kiss and trance

二郎マコト

kiss and trance

「よし、ここなら誰の邪魔も入らないわね」


 ここはとある高校の体育館倉庫。人の気配は全くない。強いて言うなら外から人の叫び声が少し聞こえてくる程度だ。

 そんな所に男子と女子が2人、入って来た。ここに来るまでに走っていたためか、お互いに少し息を切らしながら。

 倉庫の中は電気がついていないため、少し薄暗い。窓から差し込む太陽の光だけが頼りのため、彼女の顔も少し薄暗く見える。


「さあ、とっとと覚悟決めて。ここまで来ればもうわかったでしょ? 」


 そう言って彼女は僕の顔を抑えて自分の顔を近づける。彼女の体重がお腹周りにかかって少し苦しい。

 彼女の真面目そうで綺麗な顔立ちをした顔が間近に迫る。

 世の中の男子を勘違いさせるような大胆な行動からは「真面目で綺麗な」なんて全く似合わないものだとは思うけど。



「わかった。わかったんだけどその、まだ心の準備が」

「アンタまだそんな事言ってる訳!? 羞恥心優先させてる場合じゃないでしょ!」


 彼女は苛立ちを隠せないのか、声を抑えつつも少し荒げる。

 これがラブコメなら神様も「YOU、やっちゃいなYO☆」なんていいながらサムズアップする程のシチュエーションなのだろう。うん、シチュは最高。

 でもお生憎様、ところがどっこいそうは問屋が卸さない。今はそんな状況じゃない。


 いや、外がそんな状況じゃないって言った方が近いか。


「このままじゃ街が–––––––ッ!!」


 彼女の言葉を阻むように、何かが馬鹿でかいものが叩き壊されるような音がした。地に響く程大きく、重い音だ。風とともに石の細かな破片がここまで飛んでくる。


 音のした方を振り向いて見えたもの、それは。

 無残にもぽっかり大きな穴が空いた倉庫の壁。そして、


「–––––––––––––––!!!!!」


 身の丈を超える大怪鳥が甲高い声で吠える姿。

 その鳥の背後にチラッと見えるのは、なんか丸っこいスライム状の物体に包まれ連行される町の人々。


「……………」


 カオス。絶句するまでにカオス。

 こんなカオスが外じゃものの15分は続いてる。急に真っ暗な穴がぽっかり空いたと思えばこいつらがわらわら沸いて出てきて、街を破壊し回って、今に至っている訳だけど。

 で、目の前の怪鳥は雄叫びを上げてこちらに向かって襲いかかってくる。

 けれど、


「ちっ!! 今取り込んでんだからぁっ、邪魔すんなバカ鳥ぃぃいいっ!」


 目の前の彼女が立ち上がり、炎を口から吹いて撃退する。

 怪鳥は怯んだのか、目を覆ってひっくり返ってジタバタもがいている。毛に火でもついたのだろうか。

 目の前の女の子が口から火を吹いた。この事実だけ見ると、なんのこっちゃこの状況って思うだろう。



 でも、彼女が炎の大精霊だとしたら、今の所業にも説明がつく。



 ……嘘だと思うけれど、本当のことだ。現に今も炎が彼女を中心にドーム状に、僕らを護るように包んでいる

 で、だ。その大精霊様が僕に何の用かというと、


「もうっ! だから早く……! ! 力を貸し渡すには口移しじゃないといけないんだってば!」


 キスして欲しいらしい。


 これを聞いた人はなんじゃそらって思うだろう。大丈夫僕もそうだから。目の前の大精霊様曰く、「3日後にやって来る異界人からこの地球を守るために天界から適正者のもとに送り込まれた」とのこと。しかし、下界に降りると自身の力が本来の半分にも満たなくなってしまうらしい。


 本来の力に極力近づけるためには、自身と適正のある人間の体にトランスするしかないらしい。で、そのトランスする方法っていうのが–––––––、


 口と口の接触、いわば「キス」だ。


 因みにこの話を持ちかけられたのが3日前。いきなり目の前が光ったかと思うとこの人が目の前に現れたもんだからびっくりしたのなんの。

 最初はそんな話半信半疑で今まで必死に逃げ回っていた。いくら綺麗とは言え、会ったばっかの好きでもない人間とするのは嫌だったから。

 まあ今日のこの一件で信じざるを得なくなってしまったが。三日後に異界人が襲って来るってことも当たってしまっていたわけだし。


「いやさっきの見たらあなた1人でも大丈夫な気が」

「ったく、あれ見なさいよバカ」


 でも、今のを見たら別にそんなことをしなくてもいいような気がしてきた。けど。

 彼女がくい、と顎でさした方をすいと見ると、あれまびっくり。さっきまでジタバタしてた鳥さんがもう回復してるじゃないですか。


「ジーザス(マジかよ)」

「だから言ったじゃない。私天界にいる時の2割も出せてないのよ? あいつらを倒すにはアンタにトランスして、力を貸すしかないんだって」


 さっき反撃を食らったからか、鳥はゆっくり、慎重にこちらへと向かって来る。

 このままじゃヤバイ。この炎の壁も、いつまで持つかわかったもんじゃない。

 やるしかないのか? でも、でも……、


「早くっ! このままじゃ貴方も私も死んじゃう……あっ……!」


 爆風とともに、覆っていた炎の壁がかき消されてしまう。

 見ると、鳥が僕たちを見下ろし、にんまりと笑った気がした。

 獲物を狩る側の目だ。確かに僕達を殺そうとしているのだろう。


 ああもう、南無三ってやつだ。

 覚悟を決めて、僕は、

 彼女の口を、自分の口で覆った。


「––––––––!」


 暖かい。人の温もりが口の周りを覆う。

 柔らかくて、暖かい。なんか不思議な感覚だ。

 彼女がそれに呼応するように、体を、唇をぐっと寄せて来る。


 その時、何かが僕の中に流れ込んでくる。

 力が、口から、体全身に流れ込んでくる–––––––––。

 眩い光が僕を覆う。輝いているのは彼女。彼女は光となって輝いて僕を包んでいく。

 暫く僕の周りで、光って輝いて––––––––収束した。


『炎の大精霊クリムソンとその適正者、赤羽 弥生との契約、恙なく完了しました……。 ってかねぇ! アンタ口と口の粘膜の接触ごときに時間かけすぎよ! もうすぐで死ぬとこだったじゃない!』

「いや口と口の粘膜の接触ってそんな風に捉えられるわけないでしょ……。文化の違いってやつだよ」


 なんだろう。力が湧いて来る、なんていう男なら滾る展開なのにこの遣る瀬無さ。なんだろう。

 まぁ初めては好きな相手と、なんて贅沢なこと言ってられる状況じゃなかったから仕方ないんだろうけど……。

 いつのまにか、隣にいた彼女の姿がない。振り返ってみると、うっすらと半透明になった大精霊様がいた。トランスって言ってたから、いま俺に憑依している形になるのだろうか。だから半透明になって見えていると。


 と、いうかだけど、

 自分の体の異変に今更ながらに気づく。


「僕の声、なんか高くなってない?」

『あー、それ、あとで説明するわ。いまそんなこと説明できる状況じゃないし』


 雄叫びが聞こえる。さっきの光で怯んでいたらしい怪鳥が怒り狂ったように叫んでいる。

 確かに悠長に話をできる状況下じゃなさそうだけど。


『取り敢えず私がさっきコイツにやってみせたようにやって。口から炎が出るイメージでやればできるから』

「そんないきなり……。こ、こんな感じかな?」


 口から炎が出るイメージを頭の中に浮かべながら息を強く吹くようにして吐いてみる。


 炎が口から出た。さっきのざっと10倍くらいの。

 その炎は僕の身の丈を優に超える鳥を包み、その炎が消えたときには、


 跡形も無くなっていた。


「うせやろ」

『ったく、何やってんのよ。私の力の5割くらいしか出せてないじゃない。まぁ今街にいる程度の奴らなら十分だけど……』

「ちょっと待ってこれで5割ってどういう………って」


 どんなチートだよ。そう言おうとした時、壁にはめ込まれた鏡に映る自分の姿が目に入った。ひび割れてるけど、別に使えなくなったわけではない。その証拠に、


 胸が大きくて、

 黒く、長い髪をなびかせて、

 綺麗で端正な顔立ちをした、

 女の子が写っていた。


 なお、これおそらく僕だ。


「ちょっと待ってこれ僕っ!?」

『? 何よ。別に驚くほどのことじゃないでしょ? 私の力を引き出して、貸してる形なんだから外見も私の姿に引っ張られることなんて考えられないわけじゃないでしょ』


 いや、確かにそう……なのかはわからないけど。

 でもそうじゃない。重要なのはそこじゃない。


「体が、縮んで……、それに、ありとあらゆるところが色々と変わりすぎて、服もすごい女の子らしくて……恥ずかしい……」

『ウジウジめんどくさい男ねぇ……、別に私がトランスしてる間だけなんだから別にどうってことないじゃないの』

「どうってことあるよ! 色々と!」


 これからこの姿で街に出るわけでしょ? それってあのモンスターたちを倒しに行くってことでしょ? そしたら人の目にめちゃくちゃつくわけじゃんか。

 恥ずかしいよ。色々と。理屈じゃなしに。


『うるっさいわねぇ! 慣れろ! これからたくさんこの姿になるんだから!』

「ちょっと待って。これ今回きりの話じゃ」

『んなわきゃないでしょバカ。そうじゃなきゃ私みたいな大精霊が派遣されるかっての。 ほら、街にいるスライムもどき供、片付けに行きなさい!』


 んな殺生な、って言いたくなるけど、きっと仕方がないことなんだろうな。僕じゃなかったとしても、他の誰かがこうなっていたんだろうし。


 慣れていくしかないのかなぁ。色々と。

 そう何か諦めに近いものを感じながら、体育館倉庫を出て、街へと向かう。

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