2-4 現場調査②~月歌&雪愛~
月歌と雪愛は、本部から徒歩ニ十分程にある住宅街へ赴いていた。
ここらの住宅街は舞咲市とは真逆の西にあり、米軍基地が隣接している影響で外国人向けの住宅街が立ち並ぶ。
「えーと確かこの辺だよね月歌ちゃん?」
「はい。もうすぐだったはずです。あ、あれです。ありました」
月歌が指を指した一軒家は、三角屋根に白色の塗装が施され、横窓も多く見える。右側に備えられたガレージ付きのシャッターは、欧米風住宅街をより強く感じさせる。前庭には整えられた芝生に、郵便ポストもあった。
「何か海外ドラマとかでよく見る家だよね~」
雪愛が呆けるように家全体を見まわしている。
「雪愛さんそこでボーっとしてないで、ほら早く行きますよ」
月歌はいつの間にか玄関前でチャイムを鳴らしている。数回ほどチャイムを鳴らしたものの返事はない。
「娘さんまだ学校に行っているのでしょうか?」
「流石にそれはないよ月歌ちゃん。だって両親が行方不明なんだよ?」
「まぁ……そうですけど。魔術師の娘なら一日二日、両親が家に帰ってこないなんて、慣れているのが普通だと思いますけど……」
「……そう、かもしれないけど。あ」
雪愛が月歌の後ろ側から見た人影を指差した。
月歌も何事かと振り返る。
「……誰ですか? 家に何かようですか?」
二人を訝しげに見やるのは女子高生。少女の髪は、赤毛が入り混じった橙色の髪を腰辺りまで伸ばしている。
校内指定と思われる青のブレザーには、金の校章が胸元辺りで目立ち、首元にある緑のリボンは緩められている。
プリーツスカートは、自分で細工したのかミニスカート程の丈になっていて、二○三十八年になった現在であろうと女子高生の着崩しは、いつになっても変わらない。
ハーフ特有の顔たちは、日本の街中でも目を引きそうな程に綺麗で、むしろ年上の月歌よりは確実に大人びて見える。
「もしかして宮下夫妻の娘さんでしょうか?」
月歌はなるべく恐れられないよう、丁寧に尋ねる。
しかし少女の女子高生らしい雰囲気は一変して、目を細めるように二人を見つめた後、低く呟いた。
「……もしかして魔術師?」
「はい。娘さんのリアーナさんでお間違いないでしょうか?」
「そうだけど。何かよう?」
月歌達が魔術師と知った瞬間、態度を明らかに変えたリアーナは、鞄からラッキーストライクとライターを取り出し手慣れたように紫煙をくゆらせ始めた。
「私達はこういう者です」と月歌は何も気にすることなくコートの胸をまさぐり、顔写真の付いた手帳型ケースを取り出し、見せた。
「失礼を承知でお尋ねします、現在リアーナさんのご両親の状況をご存知で?」
「―――っ?」
リアーナの目が一瞬強張ったものの、すぐさま毅然とした態度を保つ為に、深く煙を吸いこみ「ふぅ……」とゆっくり吹いた。
「父と母に何か?」
月歌はどうしたものか、一度雪愛に振り返る。雪愛はコクリと頷いた。
「大変申しにくいのですが、宮下夫妻は昨晩の詮索任務にて行方不明になりました。現在私達『特殊犯罪部門』が捜索にあたっています」
「なっ……」
リアーナは出来るだけ顔には出さまいと、平静を保とうする。
そんなリアーナに同情するように二人は無理もないだろうと、顔を曇らせた。
「くっ…………だから言ったんだ」
リアーナは唇を嚙みしめるよう拳をギュッと握りしめた。
「えっ」
「お前達魔術師はそうやって同情したフリでその場をやり過ごし、平気でまた同じ過ちを繰り返す。何度も言ったんだよ! クソみたいな魔術師なんて止めてさっさと普通に働けよって‼」
「リアーナさん?」
予想外のリアーナの反応に二人は戸惑いを隠せない。大抵の場合こうい時の反応は、決まって悲しんだり、まだ現実味を感じなくて無反応になったりするのがセオリーだ。
「ふざけるな! いい加減にしろ! なにが魔術だ、神秘だ、人類の偉大なる研究だ⁉ 笑わせるなよ……お前達魔術師……いいやこの世の術師は、表世界の歴史に消された不必要で、愚劣な奴しか生み出さない敗北者だろうがっ!」
リアーナは怒り狂ったように激しく取り乱し、罵詈雑言を二人に浴びせた。
「リ、リアーナさん落ち着いて」
雪愛は慌ててリアーナに近づき落ち着かせるように背中に手を回した。
そこで吸いかけの煙草が地面に落ちた。
「雪愛さん危ないッ!」
月歌の呼びかけに、雪愛は間一髪の所で自分に向けられた鋭利な刃先――ナイフを鼻先寸前で避けた。
「リアーナさん……? どうして、こんなことを」
「うるさい、黙れ黙れ黙れ! その汚い手で私に触れるな!」
二人はリアーナから少し距離を取り、万が一の為、臨戦態勢を取る。
「少し落ち着いて下さい! 私が何か気に障るような事を言ったのならいくらでも謝罪しますから」
「お前達魔術師のそういう所がムカツクんだよ……」
リアーナは項垂れるように低い声で呟き、下を向いた。
カラン、と手の力が抜けたかのようにナイフが地面へと落ちた。
二人は要約落ち着いてくれた、と息を吹き出そうとした。
瞬間——。
大気中の
「月歌ちゃん!」
「分かってます!」
右手を突き出したリアーナの掌から編み込まれた風――風弾が、月歌目掛けて二発撃ち込まれた。
月歌は身体を逸らすだけで躱してみせる。
後方に打ち付けられた風弾は、アスファルトを軽く抉った。
初歩的な【属性魔術】を使用した魔力弾そのものだが、魔術機関に所属しない者としては、些か使い慣れている、月歌はそう感じた。
「雪愛さん! 環境変化をお願いしてもいいですか?」
「えっ、やる気なの月歌ちゃん?」
「いえ、魔術を行使するとはいえ一般者です。多少の配慮は心掛けますが、このままでは他の一般者に影響する可能性がありますので」
「でも私、それほど空間地形魔術って得意じゃないから自分の得意な
「はい、構いません!」
「……分かった」
雪愛は地面に手を突き、詠唱を始める。
「開け。我が善源よ―――
眠れ。我が悪源よ―――」
リアーナは詠唱を開始しようとする雪愛に、風弾を三発撃ち込んだ。
「させないっ!」
勢い良く地面を蹴りあげた月歌は、風弾を三発とも両拳で弾き飛ばした。
薄っすらと緑色の光が、月歌の両腕を包み込むように灯っている。
【体物強化魔術】。
その中でも月歌が使用したのは『身体強化』の魔術だ。体内で練り上げた
「チッ!」
見た目女子高生姿のリアーナは、悪態をつくように舌打ちをかます。
「いけるよ月歌ちゃん!」
「お願いします!」
雪愛は一度目を瞑って、精神を瞬時に落ち着かせた。
刹那――『白』
いつの間にか風景が切り替わっていた。
視界に広がり映るのは白一面。日本の六月の気候では決して見られない光景。
ふわふわと白い粉が舞い落ち、積もる。
それはまさしく―――『銀世界』そのものだった。
「なっ……?」
然しもの光景に、リアーナも驚愕の表情を隠す事が出来ずにいた。
現在リアーナが目視しているのは銀世界。
これは、【空間地形魔術】の一つ『環境変化』。
術師の得意なフィールドを作り出す環境変化は、空間地形魔術の中では初歩レベルだが、達人クラスになると地割れ、地震を引き起こしたり、空間を一時的に歪めたり、地形操作をするなど近代に開発された謎が多い高難易度魔術である。
そもそも空間地形魔術は、使用難易度が他の魔術より数段高い所にある為、覚えていない魔術師も多い。
もしくは雪愛みたく、自分の得意な環境変化だけ習得している魔術師も多い。
幾つか陰陽術師が使用する護符を使った結界との違いを挙げるとするならば、常に膨大な
「リアーナさん。落ち着いて下さい。私は貴方との戦闘行為は極力避けたい」
「…………」
リアーナはフゥーと白い息を吐いた。
「なあ、一つ教えてくれよ」
「はい?」
「あんたは——何の為に魔術を使う?」
「え」
突然の問いかけに月歌は口ごもる。
――何の為に。そんなこと皇家に拾われてから今まで考えた事も無かった。ただ、自分は魔術師家系の生まれじゃない。でも、義理母である響子と義理祖母である恵子は、私に魔術を教えてくれた。それは―――一体何の為に?
おとうさん、おかあさんを殺した奴を私は――。
月歌は考える。
そこで昔、響子に言われた言葉を思い出した。
『―――いいか月歌。魔術師っていう奴はね、魔術でしか自分と他人を守れず、魔術でしか人を傷つける事が出来ない哀れな人種なんだ。それ故に―――魔術を愛し、時に魔術を憎む。そして魔術と共に死ぬ』
「…………愚問」
「―――っ?」
ぼそりと零れ出た月歌の呟きにリアーナは眉をひそめた。
「何の為に、と言いましたねリアーナさん。そんなのは人に何故生きて、仕事をし、結婚し、子を産み、死ぬのかと同じくらい愚門です」
月歌は一歩、前に足を踏み出す。
ザクリと雪が沈み、熱と共に溶けていく。
「……そこに魔術があるなら掴むまでのこと―――それが魔術師です」
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