4-2 負の連鎖


「……そう、だったのですね……すいません。無神経なことを聞いてしまって」

 大方の事情を聞いた月歌は、俯き続ける雪愛を見て思う。雪愛の過去は、予想以上に驚きの連続だった。

 月歌から見た雪愛は、いつもふわふわしてて、どこか抜けていて、でも魔術の才能に関しては一際飛びぬけていて、優しいお姉さんのようだったから。

 確かに『天七位:魔女』の階位を持つ雪愛がどうして五年もこの特殊犯罪部門に居るのか、月歌はずっと不思議に思っていた。

「ううん、いいの。月歌ちゃんには、いつか、話そうって思っていたから」

 雪愛の震える口元から、零れる言葉は、恐怖が入り混じっている。

「隊長すいません……一ついいですか?」

「どうした?」

「もしかして雪愛さんって……もうそろそろ特殊犯罪部門に居られないんじゃないでしょうか?」

「――っ⁉」

 肩をビクンとさせた出夢。

「ったく……月歌の勘の良さは一級品だな」

「いえ、別に。誰だって気付きますよ」

 月歌は謙遜でもなく、本心からそう言った。

「どう考えても雪愛さんは、精鋭部門に居なくてはいけない人員です。それが五年以上も最前線から離れるっていうのは、隊長のお陰と上層部が雪愛さんを配慮してのことかなと。けどもうそれも限界なんじゃないかな、と。現に私も……いえ何でもないです」

「ほう……月歌。その言い方だとこの事件の異変に早速気付いたか」

「はい。これは憶測の域を出ませんが、私は先程まで上層部が宮下夫妻行方不明の事件を特殊犯罪部門に任命したのは、単に皇家の秘術繋がりだけだと思っていました。でも、NY支部の火焔の魔女が出てきた。それって……雪愛さんを再起させるか――それとも殺すかを見極めるつもりなのかと」

「噓……だろ」

 出夢は驚愕の表情で月歌と黙ってそれを聞いている響子を見た。

「恐らく火焔の魔女もといエノア・アトレアである本人は、そのことを知らないでしょう。単に雪愛さんと五年前の勝負にケリをつけたいだけだと」

「月歌はそれをどう見る」

「…………エノア・アトレアが五年という歳月の中で力のきっかけを与えた者、又は独立組織が裏にいるのでしょう。今回のとある術を追い求めている童男殺しチルドレンマーダーを含む、独立組織をエノア・アトレアに紹介した者が魔術機関の中にいる……所でしょうか」

「……………」

 室内には、しばらくの間、沈黙が支配した。


 ***


 時刻は午後十七時半。

 あれから事件の真相に近づいたものの、結局のところ、特殊犯罪部門に今回与えられた任務は、宮下夫妻の行方不明の詳細調査のみだった。

 そのままどうする事も出来ず、ただ重い空気が流れたまま時だけが過ぎていった。

 だが皆がして同じことを胸の裡で思っていた。

 ――このまま終わるはずがない。と。

 そうして就業時間が終了間際、響子のスマートフォンが鳴った。

「はい、もしもし。特殊犯罪部門隊長の皇です。―――――えっ」

 数分間、電話は続いた。

「…………はい。そうですか。分かりました。ありがとうございます。失礼します」

 月歌、出夢、雪愛の三人が響子を一斉に見た。

 響子もそれを分かってか、席を立ち、重そうな口を開いた。

「…………三件目だ。先程、白骨遺体が川で見つかったそうだ――」


 ***


 時刻は午後十九時過ぎ。

 あれから続々と事務管理部門から細かい詳細情報が知らされた。

 一件目、二件目と同様に子供の白骨遺体ということ。

 その手段、犯人も同様に分かっていないということ。

 だが、一つだけ、今までと違ったことがあった。

「見つかった白骨遺体には、タンポポの茎と花弁が巻き付けられていたらしい」

「「えっ⁉」」

 それに反応したのは、月歌と雪愛。二人は知っていた。

 響希が腕にそれと同じようなモノを巻き付けていたのを。

 だが二人は知らない。

 あれは、響希だけが付けていたという訳ではないことを。

「響希と同じ奴を…………翔太君も付けていた」

「翔太君も……ですか」

「ああ……身元はまだ分かっていないが、事務管理部門が調べたところによると、翔太君を養子として引き取る家が前々から手続きされていたらしく、それが本日成立されたらしい……表向きは、な」

「クソッ!」

 出夢はやりきれない様子で部屋を出ようとする。

「何処に行く神司⁉」

「ちょっと飲み物買ってくるだけですよ」

 そう言って出夢は、酷く憤りながら部屋を出ていった。

 響子はあれからすぐさま家に電話を掛け、その胸の裡の厭な予感が的中した。

 電話に出たのは、使用人の宮田さんだったのだ。

 響希は、いつも一度学校が終われば洋館に戻り、そこから遊びに行くのだが、今日は学校へ行ったきり帰ってこずで、響希のお世話担当の田中さんが探しに出掛けた。

 だが問題は、連鎖的に立て続けに起こる。

 その田中さんも連絡が取れなくなったらしい。

「私が探してきます隊長!」

 月歌はショルダーバッグを背負いながら告げる。

「待て、月歌。響希と田中さんが向かった場所は、恐らく舞咲おひさま学園だろう。それに私達の任務は、宮下夫妻の捜索任務であって、童男殺しチルドレンマーダーでは無い。

 今私達が勝手に動けば上層部が黙っていない」

「でもっ!」

 こんな時でも響子は、一際、冷静だった。

「「―――――っ⁉」」

 そんな時だった。

 突然、月歌のスマートフォンが振動し、響子のスマートフォンも鳴る。

「宮田……さん?」

「田中……さん、無事だったのか?」

 そのまま二人は、通話ボタンをタップする。


 ーーー


「――もしもし、月歌です」

『月歌様のお電話でしょうか。わたくしです、宮田でございます。当主にお電話が繋がりませんでしたので、突然のお電話お許しくださいませ』

 月歌は、やけに宮田さんの声が小さく、ひそひそとした物言いに違和感を覚える。

「宮田さん、どうかしたの?」

「…………月歌様……大変申し訳ございません……皇邸が何者かによって占拠されてしまいました――」

 ノイズが走った

「えっ――⁉ 宮田さん⁉」

「結界――が、破――さ――月――か――ま――」

「大丈夫宮田さん⁉」

 そこで宮田さんとの通話は、途絶えた。


 ーーー


「――田中さん、無事か?」

『……当主、申し訳ございません。響希様は、今の所ご無事でございます。

 ですが私と響希様は、舞咲おひさま学園の施設内に閉じ込められてしまいました……赤髪の女魔術師です』

「……田中さん、ありがとう。響希をそのまま宜しく。あともう無理はするな――もし何かあっても魔術師には逆らわず、言うことを聞くこと。後は――」

 電話越しにノイズが走る。

「うん? 田中さん、何があった⁉」

「当――響希さ――ま――返し――ば――氷―――魔――こ――って―――――」

 そこで、田中さんとの通話は、途絶えた。

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