三曲目『ライトの実力』

「ーーいつでもかかってくるといい。先手は譲ろうじゃないか」


 無手の状態で腕を組んだまま余裕そうに言ってくるライトさん。武器も構えないで言うとは……それだけ俺のことをナメてるからだろうな。


「ーー上等」


 その態度にイラッとしながら俺は魔装をーー柄の先にマイクが取り付けられた両刃の剣を展開して握り、構える。

 俺の剣を見たライトさんは目を丸くさせ、どことなく驚いているように見えた。


「ふぅぅ……」


 深く息を吐いて集中し、改めてライトさんを見据える。

 金髪紅眼の、三十代後半ぐらいの爽やかイケメン。身長は百八十センチぐらいで体つきは細く見えるけど、よく見るとその服の下は鍛え上げられた肉体をしている。

 ロイドさんのライバルを自称しているだけあって、その肉体と纏う雰囲気は嘘ではないと感覚で理解出来た。

 つまり、かなりの実力の持ち主だ。俺がどう頑張っても勝ち目はないだろう。

 だけどーーだからと言って負ける気で挑むつもりはない。やるからには勝つ。


「ーーはあぁぁぁ!」


 気合いと共に地面を蹴って走り出す。

 一歩、二歩と一気に近づいていき、無手のまま立っているライトさんに向けて剣を振りかぶった。

 その時、ライトさんはおもむろに右手を首もとに持って行き、首にかけている十字架のアクセサリーを握りしめる。


「いい踏み込みだ。だがーー」


 そして、そのアクセサリーを掴んだ手を横に振るう。

 アクセサリーは形を変え、百七十センチほどの金色の長槍に姿を変えた。


「ーーまだ、甘い」


 ライトさんは武器ーー魔装である金色の槍の穂先を俺が振り下ろした剣に軽く当て、そのまま受け流す。

 あまりに軽々と、自然な動きで受け流された俺は、バランスを崩して前のめりになった。


「ーーはぁ!」

「ぐっ!?」


 ライトさんは剣を受け流した槍をクルリと頭の上で回し、遠心力を使いながら槍の長い柄の部分で俺の腹部を薙ぎ払った。

 避けられなかった俺はその衝撃に耐えきれずに吹っ飛ばされる。地面を転がり、受け身を取りながらすぐに立ち上がって剣を構えた。


「どうした、もう終わりか? 大口叩いた割には、大したことないな」

「ーーまだまだ!」


 皮肉混じりの挑発に俺は歯を食いしばり、また地面を蹴って突撃する。

 横薙ぎに振った剣はまた槍の穂先で受け流され、斜め上から振り下ろした剣は柄の部分でいなされる。

 そして、隙を見せてしまうとライトさんはまた俺の腹部に槍の柄で薙ぎ払い、吹き飛ばされてしまった。


「クソッ……!」


 まともに打ち合おうとしないライトさんに思わず悪態を吐く。

 攻撃しても受け流され、いなされる。ライトさんからは攻撃、というより邪魔だと言わんばかりに柄で払われるだけ。ただ吹き飛ばすだけでダメージはほとんどない。

 完全に遊ばれている。それだけの実力差が、あるってことなのか?


「だったら……ッ!」


 今の状態じゃ軽く弄ばれるだけ。なら、自身を強化して立ち向かう。


「ーー<アレグロ!>」


 俺は音属性魔法、素早さ強化の魔法を唱えて走り出す。

 一瞬でライトさんとの距離を詰め、その勢いのまま剣を振りかぶった。


「ほう、音属性魔法か? だが、まだ遅いな」


 上、斜め下、斜め上、右から左、と連続で振るった剣を、ライトさんは槍を振り回して全て防いでいた。

 その表情はまだ余裕そうで、これぐらいのスピードなら対処することは簡単なようだ。

 だったら、重い一撃でどうだ?


「ーー<フォルテ!>」


 アレグロの効果が切れたタイミングで、俺は一撃強化の魔法を行使する。

 防がれるのを承知で振り下ろした剣を、ライトさんは槍で防ごうとーーする前に咄嗟に後ろに下がった。

 何かを察したのか、歴戦の洞察力がそうさせたのか。分からないけどライトさんはバックステップで距離を取ろうとしている。

 だったらーーそのまま地面に振り下ろしてやる。

 避けられると分かった俺は、剣を止めずに思い切り地面に剣を叩きつけた。

 強化された一撃は爆発したように地面を砕き、砂煙を上げる。


「むっ、避けられると分かって目眩ましに変更か。いい判断だ」


 煙の向こうで俺を評価するライトさんの声が聞こえた。

 まだ余裕そうだな。アレグロの素早さ強化も軽々対応されたし、フォルテで一撃強化しても避けられてしまう。

 なら、素早さ強化に加えて攻撃の威力を少しでも増してみようか。


「<アレグロ><ブレス><エネルジコ!>」


 音属性魔法はその特性上、魔法の重ねがけが出来ない。だから、素早さ強化の魔法の次に、ブレスを使って次の魔法ーー筋力強化の魔法を繋いで効果を重ねる。

 素早さと筋力を強化した俺は、砂煙を突っ切ってライトさんに向かって剣を振り下ろした。

 ガキン、と槍の柄と剣がぶつかり合った鈍い音が響く。俺の剣を受け止めたライトさんは、少し表情を険しくさせていた。


「ーーさっきよりも力が増している? 魔法の効果か」

「ーーはあぁぁぁッ!」


 余裕そうに分析しているライトさんに続けて剣を薙ぎ払う。

 受け流すのが難しいのか、それとも何か考えがあってなのか。ライトさんは受け流すことなく槍で攻撃を防いでいる。俺は防がれても関係なく攻撃を続け、時々蹴りを混ぜる。

 横薙ぎで振った剣の勢いのまま放った後ろ回し蹴りを、ライトさんは槍をクルリと回してその場で一回転し、槍の穂先を地面に向けながら蹴りを柄で防いだ。


「ーーいい攻撃だ」


 なんか、さっきから戦ってるというより、稽古をつけられている気分だ。どういうつもりなんだ?

 柄を蹴ってその場から離れながら首を傾げる。戦えば戦うほど、ライトさんから敵意が薄れている気がした。


「どうした? もう終わりなのか?」


 槍の石突きを地面に着きながら、ライトさんはわずかに口角を緩めて手招きしてくる。

 もっと打ち込んでこい、もっと見せてみろ、と言わんばかりに。

 もしかしてーーと、頭を過ぎった考えに俺は思わず笑みを浮かべた。


「……<アレグロ><ブレス><フォルテ>」


 素早さ強化、接続して一撃強化の魔法を唱える。

 そして、俺は地面に向かって思い切り剣を振り下ろした。


「ーーはぁぁぁぁぁッ!」


 地面を砕き、砂煙が巻き起こる。するとライトさんは呆れたようにため息を吐いていた。


「また目眩ましか。単純すぎるな」


 そう、これは目眩まし。今からやろうとすることを邪魔させないための布石だ。

 砂煙の中、俺は居合いのように左腰に剣を置いて集中する。

 剣身に魔力を集め、一体化させるように魔力を纏わせていく。すると剣身が光り輝き始めた。

 ゆっくりと砂煙が晴れていき、ライトさんの姿が見える頃には準備が終わる。

 そして、俺は居合いの構えのまま走り出した。


「ーーはぁぁぁぁぁぁッ!」


 怒声と共に強化された素早さで地面を蹴り、疾走する。

 すると、俺の姿を見たライトさんが目を見開いて驚愕の表情を浮かべていた。


「その技は……!?」


 ロイドさんから教えて貰った俺の必殺技。魔力を纏わせた一撃を放つ剣技。その名をーー。


「ーーレイ・スラッシュ!」


 一歩前に踏み込み、一気に剣を横薙ぎに振って放とうとした瞬間、ライトさんはーー。


「<我操るは龍神の尾>ーー<アクア・ウィップ>」


 即座に魔法を詠唱し、水の鞭を放ってきた。水の鞭は俺の体を縛り、レイ・スラッシュを放つ前に動きを止められてしまった。


「ぐ、あ……ッ!」


 どうにかして拘束から逃れようとしても、身動きが取れない。

 すると、ライトさんはニヤリと笑みを浮かべていた。


「ーーもういい、認めよう」

「へ?」


 ライトさんは腕を横に振って水の鞭を消す。拘束から解かれた俺は、呆気に取られてライトさんを見つめた。


「キミは我が永遠のライバル、ロイドの関係者……いや、弟子であると認めよう。その技、レイ・スラッシュが何よりの証拠だ」

「じゃ、じゃあ……」

「あぁ。私、ライト・エイブラ二世が認める。キミたちは悪人ではない」


 ライトさんは爽やかな笑みを浮かべて俺に手を差し伸べてきた。


「さっきはすまなかった。キミの仲間を貶すようなことを言ってしまった。キミを焚きつけるためとは言え、失礼なことをした。謝罪しよう」

「あ、いえ……」


 俺は差し伸べられた手を握ると、ライトさんははっきりと言い放つ。


「ーーレンヴィランスへようこそ。私はキミたちを保護し、守ることを誓う。安心してくれ、例え王国からだろうと私が責任を持って守ってみせよう」


 こうして、俺たちはライトさんに認められた。

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