十三曲目『真紅郎の過去』

 俺たちの気持ちを反映したように空がどんよりと曇り始めている。

 穏やかな海も荒れ始めている中、俺たちは港外れの入り江にある、洞窟の前に立っていた。

 まるで闇が手招きしているように暗い洞窟。そこから悲鳴のような風の音と、モンスターが蠢く音が反響している。


「……なんか、薄気味悪いね」


 洞窟をのぞき込んだやよいが辟易とした表情で呟く。

 俺たちが不気味な洞窟を前に後込みしていると、サクヤが我先にと洞窟の中に足を踏み入れていた。


「ちょ、サクヤ! そんな不用意に入って大丈夫か?」

「……大丈夫。それに、これはぼくの試験だから。だから、ぼくが前に出る」


 慌てて止めようとするとサクヤは気合いを入れるように拳を握りしめて頷き、そのままズンズンと洞窟に入っていく。

 俺たちも気合いを入れ直し、サクヤの後を追った。

 洞窟は先が見えないほど暗く、足場が滑りやすくなっている。こんな状態でモンスターと戦うのは、かなり危険だな。

 俺が魔装の収納機能を使ってランタンを鳥だそうとすると、突然サクヤが足を止めた。


「どうした?」

「……これ、もしかして」


 そう言ってサクヤは洞窟の壁に手を置き、ゆっくりと魔力を流し込む。すると、壁が淡い紫色に光り始めた。


「これ、幻光石か?」


 幻光石。

 魔力を通すと光り、その属性に応じて色が変わる不思議な鉱石だ。

 どうやらこの洞窟の壁は、ヤークト商業国にある俺たちのライブハウスでスポットライト代わりに使っていた幻光石で出来ているみたいだな。


「ハッハッハ! サクヤ、よく気づいたな!」

「……なんとなく、見覚えあったから」


 サクヤの肩をバンバンと叩きながら褒めるウォレスに、サクヤは照れ臭そうに頬を掻く。

 見た目はただの岩の壁にしか見えないのに、本当によく気がついたな。

 多分だけど、これも試験の一つなんだと思う。

 この洞窟には、モンスターが外に出ないように定期的にユニオンメンバーが入っているはず。それなのに明かり一つないのは少しおかしい。

 観察力と知識力を試しているんだろう。とりあえず、第一関門突破だな。

 幻光石の光りで見やすくなった洞窟を進んでいく。並び順は先頭にサクヤ、次に俺、やよいと頭の上に乗っているキュウちゃん、ウォレス、そして……さっきからずっと黙ったままの真紅郎だ。

 ユニオンでの一件、魔族だと指をさされた真紅郎は俯いて黙り込んでいる。

 俺たちが洞窟に来ている間に、ライトさんがどうにかするとは言ってたけど、少なからず真紅郎は心に傷を負ったことだろう。

 どうにか元気づけてやりたいな、と思っていると暗い雰囲気をぶち壊すようにウォレスが笑いながら口を開いた。


「ハッハッハ! なんだよ、暗いだけでモンスターは出ないじゃねぇか! こいつは簡単イージーな試験だな! 活躍してやろうと思ってたのによ!」

「……ダメ。これは、ぼくの試験。ウォレスは、見てて」

「おいおい、なんだよ! それじゃあ暇じゃねぇか! 少しぐらい戦わせてくれよぉ……体鈍ってるんだよぉ……」

「……ダメ」

「んだよ、ケチだなサクヤ! あ、そうそう! やよい! 新曲の方はどうなってるんだ?」

「え? あぁ、あれかぁ。音楽禁止だから、全然進んでないよ」

フラワーをイメージした曲にするんだろ? どのフラワーにするのかぐらいは決めたらどうなんだ?」

「いい花が見つからないんだぁ。何かいいのある?」

「ハッハッハ! オレはやっぱり情熱パッションの赤いバラだ! やっぱりフラメンコロックにしないか?」

「えぇ……やだぁ」

「んだよ、やよいもケチだな! そう思わねぇか、真紅郎!」


 ウォレスが真紅郎に話を振ると、真紅郎はチラッとウォレスを見てからすぐに俯く。

 だけどウォレスは気にせず真紅郎に声をかけ続けた。


「おいおい、真紅郎! 無視はヒデェぜ!? 少しぐらいは考えてくれよぉ! お前だったらなんのフラワーにする?」

「……さい」

「オレはやっぱりバラがいいんだけどよぉ、やよいはイヤだって言うんだぜ? 真紅郎はオレの意見に賛成アグリーだよな!?」

「……るさい」

「てかよ、お前知ってたか? やよいが花に詳しいってよ? 意外って言うか、正直似合わなーー」

「ーーうるさいッ!!」


 ビリビリと真紅郎の怒鳴り声が洞窟内に響き渡り、反響していく。

 真紅郎にしては珍しい怒声に、ウォレスはポカンと呆気に取られていた。

 たしかにウォレスはいつもうるさいし、たまにしつこい時もあるけど……それでも、こんなに真紅郎が怒ることはなかった。

 一気に空気が気まずくなる。やよいは戸惑い、ウォレスは唖然としたまま何も言えずにいる。どうにか空気を変えないと、と俺が口を開く前に……意外なことにサクヤが最初に口を開いた。


「……ねぇ、真紅郎。どうしてそんなに怒ってるの?」


 サクヤの問いかけに、我に返った真紅郎は気まずげに目を逸らす。


「別に、ボクは怒ってなんか……」

「……怒ってる。イライラしてる。でも、ぼくたちにじゃない。エイブラ一世とーー自分に」


 真紅郎は驚いたように目を丸くしてサクヤを見る。サクヤは真っ直ぐに真紅郎を見つめていた。


「どう、して……?」

「……なんとなく、分かった。真紅郎、一番自分にイラついてる。なんで?」

「それ、は……」


 サクヤの疑問に、真紅郎は答えたくないのか黙り込んでしまった。

 それでも、サクヤは話を続ける。


「……エイブラ一世が父親に似ているから? サクヤの父親って、どんな人なの?」

「……サクヤには、関係なーー」

「いや、関係あるだろ」


 真紅郎の言葉を遮って、俺は言い放った。さすがに今の言葉は聞き流せないな。


「サクヤは俺たちの仲間だ。関係ないってことはな

いだろ?」

「……でも」

「あまり言いたくないことだろうけどさ、話してやれよ。話せば意外とすっきりするかもしれないぞ?」


 俺の提案に真紅郎は迷い、俺とサクヤの顔を交互に見つめる。

 そして、観念したのか真紅郎はサクヤに自分の父親……そして、過去について語り出した。


「ボクの父親は国会議員……って、言っても分からないよね。えっと、国を動かす立場にある貴族、みたいな役職の人なんだ」

「……貴族? 真紅郎は、貴族の息子?」

「まぁ、そんな感じかな? ボクの父親はーー嘘吐きなんだ」


 真紅郎は堪えるように拳を握りしめ、吐き捨てるように話を続ける。


「父さんは利用出来るものはなんでも利用するよいうな人だ。平気で嘘を吐くし、人を騙す。それで何人もの人が傷ついた……ボクも、そしてーー母さんも」


 今にも泣きそうな表情で、真紅郎は昔を思い出すように遠い目をしていた。


「父さんはボクに父親らしいことは何一つしてくれなかった。学校の行事も、誕生日も、どこかに遊びに連れてって貰ったことすらない。家に帰ってきても会話の一つもない。珍しく喋ったかと思ったら、勉強して一番になれ、お前は私の後を継ぐのだから、誰よりも優秀であれ……それだけだよ」


 真紅郎は嘲笑するように鼻で笑う。


「ボクだけならまだ許せたけど、父さんは母さんにも厳しかった。私の妻なら、もっとしっかりしろと怒鳴っていた。そのくせ、周りの人には自慢の妻だ、なんて嘘を吐いてる……嘘だらけの最悪の父親だよ」


 悪態混じりに話す真紅郎。すると、頬に一筋の涙が流れていた。


「父さんに近づく人間も、嘘吐きばかりだった。欺瞞に満ち溢れた醜い騙し合いばかり……本当に浅ましくておぞましい。顔は笑っているのに、目が冷たい。紡ぐ言葉は全て薄っぺらくて、寒気がする。そんな奴らに囲まれ、父さんの厳しくされた結果……母さんは倒れた。それなのにあいつはーーッ!」


 ギリッと砕けそうなほど歯を食いしばり、堪えきれずに真紅郎は叫んだ。


「あいつは見舞いにくるどころか、あんな弱い女などいらないと言った! 国会議員の妻として相応しくないと言っていた! あんなに優しい母さんを、あいつは……あいつはぁ……ッ!」

 

 唇を噛みしめた真紅郎の口から血が流れる。

 真紅郎は何度か深呼吸をして、どうにか落ち着いてから話を続けた。


「……それから、母さんは亡くなったよ。あいつは嘘泣きをしながら色んな人に同情されていた。そして、ボクに一層厳しく指導するようになった。優秀であれ、一番であれ、人を信じるな、蹴落とし利用しろ、ってね。ボクは嫌気がさして、家を飛び出した。それからは、音楽に出会ってのめり込んで、今に至るって感じかな」


 真紅郎にとって、音楽は<救い>だった。

 音楽に、ベースに出会い、一人で練習してーーやよいたちと<Realize>を結成。

 これが、真紅郎の過去だ。


「今はもう父さんとはほとんど関わりがなくなったし、ボク自身も音楽に夢中で忘れかけてたんだけど……エイブラさんに会ってから、思い出しちゃったんだ。あの人は、父さんに似ている気がする。他人を騙し、利用するーー父さんの目と」


 そう言って真紅郎はそれ以上何も話すことはなかった。

 嘘を吐き、人を騙し、利用する真紅郎の父親。その父親の目と、エイブラさんの目が似ていると感じたから、真紅郎はエイブラさんに反発していた。

 真紅郎の言う通り、エイブラさんは俺たちに何か嘘を吐いているんだろう。

 だけどーーなんでだろう。

 俺には、エイブラさんが悪い人とはどうしても思えない。何か、理由があるんじゃないかと思ってしまう。

 もちろん、俺の気のせいかもしれないけど。

 話を聞いていたサクヤは何か言いたげにしながらも、それ以上何も言わずに黙って歩き出す。

 ウォレスは黙ったまま真紅郎の背中をポンッと押し、俺たちはサクヤの後を追って洞窟を進むのだった。

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