二曲目『ユニオンヤークト支部』

 アレヴィさんを追って街を歩く俺たち。

 するとアレヴィさんを見た街の住人たちは笑みを浮かべて声をかけてきた。


「いよぉ、あねさん! どうだい、今夜はうちの店で一杯でも!」

「あんたんとこの酒は美味いからねぇ。今日は忙しいから無理だけど、明日寄らせて貰うよ!」

「おぉ、アレヴィの姉御! 今日も色っぽいなぁ!」

「はんっ、誉めても何も買わないよ!」

「あらあら、アレヴィちゃん。これ、持ってってよ」

「ありがとよ、オバちゃん! いつもすまないねぇ!」


 通る人のほとんどがアレヴィさんに気さくに話しかけてくる。その全員にアレヴィさんは口角を上げて返事をしていた。


「アレヴィさんって、凄い人気者なんだね」


 やよいが感心したように呟く。まぁ、たしかに人気ありそうだもんな。

 豪快で姉御肌な性格をしてるみたいだし、面倒見もよさそうだし。

 それに何より、美人でスタイルがヤバいから……。


「タケル?」


 一瞬、暑いはずなのに寒気がした。

 隣にいるやよいの威圧感のせいだ。怖くて横向けない。


「ハッハッハ! この国はいいところみたいだな!」

「うん、そうだね……でも」


 明るく活気に溢れた住人を見てウォレスは楽しそうに笑っている中、真紅郎はチラッと横目で裏路地の方を見る。

 華やかで明るい表通りとは違い、裏路地は薄暗くどこか不気味だ。

 そして、その路地裏から何か視線を感じる。俺もチラッと見てみると、そこには頭にターバンを巻いた布で口元を隠している数人の男や、死んだような目をしている子供の姿があった。


「あまり裏路地には行かない方がいいかもね」

「あぁ、そうだな」


 光があれば影がある。

 裏路地は多分、スラムになってるんだろう。治安が悪そうだし、あまり近づかない方がいいな。

 そうこうしている内に、ようやくユニオンが見えてきた。

 マーゼナル王国にあるのとは違い、砂色のレンガで出来た街並みに合わせた造りをした建物だった。


「入りな」


 アレヴィさんに言われ、俺たちもユニオンに入る。

 ユニオンの内装は大体マーゼナル王国のユニオンと同じで、正面にユニオンのシンボルである竜に剣が突き刺さっている黒いマークが刺繍された赤い旗が飾られたカウンターがある。そこにはこの支部のユニオンメンバーらしき人が何人かいた。

 カウンターにいるユニオンメンバーがアレヴィさんに気付くと、笑みを浮かべて頭を下げる。


「マスター、おかえりなさい」

「あぁ、今帰ったよ。ちょいとこいつらと話がしたいから、それまで執務室に近づくんじゃないよ?」

「分かりました。あ、その前にご報告が。最近、砂嵐が多くなっています。去年よりも規模も大きくて……何かの前触れでしょうか?」

「そうだねぇ。砂嵐のせいで商人も立ち往生しているようだ……明日にでも調査隊を派遣しようじゃないか」

「了解です」


 話し終えたアレヴィさんは「あんたらはこっちに来な」と執務室に案内される。


「ふぅ……さて、そこに座りな」


 アレヴィさんは執務室のイスにドカッと座り、足を組む。その動作だけでも凄い色気だ。

 やよいの視線が痛いし早く座ろう。アレヴィさんの足から目を逸らしつつ、俺たちはソファーに座った。


「で、あんたたちの名前は? それと、王国から逃げてきたって言ってたね? どういう意味だい?」


 俺たちが順番に自己紹介し、それから王国から逃げてきた経緯を話す。話を聞いたアレヴィさんは面倒臭そうにため息を吐いた。


「なるほどねぇ……そいつは災難だったね」


 そして、アレヴィさんは顎に手を当てて考え事を始める。


「あの国は昔からきな臭かったけど……まさか、あのロイドがねぇ」

「ロイドさんと仲がいいんですか?」

「仲がいい、ってほどじゃないよ。ま、同じユニオンマスターってのと、昔にちょっと会ったことがあるぐらいさね。だけど、それなりにどんな奴かは知ってるから、そんなことをする奴とは思えないねぇ」


 ふむ、とアレヴィさんは腕を組んだ。


「ロイドの離反は私も、それにユニオン内でも伝わっていない。王国側が隠蔽しているのか……やっぱりきな臭いねぇ」


 そして、アレヴィさんはガタッと立ち上がった。


「分かった、王国の動きを探るように部下を派遣しよう。それと、お前たちも匿おうじゃないか」

「いいんですか!? あ、でも……俺たち、王国から指名手配されてるんですよね」

「ハンッ、関係ないね。お前たちはユニオンメンバーだ。なら、例え指名手配されてようが保護するのが義理ってもんだろう? それに、王国は他の国から評判が悪いし、ユニオン側も言うことを聞く義理はない。私がヤークトの王様にお前たちのことを報告しておくよ」

「って、ことは……ボクたちは少なくともこの国にいる間は捕まることはないってことですか?」


 話を聞いていた真紅郎が質問すると、アレヴィさんは険しい顔で答える。


「確実に、とは言えないねぇ。少なくともヤークト側やユニオン側からは追われないだろうけど、外から来た奴や金に困ってる奴は狙ってくるだろうさ。ま、そこは上手いこと切り抜けるんだね」


 まぁ、そうだよな。そればっかりは俺たちの手でどうにかするしかないだろう。

 でも、少なくとも敵は減ったのは間違いないな。


「とりあえずしばらくはこの国にいな! 砂漠を抜けてきて疲れただろう? 今は休んで、それからここで依頼をこなすんだね!」

「分かりました!」


 たしかに、歩き慣れない砂漠を進んできて体力も限界に近かった。

 とりあえず昼過ぎだし、飯でも……と、思ったところであることを思い出す。


「あ、そうだ。あの、実は換金して欲しいモンスターの素材があるんですけど」

「ん? あぁ、それなら受付にいる職員に言いな。ちなみに、なんの素材だ?」

「それが……クリムフォーレルです」


 俺がクリムフォーレルの名前を出すと、アレヴィさんがピタッと動きを止めた。


「……は? クリムフォーレル?」

「そうです。一部の肉を除いた、ほぼ全ての素材があるんです」

「……こいつはまいったね」


 アレヴィさんは深い深いため息を吐いて俯いた。もしかして、ダメなのか?

 そして、顔を上げたアレヴィさんはニヤリと笑みを浮かべていた。

 

「大手柄だ! やるじゃないか! 貴重なドラゴンの素材はいつでも歓迎だよ! 今から職員を呼ぶからすぐにでも出しな!」


 よ、よかった。買い取ってくれないんじゃないかってビビった。

 これでお金に困ることはなさそうだな。


「じゃあ、受付に行って素材を見せてきな! 時間がかかるだろうから、その間この街を見てくるといい。あ、分かってるとは思うが……裏路地には入るんじゃないよ?」

「分かりました。じゃ、いってきます!」


 俺たちが執務室から出ようとした時、アレヴィさんが突然「あ、ちょっと待ちな!」と呼び止めてくる。


「そこのあんた!」


 ビシッと指をさしてくるアレヴィさん。その方向には……。


「え? ボク、ですか?」


 真紅郎だった。

 アレヴィさんはニヤニヤと笑みを浮かべながら頬を赤らめている。


「そう、あんただ。たしか、真紅郎って言ったかい?」

「は、はい」


 妙な雰囲気を醸し出しているアレヴィさんに、真紅郎は冷や汗を流しながら後ずさる。


「ちょぉぉっと、あんたは私と来い」

「えっと、え、遠慮させて欲しいんですけど……」

「ははは、何を言ってるんだいーー拒否権はないよ」


 逃げようとする真紅郎の手を素早い動きで捕まえ、そのまま隣の部屋に連れて行こうとしていた。


「あ、あの! 本当、遠慮します!」

「大丈夫さね。別に変なことはしないよ。人目見た時からあんたのことは気に入ってたんだ。ちょっとばかり付き合って貰うだけさね」

「だ、誰か! 助けて!」


 嫌がる真紅郎が俺たちに助けを求めてくる。だけど、俺たちは動けなかった。

 こっちを見てくるアレヴィさんの目が、めちゃくちゃ怖かったから。

 ギロリと睨み、視線で「邪魔したらどうなるか……分かってるだろうな?」と言ってきている。

 俺たちは連れ去られていく真紅郎から、ソッと目を逸らした。


「は、薄情者ぉぉぉぉ……」


 そして、真紅郎はアレヴィさんに連れられて隣の部屋に消えていった。

 合掌。


「……さて、受付行くか」

「そ、そうだね」

「グッドラック、真紅郎」

「……お腹空いた」

「きゅきゅ!」


 俺たちは見なかったことにして執務室から出る。


「ちょ、なんですかこれ!? え、着ろ? ボク、男なんですけど! いや、気にして下さい!? これ、完全に女物の服じゃないですか! しかも凄い少女趣味! 手作り? あ、そういう趣味なんですねってだから、着ませんよ!? あ、待って待って、無理矢理脱がそうとしないで! だ、誰かぁぁぁ! 助けてぇぇぇ! お、襲われるぅぅぅ!」


 遠くの方から真紅郎の叫びが聞こえた気がした。




 

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