神話術師と童男殺し

文鷹 散宝

一日目 六月八日

0-1 人間になりたがった神の童α


 そこに希望の光は――無い。

  そこに在るのはただ――絶望だけ。


 黒雲が日中の空を埋め尽くす。

 燃える火種。昇華する火花。

 土と埃。血と涙。大声と悲鳴。

 驚愕、不安、恐怖。


 高層マンションが、瓦礫の山となって崩れる。

 崩れた先にいるのは、小さな少女わたし

 少女わたしは、その光景をただボーっと眺めていた。何を考えるでもなく。正確には、考える暇もなく。


 おとうさん。おかあさん。

 いつも私を第一に考えてくれて、優しくて大切にしてくれた。

 私もそんな二人がとても大好きだった。

 少なくとも当時九歳だった私は、そうやって『シアワセ』は、長く続いていくものだと思っていた。

 確信に近い希望的観測だったのかもしれない。

 今思えば何故そのように安易的に信じられたのだろうか。

 そんな『シアワセ』は、地面が大きく揺れるだけで、簡単に無へと変えてしまう脆い時間だっただけなのに。


 ―――街が燃えていた。

 熱かった。暑かった。


 ―――人があちこちで倒れている。

 怖かった。悲しかった。


 ―――頭から生暖かい血が流れた。

 痛かった。気持ち悪かった。ボーっとした。


 ―――おとうさん、おかあさんが…………動かなかった。

 分からなかった感情が。


 ―――分からなかったから覚束ない足で助けを求めた。

 もう限界で私は倒れてしまった。


 ―――皆自分の事に必死で、その中に佇む女の人がいた。

 怒っているのか、悲しいのか、両方が混ざったような顔だった。


 ―――女の人は「一体誰が、こんなこと……」と呟いていた。

 意味が分からかった。


 ―――女の人が私に気付いた。

 血だらけの私を見て驚いていた。


 ―――女の人は私をじっくりと観察する。

 痺れる手足がバチバチッと音を立てる。


 ―――やがて女の人が私に手を差し伸べてくる。

 今ならまだ私を救えると言っていた。


 ――――私は―――。



 ――――――『※※※※』と言った。


 黒雲が唸りを上げる。

  稲妻の轟音。

   紫電の閃光。

 天界の導きは、少女わたしの運命を――天秤に掛ける。

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