4-15 神々の宴
雪愛が一人驚いているとは別に、月歌とエノアは互いに両者一歩も動かず対峙していた。
「
エノアが呟く。その全身に青い炎が着火し、纏い始める。
轟々と揺らめく青炎。その奥に潜む瞳は灼熱のルビー。
「小娘……魔術師……お前……何者だ」
「申し遅れました。私は魔術機関東京支部にて特殊犯罪部門に所属する魔術師。名は皇月歌と言います」
「皇……」
「またの名は、あなた自身がよくご存知だと思います」
「知ってるよ神童――だろ?」
「はい」
エノアは電撃を纏う月歌の瞳を見つめた後、頬が不自然に引き攣っているのに気付く。
「ッ……皇……そうか。そうか。あの婆さんの……というかあのイカレ女、逃げられてんじゃねぇかよ」
エノアは笑わない。今までの『執着』は、何だったのかと。
エノアは嘲わない。氷雪? そんな奴より目の前にいる神童……こいつは、ヤバい。
エノアは嗤わない。奥底に眠る魂が呼びかけてくる―――こいつを今すぐ『殺せ』と。
じゃないと本気で神に――『殺される』と。
だがそれが逆に――エノアの心を躍らせた。
「
魂が震え、恐怖し、心の底から歓喜した。
「……」
月歌は一歩、二歩ゆっくりと前に踏み出す。
踏み出す度に電撃が弾け合う。
「……いい加減にしてください……あなたみたいな……あなたみたいな狂人が魔術なんて使うからッ!」
瞬間――
天から落雷の鉄槌がエノアに落ちる。
咄嗟にエノアは青炎を全身に被り、それをいなす。
たった今のやりとりで、普通なら自然災害レベルなのは、間違いないだろう。
たが二人にとって、そんな事は些細なことでしか無かった。
「おいおい神童。先から仲間とか正義とかそこで呆けてるクソ女と同じ事言ってるが、お前は違うだろう?
お前は知っている。本当の理不尽、そこで生まれる憎悪って奴を。お前は――
エノアの全身から溢れ出る青炎が、渦となって月歌に襲い掛かる。
「―――ッ」
それを全身に纏った雷撃が弾き飛ばす。
「確かに……私は仲間とか正義には疎いのかも知れません。今まで自分が何の為に、どうやって生きていくかで精一杯でしたから。でも最近、皆さんのお陰で少しずつ理解出来るようになってきました。それにあなたとは違う。あなたは、本当の理不尽を知らない」
「何ィ?」
「ある日両親や友達を無条件に全てを失う恐怖。絶望感。無意識に芽生える復讐心。それを知らないあなただから不必要な殺人を犯せる」
「フハハハハハ! 笑わせるなよ……それは一緒だろ。お前だって人を何人殺した? そこに正義はあるのか?
ククッ……教えてやろう――ねぇよ……在るのはただの自己保身だけだ。殺しに美学を求める輩でもなければだが、な」
「そうですね……。私は何人もの命をこの力で奪ってきました……。それを今更肯定するつもりもありません。
それでも私は――この術師世界に救われた。その中で何度も間違えを犯しました。でも、私にそれを間違いだと教えてくれる人達がいた。私に……人間としての心を残してくれる人達がいた。だから私は今日も前に進める! 魔術師として胸を張れる!
――それがあなたと私の違いです」
「だからそれが自己保身だろ。お前の言ってることは。ただ世の中を自分の良いように見て肯定する欺瞞でしかない。世の中は平等じゃない。力のない者は駆逐、淘汰される。それをお前はよーく知っているはずだ。なぁ、大震災の生き残り……神の童」
「なっ⁉ あなた私を……知っているのですか?」
「アタシがこの力を使えるのにお前を知らない訳ないだろう。ま、先程まで興味の欠片もなかったがな。でも気が変わった。お前の正義ズラを今ここで引き剥がしてやるよ」
刹那――空間が――青く燃えた。
メラメラと地面が青く燃える炎は、水平線に横たわる。まるで青い炎の海だ。
普通ならここでエノア以外の全てが、浄化され無に帰す。しかし雷撃の鎧を纏った月歌と雪愛は、浄化されなかった。
「さぁ、神々の宴と行こうかぁ……神童ッ!」
「あなたとは何を話しても無駄なのでしょうね」
月歌はすうっーと息を吸いあげ、天に右掌を伸ばす。
そして、ゆっくりと息を吐いた。
「雷霆よ――」
呼応に応じて右掌に激しい雷――雷霆が具現化する。
「ハァア!」
月歌は雷霆を一振りした。たったその一工程のみで空間が裂けるような稲妻がエノアを襲う。
「浄化せよ――」
瞬間――
地面に燃え滾る青炎が、高圧力の稲妻を燃やし無に帰した。
「今度はこっちの番だ!」
パチィンッ! と指を鳴らす音が空間に木霊する。
ガタガタと空間が震え始めた。地面で蠢く青炎がエノアを高所へと運んでいく。
「やれ!」
号令のあと、青炎に任王立ちするエノアが高所からジェットコースターのように急降下し、月歌に直撃する。
月歌は皮膚さえ溶かしきってしまう青炎の波に飲み込まれてしまった。
「月歌ちゃん――⁉」
波を通過したその場所には、何も残っていなかった。肉片どころか骨一つも。
雪愛の叫びだけ虚しく残る。
しかしエノアは何かに気付いたのか、舌打ちをしながら上空を見上げていた。
「同調、強化――
エノアが見つめる遥か上空には、雷霆を弾かせながら空に浮かぶ月歌がいた。
空間の
まるでそれは天空の支配者。
圧倒的高所から見据えるその瞳には、世界を裁く神眼を備えている。
パチリ、と月歌は一度だけ、瞬きをした。
目尻に紫電が弾ける。
瞬間――
天から雷霆の落雷が、雨の如く怒涛のように降り注いだ。
青炎に包まれた地面は、容赦なく抉れていく。
エノアはそれに対し――
「火天よ――」
全身から湧き出る化身を出現させた。
鬼のような顔をしたその半身だけの化身は、長い頭髪を靡かせ、全身を青炎で形成している。
だが口周りだけが青炎とは少し違っで黄金の
その顎が大きく開かれた。
そこから伸びる黄金の七枚舌は、うねりながら落雷を舐めるように搔き集め、食し始めた。
ゴクリ。
「なっ?」
雪愛はその光景をまじまじと見ていた。
エノアの化身がムクムクと膨れ上がっていくのを……。
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