2-6 術師世界の摂理


「全く……誰が娘さんを気切するまでぶっ飛ばせと言ったんだ……」

 急いで駆けつけて来た響子は、ボロボロになった少女が眠るベッドを横目に溜息を漏らす。

「…………すいません、隊長……」

 月歌は酷く落ち込んでいるのか、ずっと目線は下を向いたままだ。

「き、響子隊長、あまり月歌ちゃんだけを責めないでやって下さい……」

「いや、雪愛……お前もだ! ったく、拘束はお前の得意分野だろ? いくら魔術を使うと言っても一般者だぞ。他に幾らでも対処の仕様があったんじゃないのか?」

「うぐ……でもでも、リアーナさん凄い興奮状態だったんですよ? それに私まで手を出したら大怪我しちゃいかねませんし……」

「はぁ……暴れている者を殺さずに捕獲するのは確かに難しい。特に術を使う相手なら尚更だ。仕方ないか……何て言って済まされると思ってるのか?」

「……はい。すいません……」

 雪愛も同じく酷く落ち込んで、下を向いてしまう。

 ここは宮下夫妻とその娘のリアーナが住む一軒家の一室で、恐らくリアーナの部屋だろうと雪愛と月歌が運び込んだ。

 決して女の子らしいとは言えないが、壁に張られたポスターには月面に立つ宇宙飛行士が写っていたり、惑星模型が並んでいたり、専門書ばりの天文学書が幾つも並んでいる所を見ると、天体や宇宙に興味があるのがよく分かる部屋だった。

 因みに鍵は、リアーナのバッグから仕方なく拝借した次第だ。

「まぁまぁ響子さん。娘さんも生きてることだし、二人共一般者には、影響を及ぼしてないみたいなんだから、ここは俺の顔に免じて大目に見てやってくださいよ」

 出夢が二人を先輩らしく庇ってやるも。

「お前のツラに免じる程の功績は、ない!」

「アハハ…………またまた御冗談を……」

「……いや。本気だから」

「響子隊長の言う通りだと思います」

「は……え、雪愛? 何で、今俺先輩らしく庇ってたよね?」

「月歌ちゃんもそう思うよね?」

「……はい。すいません出夢先輩……」

「ハイこいつら大先輩のフォロー裏切りやがったあぁあああ!」

 今度は出夢が酷く落ち込んで、ぶつぶつと呟きながら下を向いた。

 響子は眠るリアーナの朗らかな顔を見つめ、橙色の前髪を掻きあげる。

「まぁ……一般者相手に雪愛と月歌がここまでしなくちゃいけない、というのが異常だという事も理解している。何があった?」

 響子の言葉に月歌と雪愛は、互いに顔を見合わせ、月歌が口を開く。

「…………リアーナさんは、血を飲みました」

「―――っ⁉」

 響子は珍しく驚いたのか、赤渕メガネのフレームに手を触れた。

「それは本当なのか雪愛?」

「はい、自身の親指を噛みちぎって……」

 雪愛の真剣な眼差しを見て、響子はリアーナの指を探り、そこに噛み痕が残っているのを確認した。

「月歌……昔に一度、この娘と会った事があるのは覚えているか?」

「えっ⁉」

「やはり忘れているか。ちょうど十歳の頃だ」

「すいません……全然記憶にありません」

「まぁ無理もないか。もう九年も経つからな。お前達も知っての通り、皇の家系には少々特殊な術の言い伝えがあるからな。その情報を求めて宮下夫妻は、まだ欧米に住んでいる頃にこの娘と一度皇邸を訪れているんだ」

「それって……やっぱり」

 雪愛は驚いたように言葉を漏らす。

 響子は顎に手を置きながら、部屋の中をウロウロと歩き出した。

「ああ…………そうか。今回の事件。少し、見えてきたな」


 ***


 あれから宮下家を調べ回った四人は、もう一つの事実を知った。

 宮下家の一軒家には【結界屋】が作ったであろう護符の結界が一つと、恐らく夫妻が共同で使用している三重の結界が張られた術斎を発見した。

 そこまでは特に異変というものも無かったのだが、念の為に響子は、出夢に結界を解除させて、ダメもとで術斎に入ろうと試みた。

 結果、案外素直に入れてしまった。

 基本的に魔術師は、結界屋に結界を張ってもらい術斎には、独自の魔力マギアフォースで『魔力マギアロック』を掛けるのがセオリーだ。

 勿論、極稀に魔力マギアロックを掛けない魔術師もいるが、宮下夫妻は特殊な術を追い求めてまで日本にわざわざ転勤してきたのだ。それを鑑みて魔力マギアロックをしていない、というのは些か変である。そもそも魔力マギアロックをしないのなら、高額を支払ってまで結界だけを張る意味もない。

 ここまでの情報で知り得た事は、結界屋が張った結界は継続されていて、宮下夫妻が掛けた魔力マギアロックだけが解除されていた。

 つまりこれが意味する事は、宮下夫妻の『死』そのものだった。


 響子達は眠り続けるリアーナに起きたら魔術機関『事務管理部門』に連絡するようにという置手紙を残し、宮下家を去った。

 魔術師を両親に持つ子は、親が任務中に亡くなるのはそう珍しい事ではない。

 だからといって見過ごすのも一般者を変に巻き込みかねないという事で、一時的に事務管理部門が、魔術師家系の養子先を決めるまで保護するというシステムになっている。

 ただ娘のリアーナは高校三年生なので、魔術師としてなら一人で生きていけない年齢でもない。雪愛や月歌のように、十六歳から魔術機関に所属している例も当たり前に存在する。

 リアーナがこれからどうするか、それは彼女自身で決めなくてはいけない。

 一般者の世界からすれば厳しい状況かもしれないが、術師世界ではこの摂理が――常識である。


 ***


 一度本部に戻った特殊犯罪部門のメンバーの一行は、明日が休日という事も踏まえ、今日中に調査報告を兼ねたディスカッションを行っていた。

 まず、行方不明だった宮下夫妻が死亡していたこと。

 そして宮下夫妻の遺体が、未だ見つかっていないということ。

『誰が』殺したのか。

『どのような手段で』殺されたのか。

『どういった動機で』殺されたのか。

 まだ何も分からないということ。

 手掛かりになるかどうかは不明だが、翔太君が言った『青い火の玉』という単語鍵キーワードが、宮下夫妻との連絡がつかなくなった時間と、唯一結び付く可能性があるかもしれないということだった。

「……でも、青い火の玉なんて魔術ありますか?」

 首を傾げながら疑問を口にするのは、はしなが

「基本の属性魔術では、火は赤いはずです。でも式区を応用すれば……いや、それだけ珍しいならもっと有名になっていてもおかしくありません。それに魔術以外の視野で考えれば、あり得ない事もありません」

 コーヒーを啜りつつ、生真面目に答えるのは、すめらぎ月歌つきか

「いやいや、普通に考えて子供が寝ぼけて見た幻覚って可能性が高くねぇか?」

 週刊少年誌の漫画を読みながら適当に答えるのは、神司かみつか出夢いずむ

「確かに翔太君が言った『青い火の玉』は、些か信用性に欠けるのも事実。それよりも宮下夫妻が死んでいたという事実が分かった以上、遺体が見つからないのはどういう事か……」

 赤渕メガネをクイっと持ち上げ、クリアな声で滔々と答えるのは、すめらぎ響子きょうこ

「宮下夫妻は、戦闘行為をする以前に拉致され、術師の術斎にて始末された。とかどうでしょうか?」

 月歌の返しに悩むように顎を手に置き、思考に耽る響子。

「そうだな……舞咲おひさま学園の施設にある一部強力な結界の場所は恐らく、術斎か何かしらの工房だろう。ただ他にもう一つ気になる点があって、それは宮下夫妻の任務内容についてだ」

「えっ、どこか変な所なんてありますか?」

 雪愛は傾げていた首を今度は逆に傾げる。

「―――あっ。なるほど」

 月歌が理解するのを見た雪愛は、益々訳が分からなくなって、首を左右に連続で傾けた。

 それと同時に出夢は、読み終わった週刊少年誌の漫画をパタリと閉じた。

「あれだろ、宮下夫妻が任命された任務は、施設周辺の様子を観察するだけの詮索任務であって、何も自分達から突入する訳でもなかった。そのまま数時間、何も無ければ解散する予定だった。

 もし俺が童男殺しチルドレンマーダーだったら、宮下夫妻が帰るまでは何もしない。変に勘付かれるのは、出来るだけ避けたいからな」

 突然喋り出した出夢に、「出夢先輩が童男殺しチルドレンマーダー……気持ち悪いですね」と、雪愛は軽蔑の眼差しを向けながら小言を吐いた。

「そういうことだ。つまり宮下夫妻を殺害する事は、魔術機関を相手にする事にも繋がる。それがどれだけ面倒な事か。分からない術師はそうそういないだろう」

「じゃあ何で童男殺しチルドレンマーダーは、宮下夫妻を殺害したんですか? あ、よっぽど自分の腕に自信があったとか? それとも凄い強靭な後ろ支えバックが控えているとかですか?」

「それは今の所は不明だ。それに童男殺しチルドレンマーダーが夫妻を殺害したとは限らない。そこで、次に鍵となるのが、

 という所だ」

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