4-8 童男殺しの正体


「へぇ……そこまで自信満々に言うのだから根拠はあるのでしょうね?」

「お前と初めて出会った時から違和感はあったさ。

 私はあの日、娘の誕生日パーティーがあるからと言ったのに対し、お前は何の迷いもなく響希にお姉さんと告げていた。最初はただ単に、響希が勝手に言いふらしていただけだと思っていたが、どうやらお前は響希とはそんなに会話する事は無かったらしいな。

 最初から月歌の事を知っていたとなるとお前は、魔術師ないしその他の術師の可能性が高い」

「ちょっと、そんな理屈で私を犯人扱いされても困るんですけど?」

「そうだな……他にも山ほど怪しい点はあるさ。まずはたかが児童養護施設に異様な数の結界。門扉前の白い灰。もう話すのも面倒だな。単刀直入に――お前……九年前に私に会っているな。あと

「は?」

「名前も変えてるし、おまけに容姿事態も変わってるから気付くのが遅くなった。けどお前の召霊術見て確信したよ」

 響子はジッと花枝を睨んだ。

「なぁ――――宮下リリーナ」

「えっ?」

 月歌は目をあまりの衝撃に目を見張る。

「へぇ……そこまで分かってるんだ?」

「分かってしまえば馬鹿らしくなるくらいに単純だったよ。私も母に言われるまで気付かなかった。今回の事件に関わった人物達の過去半年分のデータを、分かる範囲で調べ直した。その中にはもちろん、亡くなったであろう魔術機関に所属する宮下夫妻もな。

 そこで調べていくうちにお前の出勤データに目が止まってな。三ヶ月程前から落ち始めていることに気づいたんだ。そう、お前が舞咲おひさま学園に就任し始めた時期と同じだよ」

「フフッ……案外マメなのね。そうねぇ……旦那には死んでもらったわ。だって」

「お前は旦那とは違う意味で――人間術の在り方を探している」

「フ、フフッ……面白いわね。そこまで分かってるのね。感心するわ」

「いや目的までは分からんさ。でもお前は性魔術に走った。最初は活性化させた他人の血を、次に若い血を欲した。だが到達出来なかった。そんな所だろう」

 ジッと花枝は響子の瞳を見つめていた。

「目的は何だ宮下リリーナ? 人間術に何を求める」

「……フフ……フフッ……何も。それに今の私はもう花枝紗百合よ。ただ美しい神秘へ至りたいだけの女。権力争いや派閥抗争にご執心な旦那や、腐りきった術師世界には興味無いの、私」

「フッ……お前は今時珍しい部類だよ。純粋にただ術を追い求める。自身の、他人の犠牲を顧みない。お前は間違ってないよ……何も」

「へぇ……さすが皇の魔術師ね。話が分かる人って私好きよ」

「でもな……お前は道を踏み間違えた」

「は?」

「皇の者に手を出した。響希の大切な友に手をかけた。私の可愛い部下を今も殺そうとしている。それがお前の大罪だよ……童男殺しチルドレンマーダー

「……少し五月蝿いわね……フフ、フフッ……やっと分かったわ。あなたが何故、皇家当主にして未だ人間術を扱えず、六年前に暴走した出来損ないか!」

 瞬間――

 寝転んでいた月歌が立ち上がり、魔棒剣を握りしめ花枝に襲い掛かる。

 魔力マギアフォースを吸った魔棒剣が、赤光の刀身を瞬時に編み上げ、生成されていく。

「ヤァアアア!」

 しかし、鋭い斬撃が花枝に接触する前に、再び月歌の身体は自由を奪われ、壁に突き飛ばされた。

「アッヅ⁉」

「無駄よ。だって私、あなたの大事なモノ奪ってしまったから」

 花枝は胸の谷間に人差し指と中指を突っ込み、ソレを取り出した。

 響子は薄緑色の光を両眼に灯らせ、身体強化を施す。

「チッ」

 ソレを見て軽く舌打ちした。

「隊長すいません……多分、私の髪の毛です。さっき山田さんに一度だけ触れられました」

 対象者の身近な物に感染し呪う。それを感染呪術、または感染魔術と呼ぶ。

 爪や髪、歯、又はその者が愛用していた服や武器でも代用でき、そこに宿った霊力スピリットフォース魔気エーテルと繋ぎ合わせ呪う。典型的な召霊術師の戦法だ。

「はーい正解。だからあなたは大人しくしてなさいね~」

「クッ……」

 月歌は奥歯をギリっと嚙みしめ、ジッと花枝を睨み付ける。

「花枝……何が目的だ」

「あら、もう分かってるでしょう? 術斎の場所を教えなさい。ここって無駄に広い癖に全然見つからないんだもの……」

「言っておくがお前の欲しい情報は無いぞ」

「ふーん。それはあなたが決めることじゃなくて私が決めることよ」

「そうか……なら一番手っ取り早く教えてやるよ。喜べ、六年振りの特等席だよお前」

「どういう意味かしら?」

 響子はそう言って赤渕メガネを外す。もう片方の親指を強く噛んだ。

「えっ……隊長」

「無駄無駄。だってあなた使えないんでしょ。フフッ……強がりも程々にしなさいな」

「いいか月歌、お前は神司と雪愛の元へ行け。あと宮田さんを頼む」

「はぁ? あなた聞いてたの? そこの娘は私が――⁉」

 そこで花枝は響子の目尻から血が溢れ出すのを見た。

 同時に『身体強化』魔術で強化された響子の瞳から薄緑の色が失せていく……。

 やがてその瞳は、本来の薄茶色ではなく、じわじわと紅に染まっていった。

 そして何よりも、大気中の魔気エーテルが過剰な程、響子に引き付けられている事を感じていた。

「な、なにこの魔気エーテルの誘導……これが、本当に……これが」

 花枝は余裕の表情から一変、頬を引き攣りながら響子を見ていた。

「……ウゥゥ……ハァァ……」

 項垂れるように背を丸める響子。

 ポツ、ポツ、と瞳から零れ落ちる血涙。

 ボタッ……ボタッっと親指から床を打つように落ちる血流。

「嘘……嘘よ、こんなの噓。私は認めない。こんな、こんな簡単に……こんな神秘の欠片もない事なんてあってたまるものですか!」

「認めろ花枝ッ‼」

 響子の声が客室に木霊する。

「まぁこれでも……私は……不完全の紛い物だ……でもな、教えといてやるよ。人間術はただ自身の血を、血力ブラッドフォースを、触媒に、魔気エーテルを誘導する……誘導感応術であり……」

「そんなの知ってるわ! でも、だって」

「使えなかったんだろう……じゃあそれが答えだよ。ガキでも分かることだ、自身の体内に何の魔気エーテル血管が開いていて、何の術が使えるかなんて」

「五月蝿い‼」

 取り乱した花枝は、右手を前に、闇色の弾丸を生成し、撃ち抜いた。

 響子は眼を閉じて、闇弾が直撃する寸前、コンマ0.五秒だけ身体を動かして避ける。

「世界中を探してもまだ人間術をまともに開花させた術師なんてこの現代にはいないわ! だから、だから私が最初に」

「お前ひょっとして勘違いしてたんじゃないか? 人間術は単純なんだよ。自身の血を触媒にするから、よく吸着感応術と勘違いする奴がいるがな……」

「黙れ! 知ったふうに口にしないでッ!」

 何度も、何度も花枝は闇弾を生成して撃ち続けた。

「本来、お前みたいな三流女に使っていい術じゃないんだよ……」

「五月蝿い、五月蝿いッ!」

 その一連の流れを傍観していた月歌は、昔こっそりと響子の術斎に忍び込んだ時の事を思い出していた。

 そこで読んだ一冊の本の文節を無意識に漏らしていた。

「人間術は――純粋故に、神を滅ぼす者なり。原初の人間にして世界を創造し、消えさる存在。時代の転換、神代の力、破滅の狭間、来たるべき時代に原初の人間あり」

「ハァ……ハァハァ……ハァ」

 肩で息をする花枝は、額の汗を拭った。

 響子は右手を前に伸ばし、手を開く。

「花枝……いいか。お前は真の原初へは至れない……無論、母や私ですらも……それは、時代が選ぶ」

「黙りなさい‼」

 途端、花枝の身体が浮いた。というより自由を奪われた。瞬間、磁力に引き付けられるように響子の伸ばされた手に引っ張られた。

「キャア‼」

 強制的に引きつけられた花枝の胸元に腕を突っ込む響子。その耳元で囁いた。

「第六感『磁覚』……お前も一度くらい耳にしたことあるだろう?」

 響子は月歌の髪の毛を取り出し、空いていた左の拳を花枝の顔面に殴り付けた。

 花枝は客室を突き抜け、大廊下へと吹っ飛ばされた。

「隊長!」

 自由になった月歌は心配そうな表情で響子の元へ駆けた。

 血だらけの眼で響子は月歌を見る。

「月歌―――――ここは私に任せろ」

「で、でも……」

「エノア・アトレアを倒すには、必ずお前の力がいる」

 そう言って、響子はポケットにしまっていた自身の赤渕メガネを月歌に掛けた。

「うん……よく似合ってる。可愛いよ月歌」

「お母……さん……」

「大丈夫……ちょうどメガネ変えようかと思っていたんだ。それやるよ。誕生日プレゼント。まだあげてなかっただろ。それ実は特注品だから……大事にしなさい」

 嘘だ、月歌はそう思った。

 その時――花枝が吹っ飛ばされた先から、闇の暴風が襲いかかってきた。

「行け月歌!」

 響子は薔薇杖を取り出し、魔力マギアフォースを流し込む。

 白薔薇は二メートル程に巨大化し、傘のように闇の暴風を受け止めた。

「響希を頼む……」

「……うん」

 月歌は宮田を抱え、二階の窓を突き破り、夜の森を疾走して行く……。

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