三曲目『ヤークト大食い王決定戦』

「えっと、これで全部です」


 受付に行った俺たちは、職員に連れられて広い部屋に案内された。

 ここでクリムフォーレルの素材を出して欲しい、と言われて俺は魔装の収納機能を使って素材を全部出す。

 すると、広い部屋いっぱいにクリムフォーレルの素材がズラッと並び、職員はその光景を見て口をあんぐりと開けたままになっていた。


「こ、これだけの量を魔装に……? あなたの魔力量、どうなってるの?」

「す、凄い! クリムフォーレルの素材がこんなに!」

「見てみろよ、この外殻なんて状態がかなりいいぞ! こいつを解体した奴はかなりの腕前だ!」

「翼膜はボロボロだな。でも、使い道はありそうだ……」


 職員たちは俺を信じられないと言わんばかりの目で見てきたり、クリムフォーレルの素材に歓喜している。

 まぁ、とりあえず換金する素材は全部出したことだし……。


「じゃ、俺たちはこれで。後でまた来ます」


 忙しそうに走り回っている職員に一言かけてから、俺たちはユニオンから出た。


「さってと、飯にするかぁ」


 外に出て伸びをしながらやよいたちに声をかける。

 お腹も空いてきたし早速どこかで飯を、と思っているといきなりウォレスが鋭い眼光で周囲を見渡していた。


「どうした? まさか、王国からの追っ手が……っ!」

「気配がする」

「どうしたの、ウォレス? なんの気配がするの?」

「……肉、だ」


 尋常じゃない様子のウォレスが、ボソッと呟く。あまりに小さな声だったから、もう一度近くで聞いてみると、ウォレスはニヤリと笑みを浮かべてまた呟いた。


「ーー筋肉の気配がする」

「……は?」


 筋肉の気配? どんな気配だよ。


「こっちか! 今行くぞぉぉぉぉぉ!」


 そして、ウォレスは「マッスルぅぅぅぅ!」と叫びながらどこかへ走り去っていった。

 あいつはいつも変だけど、今回はいつも以上に変だな。


「……ま、いいか。俺たちは街を見て回ろうぜ?」

「賛成! バカは放っておこうよ」

「……ご飯」

「きゅう!」


 俺の提案にやよいは賛成し、空腹を訴えるサクヤとその頭の上で前足をピョコンと上げたキュウちゃんも多分賛成してくれた。

 という訳で、飯を食うところを探しながら街を散策するか。

 活気の溢れる大通りに、俺たちは足を踏み入れる。

 露店では果物や食材、武器や防具、服など様々な物が売られていた

。証人たちは声を張り上げて大通りを盛り上げている。


「あ! あの服可愛い!」

「……串焼き」

「きゅ! きゅきゅきゅ!」


 やよいは服を見て回り、サクヤは串焼きに目を奪われ、キュウちゃんは楽しそうに周りをキョロキョロと見ている。

 俺は楽しそうにしているやよいたちに苦笑しつつ、旅で必要な消耗品を買っていた。

 はしゃぐのはいいけど、はぐれないようにしろよ?

 

「あ、ねぇねぇタケル! あの店に寄っていい?」


 やよいが見つけた店は露店ではなく、なんとも怪しげな商品が並んでいる薄汚れた店構えの骨董品屋だった。


「えぇ……あっちの方がいいんじゃないか? わざわざこんな店に寄らなくても」

「ふふん、タケルはまだまだ未熟だね! こういう店の方がいい物売ってたりするんだよ!」


 未熟って、どう未熟なんだよ。

 仕方がないな。ま、どうせ行くところ決まってないし、たまにはやよいのわがままに付き合ってやるか。

 渋々俺たちは骨董品屋に入った。

 何に使うか分からないなんとも言えない色合いの細長い筒。モンスターの顔を模した不気味な仮面。純白の綺麗な鉱石。ボロボロの木の杖がぎっしり詰まった壷。見れば見るほど怪しげな店だな。


「こんなところに掘り出し物なんてある訳……?」


 って、ちょっと待て。

 さっき見た中に、見覚えのある物が置いてあったぞ?

 慌ててその商品を見てみる。真っ白な見覚えのある鉱石。


「これって、魔鉱石じゃん!?」


 思わず声を上げて驚く。

 その鉱石は俺たちの魔装の元となる、魔力を送ることで自分のイメージした武器を作ることが出来る貴重な代物だ。

 その魔鉱石が、こんな怪しげな骨董品屋に置いてあった。


「ほら! 掘り出し物があるって言ったじゃん!」


 お見逸れしました。まさか本当に掘り出し物があるなんてな。これはたしかに俺が未熟だったわ。

 これがあればサクヤも魔装が使えるようになるな。ちなみに値段は……。


「高っ!? めちゃくちゃ高いな!?」


 その値段はゼロがいくつも並んでいた。俺たちの世界で言う、都内の高級マンションのワンフロア丸々買えるぐらい。

 というか、俺たちにかけられた懸賞金と同じぐらいだった。


「まぁ、魔鉱石って貴重だからね。でもあたしたち全員と同等の値段かぁ……」

「これはさすがに、クリムフォーレルの素材を売ったとしても足りないだろうな」


 サクヤに魔装を持たせたかったけど、これはそう簡単には手が出ないな。

 でもこの辺で魔鉱石が手に入るとも思えないし……。


「今は保留だな」


 この値段の魔鉱石がそう簡単に売れないだろうし、とりあえずは保留しておこう。クリムフォーレルの素材を売った金と、手持ちの金を合わせてから考えることにするか。

 てことで、俺たちが店から出ようとすると、奥のカウンターにいた五十代ぐらいのおっさんが頬杖をつきながら「チッ」と舌打ちする。

 すまないね、冷やかしで。

 これ以上ここにいても迷惑になりそうだし、足早に店を出る。


「そろそろ飯にしようぜ? サクヤが死にそうになってる」

「……おなか、すいた」


 死んだ目をしているサクヤの腹から、まるでモンスターのうなり声のような低い音が聞こえてきた。

 どこかいい店はないか探していると、道行く住人の話し声が耳に入ってくる。


「今日の大食い大会、誰が優勝すると思う?」

「そりゃ、鍛冶屋のあいつだろ?」

「まぁ、だろうな!」


 大食い大会? へぇ、そんなイベントがあるのか。

 すると、その話を聞いたサクヤの肩が震えた。


「大食い大会。ご飯いっぱい。食べ放題……」

「さ、サクヤ?」


 ブツブツと独り言を呟いているサクヤに恐る恐る声をかけてみると、目を輝かせながら俺の方を振り向いてくる。


「……ぼく、出る」

「は? 大食い大会にか?」

「……うん。お腹一杯食べられる」


 いや、まぁそうだろうけど。

 でも、サクヤが出たがってるみたいだし、出させてやるか。


「分かったよ、その大食い大会の会場に行ってみようぜ」


 そう言うとサクヤは嬉しそうに何度も頷き、頭の上にいるキュウちゃんがグワングワンと揺れる。

 そんなに喜ぶと思ってなかったから、思わず笑ってしまった。


「じゃ、行くか」


 俺たちはその大食い大会の会場に向かった。

 そこでは「ヤークト大食い王決定戦」と書かれた看板があるステージの前で多くの観客が集まり、大会が始まるのを今か今かと待ちわびている。

 意外と人気のあるイベントみたいだな。


「ほらサクヤ、あそこで受付してるみたいだから行ってこ……?」


 大会に出場する選手たちが集まっている受付を指さすと、そこに見覚えのあるバカの姿があった。


「ハッハッハ! あんた、いい筋肉マッスルしてんじゃねぇか!」


 バカことウォレスは筋骨隆々の選手と一緒に楽しそうにしていた。

 筋肉の気配って、ここから感じてたのか。いや、どんな気配だよ。


「……ウォレス、お前も参加するのか?」

「ん? おぉ、タケル! なんだ、お前も筋肉の気配を感じて……」

「んな訳ねぇだろ。で、お前大会に出るのか?」

「ハッハッハ! もちろんだオフコース! お前もどうだ、タケル!」

「俺はいいよ。別に大食いに自信がある訳じゃねぇし」

「なんだよ、じゃあお前とここにいない真紅郎は参加しねぇんだな」

「は? 出場するのはお前とサクヤだけだろ?」


 何を言ってるんだ、と首を傾げるとウォレスが受付の方を指さす。

 そっちに顔を向けてみると、そこにはサクヤとーーやよいの姿があった。


「は!? や、やよい!? お前も出るのかよ!?」

「え? ダメ?」

「いや、ダメじゃないけど……」


 参加している選手たちはみんな筋骨隆々の男ばかり。その中で異彩を放っているのは小柄なサクヤと女の子のやよいだ。


「お前分かってるのか? 

これ、大食い大会だぞ?」

「知ってるけど……あれ? タケル、知らなかった?」

「何が?」


 やよいはフッフッフと笑い出し、ポンッと自分の腹を軽く叩いた。


「あたし実はーー結構食べるんだよ?」


 自信ありげに言うやよい。ほ、本当か? 結構一緒にいるけど、そんな食べる奴だったか?

 不安げにやよいを見ていると、スタッフが選手たちにそろそろ始まるから集まるように声をかけていた。


「じゃ、いってきます!」


 やよいは元気よく選手たちに混じってステージに向かっていく。

 大丈夫なのか? そんな俺の心配をよそに、大食い大会が始まった。

 


 

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