士の俺は肩にポンと手を置いた。
「気にしないで下さい。俺たちは別に礼のためにやったんじゃないので」
俺がそう言うと、ライラック博士は頭を上げた。赤くなった額を気にすることなく、ライラック博士はニッと口角を上げて笑う。
「ありがとう。私に出来ることは少ないが、必ず礼をさせて貰おう」
落ち着いたライラック博士は席に座った。
「まだ名乗っていなかったな。私の名はライラック、この国で魔法の研究をしている者だ。キミたちはこの国には今日着いたんだろう?」
「そうですね、さっき着いたばかりです」
「ふむ、それならまだ泊まるところも見つけていないだろう? ここに泊まってはどうだ?」
ライラック博士の提案に目を丸くする。
たしかにまだ宿を見つけていないから、ありがたいけど……。
「いいんですか?」
「あぁ! 是非、泊まってくれ! ささやかながら料理を振る舞おう……私ではなくジーロが、だがな」
「フフッ、博士は料理が出来ないですからね。これでもボク、料理の腕には自信がありますよ」
気まずげに言うライラック博士を後目に、ジーロさんが自信ありげに胸を張っていた。
チラッと他のメンバーに目を向けると、全員同時に頷く。なら、決まりだな。
「じゃあ、お願いします」
「自分の家のようにくつろいでくれて構わんぞ! ジーロの料理は本当に美味いから、期待するといい!」
「……お腹空いた」
ライラック博士がカラカラと笑って言うと、サクヤがグゥと腹を鳴らして空腹を訴える。
するとジーロさんは立ち上がり、柔和な笑みを浮かべた。
「でしたら何か軽食を用意しましょう。たしか、昨日シランが作ったクッキーがあったはずなので……」
「なんか、すいません」
「フフッ、いいんですよ。少々お待ち下さいね」
どうにも申し訳なくなって謝ると、ジーロさんは小さく笑いながら台所に向かった。
するとライラック博士はジーロさんの背中を見つめて満足そうに頷く。
「ジーロは本当によく出来た男だ。物腰柔らかで優しいし、気が利く。研究者としての知識も豊富で、努力を怠らない。私にもったいない助手だ」
「そう言えば、ジーロさんってシラン……さんの婚約者なんですよね? あたしと同じぐらいの歳なのに婚約してるなんて、凄いなぁ」
やよいが思い出したように聞くと、ライラック博士は顔を綻ばせて答えた。
「そうだな、シランは十九歳。ちょうどキミと同じぐらいだろう。最初は二十歳になるまで結婚どころか恋人を作ることすら許したくなかったんだがな……」
「ハッハッハ! 親バカって奴だな!」
いきなり失礼なことを言い出したウォレスを窘めようとした瞬間、ライラック博士は勢いよく立ち上がる。
「そう! 私は親バカだ! あんなに可愛い娘がいたら、誰だってそうなるだろう! シランは本当に可愛い子でなぁ。子供の頃なんていつも私の後を追ってきたもんだ。夜なんて一人で眠れないからと私のベッドに潜り込んできてなぁ……」
スイッチが入ったのか、ライラックさんの娘自慢が始まった。
昔を思い出して顔をダラケさせながら語り続けるライラックさんに俺たちはどうしていいか分からずにいると、バタバタと慌ただしい足音と共にリビングに誰かが入ってきた。
「ーーちょっと、パパ! 恥ずかしいこと叫ばないで下さい!?」
それは、目を覚ましたシランだった。
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