十曲目『父親の依頼』

 アスワド率いる黒豹団との戦いから二日が経った。

 どうにか歩けるぐらいまで回復した俺がユニオンに向かうと、そこにいたのはソファーに力なく座るやよいの姿だった。


「ど、どうした、やよい?」


 心配になって声をかけてみると、やよいは疲れ切った表情で俺の顔を見ると、力なく笑みを浮かべた。


「……あたし、もう、疲れた……」

「何があった?」

「サクヤが……」


 サクヤ? サクヤがいったいどうしたっていうんだ?

 すると、ユニオンの入り口が開くとサクヤが入ってきた。サクヤはキョロキョロと辺りを見渡し、やよいを見つけると足早に近づいてくる。

 やよいはサクヤの姿を見た瞬間、ビクリと肩を震わせた。


「……やよい、見つけた」

「ひっ!? さ、サクヤ? きょ、今日はあたし、ちょっと用事が」

「……後にして。それより、やよい。縦のリズムを意識する演奏の仕方だけど……」


 やよいの言葉を突っぱねてサクヤにしては珍しく饒舌に質問をしてくる。聞いているのは音楽についてだった。

 サクヤのマシンガントークにやよいが白目を剥いていた。女の子がそんな顔したらマズいだろ。


「タケ、ル……助け……」

「……聞いてる? やよい、次はアレンジの仕方は……」

「ちょ、待て待てサクヤ! やよいが死にそうな顔してるから!?」


 死にそうになってるやよいを見てサクヤを慌てて止めると、止められたサクヤは不満げに俺を睨んでいた。


「……何?」

「いや、何じゃなくてな。どうしたんだ?」

「……音楽のこと、もっと知りたい。だから、やよいに色々聞いてる」


 あぁ、そう言えばやよいはサクヤに音楽のことを教えてたんだっけ。

 目を輝かせているサクヤから視線を外し、やよいを見ると顔を青ざめながら死んだ魚のような目をしていた。


「サクヤのやる気がハンパない。一日で楽譜が読めるようになったし、基礎はほとんどマスターしたみたい。しかも多分、絶対音感持ち。もう楽器さえあれば、あたしたちの曲を楽譜なしで弾けるだろうし、アレンジを加えられるレベル……」

「……マジで?」


 やよいの様子から見て、本当のことなんだろう。

 一日で楽譜を読めて、しかも絶対音感持ち? 二日目で楽譜なしで演奏出来る記憶力に、アレンジを加えられるレベルとか……天才だ。

 まるで乾いたスポンジが水を吸収するように、サクヤは音楽の知識を自分のものにしたのか。それでいて、今もなお音楽について学ぼうとしている。

 結果、質問責めにあったやよいが死にかけてるみたいだな。


「あたしが教えることはもうないよ……卒業だよ」

「……足りない。もっと教えて」

「むぅぅりぃぃ……あたし、ほとんど寝てないんだけどぉぉ」

「……ぼくも寝てない。だから、大丈夫」

「いや、大丈夫じゃないだろ」


 なんだその理論。むしろ暴論だ。

 このまま放っておいたらどこまでも貪欲に音楽にのめり込みそうだな。まさに、寝る間も惜しんで。


「そ、そうだサクヤ! 魔鉱石を見に行かないか?」

「……魔鉱石?」


 魔鉱石という単語にサクヤが興味を示した。


「あ、あぁ! いずれお前も魔装を持つことになる。今後のために魔鉱石を見ながらどんな魔装にするか決めないか?」


 どうにかサクヤを連れ出すために説得してみるけど、ちょっと厳しいか?

 と、思ったらサクヤは意外と乗り気でコクッと頷いた。


「よし、じゃあ行こうぜ! やよいも準備してこいよ。顔洗ってきた方がいいぞ? 正直……かなりヤバい」

「うん、洗ってくる……ありがと」


 ふらふらとした足取りで顔を洗いに行くやよい。早く魔鉱石が見たいとワクワクしている様子のサクヤ。

 音楽に興味を持ったのは嬉しいけど、ここまでハマるとは思わなかったな。

 ま、やよい一人に任せるのもなんだし、後で真紅郎とウォレスも巻き込もう。新しいバンドメンバーなんだ、俺たち全員で育てないとな。

 そして、顔を洗ってきたやよいといつになく興奮気味のサクヤを連れて、俺たちは魔鉱石を売っていた骨董品屋に向かった。

 古くさくボロボロで、よく分からない物を売っている骨董品屋に置いてある真っ白な魔鉱石をサクヤはジッと見つめている。

 値段を見るとやっぱり高いな。今の手持ちの金でも買えないぐらいに。


「……欲しい」

「だよなぁ。でも、金が足りない。依頼をこなして貯めないとな」

「……依頼やる」

「ダメだよサクヤ。まだタケルの怪我が治ってないんだから」

「……むぅ」


 やよいに窘められ、サクヤは残念そうに俯く。こうして見ると、本当に子供みたいだな。言ったら殴られそうだけど。

 俺たちが魔鉱石の前にずっといると、店の奥から一人の男がズカズカと歩いてきた。


「おい、お前ら! また冷やかしか! 買わないなら帰れ!」


 頭にバンダナを巻き、白い髭を貯えたずんぐりとした体格のいい六十代ぐらいの男性が怒声を上げる。多分、この骨董品屋の店主だ。

 店主は魔鉱石をガシッと掴むとそのまま店の奥に持って行こうとする。


「……あ」

「ちょっと! 別に見てるぐらいいいでしょ!」

「ふん、知ったことか。何も買わない奴に見せるもんなんてないんだ。文句があるなら買ってから言え」


 魔鉱石を持ってかれてサクヤがしょんぼりとする中、店主の態度にムッとした表情でやよいが抗議する。

 店主は鼻で笑って俺たちを出て行けとばかりに手で払ってきた。

 その動作にやよいがまた文句を言いそうになっているのを、俺は手で抑える。


「ちょっと待て、やよい。あの人の言う通りだ。何も買わずに見てるだけなんて、店の迷惑だろ」

「でも!」

「それに……これで機嫌を損ねてみろ。下手すると魔鉱石を売ってくれなくなるかもしれない」


 俺の説得にやよいはブスッとしながらも、それ以上何も言わなくなった。

 店主は鼻を鳴らすと魔鉱石を持ったまま店の奥に向かっていく。そこで店主のポケットから何かが落ちた。

 落ちたのは……髪飾りか?

 髪飾りを拾ったサクヤが店主に声をかける。


「……これ、落ちた」

「む! 返せ!」


 店主は慌てて髪飾りを奪い取り、大事そうに見つめていた。悲しそうにそれでいて何かに怒っているように。

 その姿を見て、俺は思わず聞いてしまった。


「あの……それって?」


 俺の問いかけに我に返った店主は、舌打ちしながら頭を掻く。


「お前には関係ない……と、言いたいところだけどな。拾ってくれた礼だ、少しだけ話してやる」


 無関係な俺たちに店主は髪飾りを見つめながら静かに語り始めた。


「こいつはワシの娘の髪飾りだ。ワシに似ず、妻にそっくりの美人で優しい娘でな……妻を亡くしたワシに残された、たった一人の大事な娘だ」

「娘さんは今は?」


 娘さんのことを聞くと店主はギュッと拳を握りしめ、今にも叫びそうになるのを我慢しながらゆっくりと話を続ける。


「三年前、この店に盗人が入った。盗人の名はーー黒豹団。そいつらに娘は……攫われたんだ」


 黒豹団!?

 あいつら、盗みだけじゃなくて人攫いもするのかよ。

 店主は話しながら昔を思い出したのか、ギリッと悔しそうに歯を食いしばった。


「子宝に恵まれなかったワシらの前に、ようやく生まれてきてくれた大事な一人娘。ワシの宝だ。それをあいつらに奪われた! 商品や金を盗むならまだ許せた! だが、あいつらはこともあろうに娘を! 娘を……ッ!」


 涙を堪え、怒りに顔を赤く染め、悔しさに拳を血が出るほど握りしめる店主は一度呼吸を整えて気持ちを落ち着かせる。


「……すまんな、無関係のお前たちの前で情けない姿を見せてしまった」

「……情けなくなんかないです」


 今すぐにでも黒豹団を捕まえに行きたいだろう。娘を返せと怒鳴り込みたいだろう。

 だけど、店主は出来ない。年老いた人間に黒豹団と戦えるだけの力はないはずだ。

 その無力さに苛まれながら、それでも大事な娘のことを想い、怒りや悲しみを堪えている父親の姿をーー誰が情けないと思うのか?

 アスワドにやられた右腕をギュッと掴む。依頼を受けた時から黒豹団を捕まえようとは考えてたけど……今は絶対に捕まえてやろうと心に誓った。


「……店主さん。安心して下さい」


 首を傾げる店主に、俺は覚悟を決めて言い放つ。


「俺たちが黒豹団を捕まえてーー娘さんを取り返します」


 俺の言葉に店主は目を丸くして驚いていた。


「お前たちが、か?」

「俺たちはユニオンメンバーです。この間黒豹団と戦って……敗走しました。だけど、もう負けない。必ず俺たちの手であいつらをーー黒豹団のリーダー、アスワド・ナミルを捕らえてみせます」


 俺に続いてやよいとサクヤが力強く頷く。

 店主は驚きながらも安心したように「そうか」と呟いた。


「こんな年寄りの願いを、お前たちは聞いてくれるのか」


 天井を見上げた店主は気合いを入れるように胸を強く叩いた。


「いい目をしている。分かった、お前のその目を信じよう。改めてお前たちに依頼するーーワシの娘を、取り返してくれ」

「ーーその依頼、受けます!」


 縋るような想いで出された依頼を、俺ははっきりと受け取る。

 すると、店主は嬉しそうに笑みを浮かべ……手に持っていた魔鉱石を差し出してくれた。


「これを持って行け」

「え!? それ、商品じゃ……」

「前払いだ。必要なんだろう? 娘を取り返してくれるんだ、これぐらい安いもんだ」


 かなり高価な魔鉱石を差し出す店主は、強い意志を込めて俺を見つめてくる。

 そこまで言われたら、受け取らない訳にはいかないな。

 差し出された魔鉱石を掴み、たしかに受け取った。


「必ず娘さんを取り返します」

「うむ、頼んだ。そうだ、まだ名乗ってなかったな。ワシの名前はガンドだ」

「俺はタケルです」

「あたしはやよい!」

「……サクヤ」


 俺たちの名前を聞いた店主、ガンドさんは俺の肩をバシッと叩く。


「ありがとう、タケル」

「気にしないで下さい。で、娘さんの名前は?」


 娘さんを助けようにも、特徴や名前が分からないとどうしようもないからな。

 ガンドさんは頷くと、娘さんの名前と特徴を教えてくれた。


「娘の名前はシエラ。金髪で蒼眼の妻によく似た美人だ。今は十六歳になる」


 金髪蒼眼の十六歳。名前はシエラね。よし、覚えた。

 今度黒豹団に、アスワドに会った時に問いつめてやろう。

 俺たちはガンドさんの依頼を受けて魔鉱石を貰い、改めて黒豹団を捕まえることを心に誓った。


 次は絶対に、負けない。



 

 

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