溜息は少女を殺す(6)
「じゃあ、案内をお願いしますね、
「はぁ」
せめて校内の見学だけはさせてくれないか、そう申し出た
あの……。
『クラス委員』ならまだしも『クラス委員長』って役職はないと思うんですけども。一体何処まで浸透してるんですか、『いいんちょ』って呼び名。
(おい、祥子ちゃん?)
(……はっ!?)
潜めた声で白兎さんに呼びかけられ、あたしは我を取り戻しました。
「じ、じゃあ、何処に行きますか? この中から選んでください」
「おいおいおい、ベタな恋愛ゲームの進行役じゃないんだからな」
壁に貼り付けられた校内案内図の前に立って尋ねるあたしに、白兎さんは人気がないことを確認してから素の口調に戻って言い放つと、呆れたように目を回してみせました。
「まずは祥子ちゃんのクラスに行こうか。このまま学校の中を案内してもらうにも、まずは先生に事情を話しておいた方がいいだろうし。問題の女の子も同じクラスなんだろう?」
「あっ、そうですね」
さすがに授業にも顔を出さずにぶらぶらと校内を歩き回っているのはまずいでしょう。今日の一限目は現国。担当するのは、生徒への指導に厳しいことで定評のある
「こ、こっちです」
辛うじて走らない程度にまで足を速め、白兎さんたちがちゃんと付いて来ているか確かめる余裕もなく三階の教室まで向かいます。ですが、最後の角を曲がり、何とか辿り着いたと思ったまさにその目の前で、鳴り響く本鈴とともに栄原先生が教室の戸を締めるのが見えました。
「ああ……!」
まずい。これは怒られてしまいます。
ですが、行かない訳にもいきません。
がらり。
「遅刻ですよ、嬉野さん!」
「す、すみませ――!」
慌てて口走ったところで、あたしと入れ替わるように白兎さんが一歩前に歩み出ました。
「あの。突然申し訳ございません。事情は私からご説明させていただきたいのですが?」
「はぁ? 貴方は一体どちら様なのですか?」
「私、こういう者です」
普段男性が校内にいることが珍しいこともあって、栄原先生は緊張した面持ちで用心しながら白兎さんの前まで近寄ると、微笑みとともに差し出された一枚の名刺を受け取りました。次の瞬間、ひゅっ、と息を呑む音が聴こえ、栄原先生は手の中の名刺と白兎さんの微笑みを何度も見比べます。あの名刺、一体何が書かれているんでしょうか。
「こ、こほん……で、ご事情というのはどのようなものなのでしょう?」
「実はですね――」
そこで白兎さんは、守衛室で武山さん相手にしたものと寸分違わない来訪の理由を述べました。そして、たまたまその場に居合わせたあたし――
「成程。ですが、ご事情というのは分かりましたけども……」
どうしたものか、とあたしの方に視線を泳がせた栄原先生の視界に再び割り込むようにして、白兎さんが最大級の微笑みを浮かべました。その途端、妙齢アラサー花の独身女性、栄原先生の口元が緩み、頬が微かに桃色に染まったのをあたしは見逃しませんでした。
堅物で有名な栄原先生のレアな表情を目撃してしまいましたよ、これ!
……あれ?
何故かあたしを見る目にそこはかとない嫉妬がこもっている気がしますけど。
……あれ?
「ほ、本来であれば、教師であるこの私がご案内すべきですが、そういったご事情では仕方がないですね。私もこれから授業がありますし……ここは嬉野さんにお任せしましょう。こほん! い、良いですね、嬉野さん? くれぐれも失礼のないように!」
「は、はい! 承知ツカマツリマシタ!」
とんだとばっちりです。若干キレ気味の栄原先生に一喝され、あたしはサムライのような口調で答えると、ぎこちなく一礼してから、しゃっ!と戸を締めました。
そのままの姿勢で固まっていると、頭上から白兎さんの含み笑いが落ちてきます。
「くくく。ま、とりあえずはこれで自由の身だな、祥子ちゃん」
「笑い事じゃないですってば、もう!」
失礼のないように!と釘を刺されてしまった手前、喰ってかかる訳にもいかず、あたしは仕方なく、ぶすーっ、と頬を膨らませました。
それにしても。
やっぱり白兎さんは
教室の中が静まり返り、栄原先生の良く通る声が聴こえ始めた頃、白兎さんはあたしを呼び寄せ、早速『案内』とやらをさせました。
「成程。あの窓側の空席が、問題の女の子の席って訳だな?」
「その周りも説明しておいた方が良いですよね? 五十嵐さんの前の超絶可愛い子が――」
「いいや。それはいい」
あれ?
調査の役に立つと思ったんですけど……。
まだ口を開けたままで納得が行っていないあたしに向かって白兎さんは言いました。
「その子、教室に入ってきて、誰ともロクに口もきかずにすぐに飛び降りちまったんだろ? だったら、クラスメイトはその『溜息の主』じゃない」
それもそうですね。
「じ、じゃあ、登校途中で出会った誰かに――」
「いや。そのセンも薄い」
あたしの咄嗟の思いつきを、白兎さんはあっさり首を振って否定してしまいました。
「その五十嵐さんとやらの自転車を漕ぐ速さは知らないが、追い抜いたり追い抜かれたりしたタイミングでわざわざ聴こえるように溜息吐くだなんて、そりゃ恋心云々ってより一〇〇パーセント悪意の塊じゃないか。書置きの内容を聞いた限りではそんな風には考えにくいだろ?」
「じゃあ、やっぱり……!」
「間違いない。ポイントは昇降口だ」
白兎さんは頷き、さっき見た光景を思い浮かべているようでした。
「祥子ちゃんのクラスと下駄箱が向かい合ってるのは……確か3―4だったよな? 早速その教室に行ってみよう。そこに『溜息の主』がいるかもしれないぜ?」
「はい! こっちです!」
そのままぺたぺたと上履きを鳴らしながら廊下を進み、あたしたちはさっきとは別の階段から三年生の教室がある二階へと降りていきました。
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