痛みの存在する理由
(人斬りイドは傷口から血を滴らせながら歩いている。痛みを感じぬ身体のお陰か、苦痛はないようだ)
イド:(あん時、ころうど血ぃ失うても…そいでもわしの歩みは止まらなんだ。わしから"死"の概念が消え失せ、虚(うろ)のようになって…幾年が過ぎたろう。
わしの生きる目的じゃった近衛の解体は、果たせぬずくじゃ。先に近衛がのうなった。
消えることも赦されずわしは…もはや何のために生きとるんじゃろうか)
卯月:………?ちょっと、貴方…確か日向の連れでしたよね。どうしてそんなにふらついてるんですか?
イド:おまんは……日向の知り合いか、よお似とる。
(イドは多くを語ろうとせず卯月に背を向けた。ふと再会した時の日向の泣き顔を思い出したため、気まずくなってしまったのだ)
卯月:待ちなさい!そ、その傷は……?血が出てるじゃないですか!
イド:兄やん、そないぎゃーぎゃーほたえなや。別に痛ない。ほっといたってどないもならへんねや。
卯月:え………痛くないんですか?仮にそうだとしても、せめて手当てしないと……
イド:別にかまん、死にやせんね……
卯月:そんな訳無いでしょう、馬鹿ですか貴方は!?いいからちょっと私の部屋に来なさい!
イド:!?そ、そろうどがいにすな!(ひ、日向より雑な奴だ…!)
(抵抗するイドを自室に連行した卯月。そのまま腹部の手当てを済ませた)
(まさか、この兄やんも医者だとは思わなかった。手荒いのは兄弟かわらず……か)
卯月:別に貴方が何度死んでしまおうが私にとってはさほど関係のない事です。
………ですが、そのせいでまた日向を泣かせてしまうのは望むところではありません。私にとっては、たった一人の兄弟ですから…
イド:(日向と同いで人の話を聞かんやっちゃやな…わしゃ死ねへん言うとるに)
卯月:日向は…貴方が命を落とした日から、毎夜一人で泣いてたんです。数年後、再び貴方に再会する頃には…自らの行いを悔い、心を閉ざしてしまっていた。
イド:………おまんは、わしが死ねへんと知っとったんか?
卯月:私は、貴方が不死の存在だとは思っていません。"何をもって死とみなすか"……その考えが貴方とは決定的に異なるからです。
イド:………ほぅ。
卯月:私は医師である立場上、肉体の死が即ち人の死である…と考えています。
私から見れば今の貴方は…日向と共に戦った人斬りではない、異なる存在。貴方に言わせれば肉体の死が直接の理由ではないのでしょう。
死を境に、何か大事なことを失ったのではありませんか?例えばそう、心の支えにしていた何かが…無くなっていたとか。
イド:……………(心の支え、か。近衛の解体はおろか…自らを処刑することすら叶わず。今更絶望などないと思ったが…逆なのか。
絶望の底に沈んで、感じない振りをしていただけ……?)
(イドは無言で自らの襟をを強く握る。久しく感じなかった"痛み"。あの日、手の内で息絶えた彼女を看取った時の…哀しみからきた感覚…
今になって、その"痛み"が……イドを襲った)
…………!くっ…
卯月:やはり…その傷の痛みを、ずっと我慢していたのですか?
イド:……………ちゃう。ちゃうんや…
わしが痛みを感じひんかったんは、ほんまや。人斬りになると決めた、あの日からずっとな…
痛みも、苦しみも…なんちゃ感じひなんだ。やのに、何で今更……こない痛むんや?
教えてくれ、医者の兄やん。この痛みは何のためにあるんや?
卯月:本来痛みと言うものは、生命維持機能に欠かせないもの。命を失う危険から身を守る防衛本能です。
我々医師は…治療の苦痛を取るため、或いは病状を緩和させるために…痛みを感じなくさせる薬を作り上げました。
ですが、常に痛みを感じなくさせるような事はしません。痛みがあるからこそ病気や怪我に気付き治療できる。だから生きるためには痛みを無くしてはいけないんです。
イド:(命を守る、防衛本能……か…)
卯月:ごく稀に、貴方のように痛みを感じない方もいらっしゃいます。疾病からくるものが多いようですが……今の貴方には当てはまらないようですね。
何故なら、疾病からくるものであれば治療もせずに痛みの感覚を回復させることは…不可能に近いと言わざるを得ないからです。
イド:ほならわしは…何しに痛むんや。わしの中で、何が起きたねや?
卯月:人の身体は不思議なもので、異常がなくても強い痛みを訴える症例が多数報告されています。そういう患者に共通していた特徴は…強い精神的負荷で、心が壊れかかっていたと言われています。
おそらく貴方は此方の症例に該当するのでしょう。今までは意図的に抑圧していた感情が、堰を切ったように溢れだした。
その影響から、感じることの無かった痛みも感じられるようになったのかも知れませんね。
痛みを感じることが恥だとは思わないでください。誰だって痛みや弱さを持っています、自分を守るために。
そしてその痛みを……日向はずっと背負っていたと認識してやってください。
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