六曲目『響く、悲鳴』
ユグドさんとリフに案内されたところは、他の家と比べて立派なツリーハウスが建てられた大木の下だった。
上から垂れ下がっている梯子を登っていくユグドさんとリフ。俺たちも梯子を登ろうとすると、やよいが一歩後ろに下がったのを見て首を傾げる。
「どうしたやよい? 登らないのか?」
「……タケルが先に行って」
「は? 別にいいけど、どうして?」
やよいは顔を真っ赤にしながらスカートを手で抑えて睨んできた。
「……見えちゃうでしょ」
「何が?」
「バカ、アホ、変態……少しは察してよ」
そう言われてようやくやよいが言いたいことが分かった。たしかにやよいが先に行くとスカートの中が見えちゃうな。これは俺が悪い。
「す、すまん。そうだよな、水色の下着が見えたら恥ずかしいもんな……あれ? どうして水色?」
自分で言っててどうして水色の下着が頭を過ぎったのか分からなかった。というか、何かを忘れているような……うっ、頭が! いや、右頬が痛い!
何かを思い出そうとして何故かいきなり右頬に痛みが走り、頬を撫でる。
やよいはプルプルと体を震わせると、素早い動きで俺の両肩を掴んできた。
「ど、どうしたんだ、やよ……」
「忘れろ」
「へ?」
「いいから、忘れろ」
俯いてて顔が見えないけど、やよいの纏う黒い雰囲気にゾクリと背筋が凍った。
これは、ロイドさんとの戦いの時に感じたもの。自分が死ぬかもしれないという予感だ。って、こんなところで死を感じたくないんですけど。
と、とにかく忘れることにしよう。うん、それがいい。頭に過ぎった水色の下着を無理矢理忘れて、そそくさと梯子を登っていく。
ツリーハウスに入り、広い部屋に通されるとユグドさんは「どっこいしょ」と言いながら椅子に座るなり俺をチラッと見やる。
「タケル殿、少しは女心というものを学びなされ。そうでないとこの先、苦労することになるぞ?」
「……だから、見てないのにどうして分かるんですか」
「ホッホッホ。ワシだからじゃ」
答えになってないんだよなぁ。
ため息を吐くとリフに「こちらにお座り下さい!」と言われ、部屋の中央に置かれた長テーブルにある椅子に座る。
俺たちが座ったのを確認すると、ユグドさんは咳払いをして話し始めた。
「改めて、我が同族の命を助けて頂き、誠に感謝する。大したことは出来ませぬが、ささやかながら食事を振る舞わせて頂きたい」
「あと泊まるところもご用意致します!」
「そ、そんな、いいですって。何回も言いますけど、大したことじゃ……」
困ってる人を助けるのは人として当然のことをしたまでだし、そんなにかしこまってお礼を言われるようなことじゃない。そう思ってたけど、また心を読まれたのかユグドさんは小さく笑いながら口を開いた。
「そうはいかんのじゃ。我らエルフ族は受けた恩は必ず返す、という掟がある。それに、他人を助けるというのは中々出来ないものじゃ。あまり謙遜が過ぎると、逆に失礼になるぞ?」
ボソッと「それと、心は読んでおらんぞ」と最後に呟くユグドさん。いや、やっぱり読んでるじゃん。
それは置いといて……たしかにそう言われると、そうかもしれない。あまり意固地になって断るのも悪いしな。
「そうだよタケル。こう言ってくれてるんだから、甘えようよ」
「そうだな。分かりました、ありがとうございます」
「お礼を言うのは我らの方じゃよ。やよい殿の言う通り、存分に甘えるといい。それにしても、六百年も生きてると言うことが説教臭くなっていかんのう」
「ろ、六百年!?」
エルフ族は長命の種族とは思ってたけど、まさか六百年も生きてるとは……。衝撃の事実に驚いていると、リフはクスッと笑った。
「族長はエルフ族の中でも例を見ないほど長生きされてるんですよ。一般的なエルフ族の寿命は三百年ぐらいなのに。あ、ちなみに僕は八十三歳です」
は、八十三……。改めて、エルフ族って凄い種族なんだと思う。
するとユグドさんは「ホッホッホ」と笑いながらリフに声をかける。
「そう、リフはまだ八十三歳。エルフ族の成人は百歳からじゃ……のう、リフ?」
その言葉にリフはビクッと肩を震わせた。ユグドさんはそのまま張り付けたような笑みで話を続けた。
「はて、そう言えば森を一人で歩いていいのは、いつからだったかのう? 最近、物忘れが激しくて忘れてしまったわい」
「せ、成人してから、ですね……」
「おぉ! そうじゃったそうじゃった。で、成人とは何歳からかのう?」
「……百歳、からです」
「うむ、よく分かっているようじゃ。で、リフよ。お主は今、何歳じゃったかな?」
「…………八十、三歳です」
あぁ、なるほど。
リフはまだ成人してないのに、森の中を一人で歩いていたのか。これ、穏やかそうな口調の割にはかなり責められてるな。
そして、とうとうユグドさんが爆発し、杖を床にドンッとついた。
「このバカモンがぁ! 成人もしていない小僧が一人で森を歩くとは何事じゃ!」
「ひぃぃ! す、すいませんでしたぁ!」
ユグドさんの怒鳴り声にリフは椅子から立ち上がると、深く頭を下げて謝った。それを見たユグドさんは深くため息を吐く。
「まったく、この愚か者め。危うく死にかけたのじゃぞ。タケル殿たちに助けて頂けなかったら、ここにはいなかったぞ?」
「……はい、すいませんでした。もうしません」
「当たり前じゃ! 次やったら木に逆さ吊りにして、子供たちの魔法の練習台になって貰うからのう」
うわ、それはヒドい。
深く反省したのか、リフはもう一度「すいませんでした」と謝り、それで溜飲が下がったのかユグドさんは俺たちに頭を下げた。
「みっともないところを見せてしまったのう。申し訳ない」
「い、いえ。気にしてませんよ」
「そう言って頂けると助かるわい。ほれ、リフよ。お主はタケル殿とやよい殿の部屋を用意して来るのじゃ」
ユグドさんの命令に肩を落としながら従ったリフが部屋から出ていく。
それを見たユグドさんはため息を吐いた。
「リフが焦る気持ちも分かるが、まだまだ未熟の小童。ワシよりも若い者が死ぬのはもうごめんじゃわい」
「焦る、ですか?」
「さよう。最近、森の様子がおかしいんじゃ。モンスターの動きが活発になり、穏やかなモンスターが暴れ回ったりしておる。そのせいで若い者が何人か命を落としていてのぉ。リフの兄も……の」
そう言ってユグドさんは表情を暗くさせる。
「狩りをするもの難しくなってきて、蓄えを切り崩して生活しておる。それを少しでも助けるために、リフは森に入ったんじゃ」
同族の危機を救うために、成人にならないと森に入ってはいけない掟を破ったのか。優しい子だな。
それにしても、そんな状況なのに俺たちに食事を振る舞うなんて……。
「それとこれとは別じゃよ。お主たちが気にすることではない。これは、我らエルフ族の問題じゃ」
また読まれた……けど、もういいや。
でも、気にしなくていいって言われてもそう簡単に受け入れられない。何か、俺たちに出来ることがあればいいんだけど。
そう考えていると、ユグドさんは優しい眼差しで俺を見つめていた。
「ホッホッホ。心優しい青年じゃのう、タケル殿は。のう、やよい殿?」
「ま、タケルはそういう人間なんで」
「だからこそ、やよい殿は……いや、これは言わないでおこうかのう。ホッホ、若さとはいいものじゃ」
あ、あれ? なんか、ユグドさんだけじゃなくてやよいも俺の心を読んでない? もしかして、俺が分かりやすいだけなのか?
ムムム、と悩んでいるとユグドさんは「まぁ、それは置いといて」と話を変えた。
「もうすぐ食事の準備も出来る頃じゃろう」
そう言われると、途端にお腹が空いてきた。エルフ族の食事かぁ……どんな料理が出るんだろう。
と、思いを馳せているとーー。
「ーーぎゃあぁぁぁぁぁ!
聞き覚えのある叫び声がした。
「え? い、今のって……まさか!?」
「嘘でしょ、ウォレス!?」
すぐに立ち上がった俺たちは声がした方に走った。
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