八曲目『初戦闘』

 光が収まり、握っていた魔鉱石が剣に変わっていた。アシッドが持っているような両刃で細めの西洋剣が太陽の光に反射して綺麗な銀色に輝く。握っている柄の部分は黒い布で巻かれ、その先には俺が見慣れた物がくっついていた。


「これって、マイク?」


 柄の先に握る部分があるダイナミックマイクと呼ばれるマイクが付いていた。まるでスタンドマイクのような姿をした剣を見つめていると、我に返ったオークが雄叫びを上げ始める。

 そしてオークはやよいじゃなく、俺に向かって棍棒を振り上げてきた。


「うぉ!?」


 今いるところから思い切り飛び退いてその攻撃を避ける。武器を持っていても魔法は使えないし剣の振り方も分からないんじゃ宝の持ち腐れだ。

 身体能力もいつも通りどころか慣れない山道を歩いてきた足はもう限界に近い。そんな状態で目の前にいるオークを倒すことは無理だ。


「だからって諦められっかよ!」


 気合いを入れて次はこっちから打って出る。素人当然の振り方で剣を振り、オークに立ち向かうがオークは棍棒で俺の攻撃を防いできた。手にビリッとした衝撃が走るが、まだ大丈夫。もう一度、とまた剣を振ろうとした時、オークが棍棒を持っていない左手で殴りかかってきた。


「ぐっ、あぁぁ!」


 咄嗟に剣で防いだけど勢いまでは防げずに吹き飛ばされる。地面をゴロゴロと転がりながら剣を突き立てて勢いを殺し、剣を杖代わりにして片膝を着きつつオークを睨みつけた。

 オークは余裕そうな顔で俺に近寄ってくる。このままじゃ俺は死ぬかもしれない。


「た、タケル!」


 やよいの声に我に返った。俺はここで死ぬ訳にはいかない。Realizeの全員で日本に帰って、メジャーデビューするんだ。

 だから、負ける訳にはいかない!


「こんちくしょうがぁぁぁぁ!」


 声を張り上げて立ち上がったその時、杖代わりにしていた剣にある変化が起きた。

 握っていた柄の部分が伸び、先端に付いていたマイクが稼動して俺の顔に向けられる。その姿はまさにスタンドマイクそのものだった。


「なんだ、これ?」


 これ本当に武器なのか?

 そう疑問に思っている間にもオークは俺に向かって突進してくる。


「あぁもうどうでもいい! とにかくやってる!」


 思わず叫んだその声が、マイクを通したような大音量で響いた。


「きゃっ!?」

「うわっ!?」

何だホワット!?」


 いきなりの大音量にやよいたちは耳を塞ぐ。

 その音はまるで波紋のように広がると、オークたちにも効果があったのか耳を押さえて膝を着いていた。

 そして、雷がオークの群を通り過ぎていく。気づいた時には全てのオークの首が跳ねられていた。


「ふぅ。ようやく片づいた」


 背後からの声に驚いて振り返ると、そこには額の汗を拭うアシッドの姿。アシッドはオークたちの隙をついて一気に片づけたようだ。

 脅威が去ったことに安心したのか足の力が抜けてへたり込む。


「はぁぁぁ……死ぬかと思った」


 一歩間違えたら完全に死んでいた。これが戦闘、これが異世界。改めて俺は凄いところに来てしまったんだと思った。

 深いため息を吐いているとやよいたちが走り寄ってくる。


「タケル! よかった、生きてる……! 怪我はない? 痛いところは?」

「タケル無茶しすぎだよ、もう。でも無事でよかったよ」

最高オーサムだぜタケル! てかそれ魔装か!? お、オレにも触らせてくれよ!」


 やよいは涙目で心配し、真紅郎は呆れつつも俺の無事を喜び、ウォレスは俺のことより魔装の方を気にしていた。ウォレス、お前には絶対に触らせねぇ。


「いやぁ、それにしても無事で何よりだねぇ」

「アシッド。もう少し早く助けてくれよ……」

「はは、ごめんねぇ。オークたちが予想外の動きをしてきたからねぇ」

「予想外、ってのはどういうこと?」


 真紅郎の質問にアシッドは転がっているオークたちを見ながら答える。


「オークってのはそもそも知性がかなり低いんだよねぇ。それなのに今の群は組織的な行動……弱いものから襲い、明らかに強い俺には助けさせないように邪魔をしてきた。これは今までにない動きだねぇ」

「よく分かんねぇけど、とにかく変だストレンジってことか!」

「ウォレス、単純すぎだよ」

「まぁ、今考えても無駄だねぇ、面倒だし。とりあえず魔鉱石探しを続けようねぇ。あ、それとタケル」

「へ? 何?」


 突然話を振られて驚いていると、アシッドは俺が持っている剣を指さした。


「その剣、魔装だよねぇ? どうやって作ったの?」

「どうやってって……分かんない」

「普通なら魔装を作るのはかなり難易度が高いし、時間もかかるんだけどねぇ」


 そう言われてもどうやって作ったのか分からない。あの時は必死だったし、そもそも作ろうとして出来た物じゃないんだよな。


「なんか、琵琶の音色が聴こえたと思ったらいきなり光って……」

「琵琶? そんなの、聴こえなかったけど?」


 やよいが首を傾げながら言う。他のみんなに顔を向けると、全員首を横に振っていた。あの音が聴こえたのは、俺だけだったのか?


「ま、それも別にいいけどねぇ。考えるのは面倒だから後にしよう。それより他の三人の分も探さないとねぇ」

「て言ってもそう簡単に見つかる訳が……」


 と言いながら周りを見渡してみると、離れた場所にある岩の透き間から何か白い光がいくつか漏れだしているのが見えた。


「……何、あれ?」


 俺が光の方を指さすと、みんながその光が漏れ出しているところを掘り始めるとそこにあったのは、魔鉱石だった。


「えぇぇぇ? どういうことぉ?」


 俺たち全員分の魔鉱石が揃っている姿を見てアシッドが驚きを隠し切れていない様子。それもそうだろう、普通そう簡単に見つからないはずの希少な魔鉱石が四つ。一つは俺が魔装にしてしまったけど少なくとも全員分が今日で見つかるはずがない。

 まぁ、でも見つかったことには変わりない。


「これで全員分揃ったな! どんな最強の武器にするか……楽しみアイキャントウェイトだぜ!」

「見つけたんだからもう帰ろうよぉ。あたしお風呂入りたい」

「これが魔鉱石、か。へぇ、凄いね」


 今日の目標である魔鉱石は手に入ったし、やよいの言うように早く帰りたい。死ぬような目にあったし。

 アシッドは面倒くさそうに頭をポリポリ掻きながら欠伸を漏らす。


「そうだねぇ。目標は確保出来たし、帰ろうかぁ。俺ももう疲れたしねぇ」


 そう言ってアシッドは怠そうな足取りで山を下りていく。続く俺たちだったが、そこでやよいに呼び止められた。


「あの、タケル?」

「どうしたやよい? 早く帰ろうぜ」

「えっとね……その……あ、ありがと。助けてくれて」


 頬を赤く染めながらそっぽを向いてやよいがお礼を言ってくる。その姿を見て思わず吹き出してしまった。


「なっ、なんで笑うの!」

「いや、だって……あっははは!」

「もう! 知らない!」


 ふんっ、とへそを曲げてしまったやよいの頭をポンポンと撫でる。


「気にすんなよ。仲間なんだから助けるに決まってるだろ」


 そう言うとやよいは俺の手を払って少し前に出ると舌を出した。


「うっさいバーカ! ありがと!」


 やよいは足早に先を行っているアシッドたちのところに向かっていった。その後ろ姿を見てまた吹き出しつつ、俺も後を追う。


「そういえば……あの音色、何だったんだろ?」


 その疑問に答える人はいなく、俺が呟いた声は静かに消えていった。

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