第1章

ロイと吸血鬼【1】


ーー空腹を感じる。


ーー熱い。喉が乾いた。



何だこれは?不思議な感覚に襲われる。何だよ。訳わかんねえよ。

全身が焼かれるように熱い。燃えてるみたいだ。

誰か、誰かいないのか?

暗闇の中、急激な不安が心を包む。


ーー助けてくれ。


うっすらとまぶた越しに光を感じ、意識を取り戻した。目を開けようとしても光に慣れていないせいか眩しくてなかなか開けられない。



「う、うぅっ……」


意識を取り戻した後、体を動かそうとするも気だるさと空腹のせいで動けるとは言い難い。


というか、ここはどこだ?


戦場にいたはずの俺は何故か病室にいた。

辺りを見回しても目に映るのは白い壁とカーテンに花を入れるための花瓶と棚が置いてある。

そして、俺はベットの上で寝ていた。


「誰か……いや、みんな死んだんだったか」


悲惨な虐殺でしかなかった戦場。本来ならばな戦場だった。訓練兵は何部隊かに分けられて戦場に送られているがこの調子だとどこの戦場でも同じ結果だろう。


「戦争……か」


戦争が始まったのはわずか7年前。当時、停戦協定を結んでいたはずのロミウェル共和国がドルフ帝国に進軍を開始した。

最初の頃の戦力差はほぼ無いに等しい……いや、むしろ帝国の方が有利だったが2年前状況が一変することになる。

従来の装備『52式』に変わり共和国が『88式』の開発を成功したからだ。従来の装備よりも二段近く性能が高い『88式』は帝国を次々と敗戦に導いていく。しまいには戦力の不足を補うために未成年である訓練兵までをも投入する事態にまで帝国は追い込まれている。


「もうダメだな……帝国は終わりだ」


「何馬鹿なこと言ってんの?」


病室の扉が開き、少々呆れた口調で物申しながらスポーツドリンクを投げつけてくる少女。


「何だ、エレナか」


「何が“エレナか”よ。もう!」


エレナ=ローガント。綺麗なブロンドの髪をハーフアップにした彼女は俺の学友であり、級友である。

まさか、別の研修場所と言えど生きていたとは思わなかった。

あれだけ悲惨な虐殺を行なっていた戦場。まぁ、単純に帰ってこれただけでも素直に喜ぶとしよう。


「心配したんだからね……!」


甘い香りが漂ってくる。どうしてこう女の人はいい匂いがするんだか……。

思わず苦笑してしまい、エレナの頭に手を乗せる。


「ごめん」


「死んだかと思ってた」


上目遣いで言うエレナ。ずっと泣いていたのだろう。青い瞳の周りは赤く腫れ上がっている。

胸には戦場で撃たれた傷があるはずなのでそんなにきつく抱きしめないで欲しいところだが、今回は仕方ないだろう。あれだけ酷い目にあったのだから。


「胸を撃たれたけどな」


そう、冗談めかして言った時、キョトンとした顔でエレナが問いただした。


「撃たれた?」


「あぁ、足と胸をな」


「え?そんな傷けど」


傷がなかった?そんな馬鹿な。そんな筈があるわけない。確かに俺は戦場で撃たれて意識を失った。


だってほら、証拠に……

そう思って撃たれた箇所を見るとそこには何の傷もないただの肉体があるだけだった。


「な、んで……?」


「どうしたの?」


「いや、傷が消えてるんだ」


何故だ。なぜ傷がない。あれは夢か?いや、だがあれは現実だったことをエレナの様子が物語っている。なら、何だ?塞がった?確かに魔力で多少の傷なら塞がるが、撃ち抜かれたなら話は別だ。

と言うか、どうやって俺はここに来たんだ?分からない。何が起こってるんだ。


「俺はどうやってここまで来たんだ?」


「銀髪の女の軍人さんが運んできてくれたんだって。意識を失ってるって」


「そうか、聞き話と言うことは直接見たわけではないのか」


「うん」


とりあえずその銀髪の兵士に聞くのが手っ取り早いだろう。善は急げだ。


俺は銀髪の兵士を探すためにベットから降り、立ち上がろうとするが視界がボヤけてその場に倒れこんだ。


「ロイ!?大丈夫!?」


謎の空腹感。それと体に力が入らない。

戦場の疲れか?


「無理しないで。魔力暴走を起こしたんでしょ?」


そう言いながら肩を貸してベットに座らしてくれた。


「魔力暴走?」


「うん、だって目の色がいつもと違う赤色だもん」


魔力暴走とは排出できる一定の魔力を過度に出し過ぎた時に起こる。一般的に魔力暴走を起こした後は人によって様々だが目の色が変色する。

俺の普段の目の色は髪の色と同じ純色の黒色なのだが、エレナいわく現在は赤色らしい。


「魔力暴走なんて……」


そこまで言いかけた時、先程までとは比べ物にならないほどの空腹感に襲われる。


「クッ、はぁはぁはぁ」


どんどんと息が荒くなる。苦しい。まるで何かを求めてるような空腹感。

近くにエレナが持ってきた果物があるが全く興味を示さない。空腹感に襲われていると言うのにおかしな話だ。


「うっ!やばい」


激しく苦しむ様子を見てエレナが心配している。だが、それを無視するかのように……


ーーー血が欲しい。


変な欲求が出てくる。今にも目の前にいる彼女を襲いそうなくらい、理性がなくなるくらい欲求に飲まれそうだ。


「エレナっ!!!」


「は、はい!?」


「今すぐ病室から出て医者を呼んできてくれ!」


医者を呼んでくるようにと叫んだ。もちろんこの部屋から出して俺に襲われないようにするためだ。

思わず叫びすぎたのかビックリしたエレナは敬礼をしながら返事をしてその場を走って去った。

こう言う時に敬礼をするあたり、俺たちも兵士の端くれなんだと実感する。


俺はふらつく体と極限まで高められた空腹感の元、ふらつきながら近くにあった洗面所まで歩く。

そして鏡を見て、自分の姿を確認する。


「ははっ、ひでぇな」


鏡に映った姿は顔色が悪く汗がダラダラと流れている。それに加えて純色の黒色だった目は赤く輝いており、今にも人を襲い出しそうに見える。


次から次へと何だよこれは。今にも人を襲い出しそうな自分の欲求を抑えようとエレナが持ってきた果物に混ざっていた果物ナイフを手に取る。

そして、大きく持ち上げると自分の腕にめがけて振り切った。

刹那、腕からは赤い鉄の味がする液体が溢れでる。結構深くいったのか血が止まる気配はない。


はずだった。


「なっ!?」


驚きのあまり思わず声を漏らしてしまう。

なんせ、ついさっきまで深く切れて流れ出ていた血が止まり、傷口の修復が始まっていたのだ。


この光景を見て思ったのはたった一つ。



「化け物じゃねーか」


額を一滴の汗が流れ落ちたのだった。

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