九曲目『魔装』

 鉱山を後にした俺たちはまた竜車に揺られ、城下町に着く頃にはもう日が沈んでいた。

 竜車での往復、鉱山の登り降り、オークとの戦いなどで疲れ切っていた俺たちだったが、ロイドさんに魔鉱石を見つけたことを報告しなければならないので最後の力を振り絞ってユニオンに向かった。

 ユニオンで待っていたロイドさんは、俺たちが持つ魔鉱石を見て口をあんぐりと開けて呆然としていた。


「……まさか今日一日で全員分の魔鉱石を見つけてくるとは。さすがに俺も予想外なんだが」


 引きつった笑みを浮かべていたロイドさんだったが気を取り直すように咳払いを一つ。


「とにかくご苦労だったな。無事戻ってきて何よりだ」

「まぁ、オークに襲われて死にかけましたけどね」

「死にかけた?」


 俺が鉱山であったことを説明すると、ロイドさんはギロリと目を鋭くさせてアシッドを睨む。


「おいアシッド。お前がいながらどうしてそんなことになった?」

「あぁ、そのですねぇ。ちょっと俺からも言わなきゃいけないことがあるんですよぉ」

「ほう? 言い訳をしたい、と。いいだろう、聞いてやる」

「言い訳って……まぁ、いいや。やっぱりモンスターの動きが活発になり、通常とは違う動きを見せてますねぇ。今回のオークに関しては知性低いはずなのに、組織的な行動を取っていましたぁ」


 アシッドの説明にロイドさんは顎に手を当てて考え込む。


「やはり、か。調査の方も同じか?」

「近隣に生息するモンスター全て調べましたが、同じようにいつもとは違ってますねぇ。原因は不明ですけどぉ」

「そうか……他の国でも同じらしい。少し、警戒する必要があるな」


 ロイドさんは「ま、それは別としてこいつらを危険な目に遭わせたんだから負け金帳消しはなしな」と締めくくる。言われたアシッドは膝から崩れ落ちて絶望していた。


「アシッドは放っておくとして……お前たちご苦労だったな。今日は城に帰って休むといい。夜になっても戻ってないってなるとガー……じゃなくて王様も心配してるだろ」


 ようやく休める、と胸をなで下ろすとロイドさんは俺が持っている剣に気づき、指さしてくる。


「タケル、お前が持っている剣……まさか」

「あ、はい、魔装です。何か、流れで出来ちゃって」


 ロイドさんに見えるように剣を見せると、ロイドさんは口を開け閉めして何か言いたげにしていた。

 何かおかしいところがあるのか、と思うがよくよく考えたら柄の先にマイク……異世界ではないだろう物が付いてるんだからおかしいよな。


「……これも運命、なのか」


 ボソッとロイドさんは目を細めながら、どこか懐かしい物を見るように呟く。そしてゴホンと咳払いをした。


「タケルはいいとして、他の三人は魔装を作らないといけないな」

「あ、そう言えば魔装ってどうやって作るんですか?」


 真紅郎の質問にロイドさんはアシッドに目を向ける。お前が説明しろ、ってことなんだろう。アシッドは面倒そうな顔をしながら質問に答えた。


「えっとねぇ、大事なのは想像すること。自分がどんな武器にするのか、どういう武器が欲しいのかってことを明確にするのが一つ」

想像イメージ重要インポータントってことだな」

「そしてもう一つ。魔装を作る上で必要なことはーー<魔力操作>だねぇ」


 魔力操作?

 察するに魔力を自由自在に動かす、ってことか?

 俺を含めた全員が首を傾げていると、アシッドは後頭部を掻きながら説明を続ける。


「魔鉱石って、それ自体に魔法を反射する特性があるんだよぉ。だから加工する時は魔鉱石を魔力で包み込むようにしてから、ゆっくりと圧縮するように魔力を操作しなきゃいけないんだよねぇ」

「それって、難しいんじゃない?」


 話を聞いていたやよいが恐る恐る聞くと、アシッドが肯定するように深く頷く。


「凄く難しいねぇ。俺の時は一ヶ月はかかったかなぁ?」

「一ヶ月……あたし、自信ない」

「というよりボクたちはまだ魔力操作どころか魔法自体使い方が分からないよ」


 真紅郎の言うように、俺たちは魔法の「ま」の字も知らない。今回、アシッドが使っていた魔法が初見だ。

 そこでロイドさんが真紅郎に答える。


「少し勘違いしてるようだが、魔法は魔力操作が出来るようになって初めて使えるんだ。だからまずはお前たちに魔力操作を覚えて貰う。もちろん、それを教えるのは俺の仕事だ」

「つまり魔法の基礎となる技術、ってことですね?」

「そういうこと。理解が早くて結構だ」


 魔力操作が出来ないことには魔法が使えないのか。そもそも魔力の存在自体把握していないのに大丈夫なのか、という疑問はあるけど……ちょっと待って欲しい。


「じゃあなんで俺、魔装を作れたんでしょう?」


 魔法や魔力操作どころか魔力自体分かっていないのに、どうして俺が魔装を作ることが出来たのかという点。そこが一番の疑問だ。

 だけどその疑問には誰も答えなかった。


「逆に俺が聞きたいぐらいなんだが。どうしてお前、魔装作れてんだ?」

「俺もそれは思いましたけどぉ、面倒なんで放置してましたぁ」

「アシッド、お前なぁ……」

「まぁまぁ、いいじゃないですかぁ。現に作れた訳ですし、悪いことじゃないですよねぇ?」

「……たしかに悪いことではないけどな」


 どこか納得していない様子のロイドさん。とは言えアシッドが言っている通り、悪いことじゃないからいいか。


「とにかく、魔力操作に関しては明日にする。今日はお前たちも疲れただろ? ゆっくり休め」


 今日は身体的な疲れだけど、明日は頭を使うだろうから精神的な疲れになりそうだな、とついため息が漏れる。

 とりあえず城に戻ろう。疲れ切り足取りが重い俺たちが部屋から出ようとすると、ロイドさんに「タケル、ちょっといいか?」と呼び止められた。


「どうしました?」

「その魔装のことなんだが、どうしてそんな形状になったんだ?」

「どうして、って言われても……自然とこうなったというか」

「つまり、その形にしようと思ってなった訳じゃない、ってことか?」


 どこか威圧感を感じさせるように確認され、ビビりながらも頷く。すると威圧感は霧散し、ロイドさんは顎に手を当てて何かを考え始めた。


「魔装を作った時、何か変わったことはあったか?」

「変わったこと……あ、そうだ。どっかから琵琶みたいな音色が聴こえました」

「びわ?」


 そうか、この異世界じゃ音楽って概念がないから楽器もないのか。どう説明したものか。


「えっと、綺麗な音が聴こえた、って言えばいいのかな?」

「……よく分かんねぇが、音が聴こえたんだな?」

「まぁ、はい」


 ロイドさんは「なるほど、な」と呟いてまた考え込んだ。何を気にしてるのか分かんないけど、俺も早く帰って休みたいんだよな。


「ロイドさん、もういいですかね?」

「ん? あぁ、すまん。もういいぞ」

「んじゃ、失礼します」


 許しが出たので部屋から出る。扉が閉まる直前、ロイドさんが考え込みながらポツリと「音……いや、ありえない、よな」と呟く声が聞こえた。


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