既成事実さえ作ってしまえば
T県N市に、突如として出現した黒い穴。
そこから現れたのは、我々の常識を根本から覆す謎の集団だった。その謎の集団とは、
未知の生物。
得体の知れない力を使う軍隊。
人々をえっさほいさと連行する半固形の物体。
まるでファンタジーマンガに出てくる、異世界の魔王軍のような集団。
通常の兵器では効果が薄く、N市の壊滅は必至と思われ、市内の誰もが絶望の淵に立たされた。
しかし、そこに一筋の光が照らされた。
その光は瞬く間に人々の心に広がり、今や救世主として市民の目の前に降臨している。
それは炎を体に纏う、謎の少女。
その少女は世界でもトップクラスの国防力を誇る自衛隊すらも敵わなかった異世界の軍隊を瞬く間に殲滅し、N市とその住民を窮地から救ったのだ。
我々「産興新聞」もその少女の謎に迫っていきたいところであるが、目撃者の証言によると、「颯爽と現れたかと思うとすぐに敵をパパーッと倒しちゃって、どっかに消えちゃったんですよね(30代男性)」とのことであり、現在足がかりすらつかめない状況でいる。
可憐で、ホットで、行動はクールな炎の少女。その少女にの謎に興味惹かれぬ人などいやしないだろう。
「アァァアアア恥ずかしいぃぃいい!」
「うっさい! 今食事中なんだから静かにしろぉっ!」
朝、寮生活の高校生が住むアパートの一室に大声がこだまする。その声の主は、僕、赤羽弥生だ。
さて、この僕の横にいる––––––––、朝っぱらから大量の焼肉をすました顔で食べている炎の大精霊様とこの街を守るため
正直今でも慣れてないです。
つい先日街を襲ったあの異世界からの奇天烈軍団は、あの後もこりもせずにちょこちょこ現れては街の人を連れ去ろうとする。
そして僕は、そいつらから街を守るために彼女と契約をした。彼女が僕に憑依する形で、炎の力を僕に貸し与えるのだ。
で、ここで一つ問題が生じるんだけど。
その憑依をするために、
いわば街を助けに行く度に、
この大精霊様とキスをせざるを得なくなるわけだ。
正直精神的ダメージが半端じゃない。
僕は今まで、キスなんて好きな人と、然るべきシチュエーションでするものなんだって今まで思ってた。それがいきなり綺麗な人とはいえ、あって間も無い、かつまだよく人となりを知らない人とするなんて–––––––––、
恐ろしいまでの罪悪感。またはそれに近いものを感じる。
そんな感じで精神的ダメージがゴリゴリ蓄積されているところにまるで追い打ちをかけるかのごとく、今朝の朝刊のこの内容。
朝刊には目撃者が撮って、それを新聞社が入手したであろう写真が載せられている。それは彼女が憑依した後の僕自身に他ならない。
そこにははっきりと写っている。
真紅のワンピースを身に纏った、女の子の姿が。
彼女の姿に引っ張られて見た目が女の子と化している、僕自身が。
……死ぬほど恥ずかしいんだけど。
しかも撮られてるシーンが自分の吐いた爆炎が巻き起こした風で派手に服がなびいてる姿。特段人目を引きつける絵になってしまっている。
なるべく目立たないようにちゃちゃっと倒してトンズラしてるつもりだったのに……。こんな所で目立ってしまっていたなんて。
ただでさえあの姿を街の人に晒すのは恥ずかしかったのに、それがさらにこんな大衆の目につく所に置かれてしまったらなおさらで。
「ったく、2週間経つってのにいらん事でウジウジと……。ほんっと挨拶がわりくらいでしかないものなのに、何をそんなに躊躇ってんのかしら」
「いやだから文化上の違いからそうは思えないんだって」
「それに別に女性化してるのだって誰に気づかれてるわけでもないんでしょ? だったら恥ずかしいことなんてなんもないじゃない……ご馳走さま」
「いやそういう問題じゃ……って食べるの早ぁっ!?」
で、この元凶となった人はその人でこんな態度だし。恥じらいってもんが全くない。
そんでさっきまでこんもり皿に盛られてた肉がもうなくなってるんだけど。
まぁたしかに西洋ではハグやキスは挨拶がわりってどこかで聞いたことがあるし、アナタは恥ずかしくないかもしれないけどさ。
ここは日本だよ。
そして俺の気持ちってものを考慮してくれ。
そんなことを思っている間に洗面所から歯ブラシを擦る音が聞こえてくる。どうやら歯を磨きに言ったらしい。
–––––––全く、当たり前のように住み着いてるな。
まぁ行くあてもないだろうから別にいいけどさ。
異性とのキス、
女性化、
一つ屋根の下で生活、
正直、すぐ慣れろって方が無理な気が––––––––、
そう思って溜息を吐いた時、
地鳴りがした。
びっくりして窓を見ると、裏山の方に暗い穴が空いている。
その穴からわらわらと小さなドラゴンやらあのスライムもどきが湧き出ているのが遠目からでも見て取れる。
今日も今日とてやってきたのか。異世界人の侵攻が。
ああ、またか、それじゃあおそらく、
「敵ね。さ、とっとと行くわよ。規模的にはアンタでも余裕で対処できるレベルでしょ」
「……」
キス、そして、トランスの時間だ。
敵がいつくるか分かればまだ心の準備が出来るけど、いつも唐突に来るからなぁ。
また精神的ダメージが蓄積されるのか。また罵られても余計凹むし、今日は早く––––––––、
そう、心の中でぼやいて前に体を乗り出そうとした、その時。
「……嫌そうな顔するわね、ったくもう。だったらちょっとじっとしてなさいっ–––––––––!」
彼女の顔が、僕の目の前にグッと近づいてきて、そして––––––––––、
気付いた時にはもう、彼女と俺の唇が、触れ合っていた。
「!!!!!」
彼女は僕の顔を抑えて、
さらに唇を押し込んでくる。
突然のこと、かつ初めてのことで、電流が走ったかのような感覚が体全身を駆け巡る。
思考が、止まる。代わりに彼女の唇の感覚が全てを支配する。
僕の思考が停止している間に、光が全身を包んでいき–––––––––、
光が収束した。
『アンタがいつまでも慣れないってんなら、こっちから慣れさせるまでよ。ほら、トランスも済んだし、さっさと行くわよ』
「……いや、あ、あなたからキシュしても成立したの……?」
まだ、頭の混乱が治らずにいるためか、うまく呂律が回らない。
だって今まで僕から自発的にキスさせてたから、てっきり僕がキスしなきゃ彼女は僕に憑依しないもんだと……!
『契約したって既成事実さえ作っちゃえばどっちからキスしたっていいのよ本来は。で、どう? 少しは慣れたかしら?』
「うん、おかげで余計に悪化したよ」
『あんたねぇ……。羞恥心もここまでくると脱帽だわ。ま、取り敢えず今回もあいつらちゃちゃっと倒しに行きましょ。ほら、キビキビ動く!』
彼女とのキスの感覚が鮮明に蘇って、顔が真っ赤になってしまって、頭が真っ白になってしまうけれど、今はそれどころじゃないのだろう。
被害が拡大する前になんとかしなきゃ。そう思うことで、あの感覚を振り切ることに極力努めた。
……無理だったけど。
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