2-1 童男殺し=性魔術
六月九日 月曜日 午前九時。
この日は、四人で皇邸を後にしたので、出夢も遅刻するはずも無く、朝からスムーズに仕事に入る事が出来た。
いつも通りに業務をこなし昼休憩を終えた皇恵子を除く、特殊犯罪部門のメンバーが全員席に着いた頃。
最後に一室に入って来た響子は、いつもより鋭い声で全員に呼びかける。
「お前たち、新しい任務だ。集まれ」
皆がハッとしたように響子の方へ振り向いた。そのままホワイトボードの前に響子が立ち、すぐさま二つのチェアを移動させた雪愛と出雲が座り、月歌は近くの壁際に立つ。
「本日未明、精鋭部門に所属する宮下夫妻、二人の魔術師が詮索任務遂行中に、行方不明になった」
「えっ⁉」
「なに?」
「………」
三人は大体同じようなリアクションを取った。
響子は三人に資料らしきプリントを配布し、そのままホワイトボードに流れ書きで、二人の魔術師の名前や詮索任務内容などを書き連ねていく。
「あぁ?」
出雲はその詮索任務内容の場所に書かれている【舞咲おひさま学園】というワードに思わず声が漏れでる。
「どうかしたんですか出雲先輩?」
「い、いや。何でもない……気にせず進めてくれ」
出雲は昨晩、響子から聞いた件を思い出し、改めて胸の裡で嫌な予感がした。
「えー宮下夫妻は昨日、六月八日午後二十二時から、児童養護施設『舞咲おひさま学園』で張り込みを開始。日を跨ぎ、午前一時まで何も無ければ帰宅予定だった所で、連絡がつかなくなった」
「何時頃から連絡が途絶えたのですか?」
雪愛は軽く首を傾げる。
「情報によれば宮下夫妻の途中経過連絡は、午後二十三時五十八分で最後となっているらしい」
「じゃあ午前零時から一時までの一時間の間に、何かあった……」
「あぁ。だが舞咲おひさま学園周辺で激しい戦闘行為の後も見つかってないらしい」
「……拉致ってことですか?」
「現状では分からない。環境変化の線もあるが、そもそも夫妻も見つかってないからまだ何ともな」
今まで黙っていた月歌は、はいと手を上げた。
「あの、そもそもどうして私達にこの仕事が回って来たのでしょうか? 宮下夫妻の捜索なら精鋭部門の圧倒的人員で行う方が遥かに効率的だと思うのですが」
「それならすぐに私が所長に聞いたよ。そしたら所長はこう言った。『証拠が無さすぎるんだよね〜』、『やっぱり君とその部門が適任なんだよね〜』と、お茶を濁した言い方だったな。
ま、要は厄介な術師が絡んでる可能性があって、これ以上犠牲者を精鋭部門から出したくない、といった所か、もしくは私達を囮にして、敵の全容が見えてくるまで待機……って感じが妥当だろうな」
「なるほど、精鋭部門らしいですね」
「ほんと、相変わらずクソッたれだなー。お偉いさんわよ」
出雲は呆れた風に、名一杯背もたれにもたれかかりながら両手で頭を組んだ。
「で、宮下夫妻の詮索任務内容なんだが……」
響子は何か思い当たりがあるのか、ばつが悪そうな顔をする。
「―――オグナゴロシ。通称『
三人の顔に一斉に緊張が走り抜け、強張る。
「なっ、何なんですか、その
雪愛は困惑した様子で尋ねる。
「
「えっ……子供達相手に……なんでそんな……」
雪愛は驚きと怒りが入り混じったような表情で、拳をギュッと握りしめた。
「まだ確定している訳ではない。だがその線の結果子供が死んでいる事が分かっている。それと
正直な話、どちらだろうと想像したくないような情報ではあることに違い無かった。
そこで出夢が質問する。
「
「いや何も」
「……でもでも、まず根本的におかしくないですか響子隊長?」
雪愛は困惑したような顔だった。
「うん、どうした雪愛?」
「そもそも上層部は、どうして
「ああそれなんだが」
響子は一度赤渕メガネを整えるように触れた。
「知っているか分からないが、四月に一件と昨日の早朝に一件、東京都舞咲市にある河川敷で、白骨遺体が漂流していた事件が起きていたのを知っているか?」
雪愛と月歌は、同時に互いの顔を見つめあう。
ただ一人、出雲は首を傾げていた。普段からあまりテレビを見ないのだろう。
「上層部は五月半ばになっても警察がその犯人を捕まえていないと知り、四月に起きた一件目の白骨遺体の一部を警察から盗み出した」
主に表世界での未解決事件は、間接的、直接的にかは問わないが大抵の確率で術師絡みである。
「その後の調査で、白骨から微量な
「夫妻も行方不明になった……という事ですね」
雪愛は苦々しく言葉を吐いた。
これまた達筆とは程遠い字で、響子は奇妙な単語を繋げるように書き連ねていく。
「そこで我々特殊犯罪部門に与えられた任務は、宮下夫妻の行方を突き止めること」
「それって私達は
雪愛は歯痒い面持ちで俯いた。
「ああ。だが調査次第で向こうが仕掛けてくる可能性はあるがな。その時は臨機応変に対応する」
そこで出夢はイスから立ち上がり、真剣な眼差しで響子を見た。
「気になる点が一つ、響子さんから見て
「…………一つ可能性を上げるなら性魔術」
『??』
「本来、性魔術とは、魔術師同士で行うからこそ意味を見出す。それに互いの
「は、響子さんそれ自分で言って否定してません?」
戸惑う出夢に響子は手を抑えるように向けた。
【性魔術】は、男女が交合を行う事によって性的興奮状態に入り、互いの快感が絶頂時に達した時の陶酔感、つまりエクスタシーを利用し
性魔術は中世から二十世紀頃まで根強く残った魔術儀式であり、源流は諸説あるが中国の『房中術』、インド後期チベットの『タントラ派左道密教』、日本の『真言立川流』などが挙げられる。それぞれ目的意識は違うが。
近代で有名な実践者と言えばアレイスターあたりだろう。
そして年々進化していく魔術体系の二〇三八年現代に至っても、未だ性魔術を取り入れた魔術師が残っていると風の噂が絶たないのも現状ではあるが、効率的、効果的な面を鑑みても数少であることは間違いない。
「しかもこのご時世だ。魔術の幅や術の仕組みもどんどん変わってきてる。これが普通に性癖問題の性犯罪であればまだ動機として成り立つのだが……」
「――
突然、呟いたのは月歌だった。
響子は驚き半分、赤渕メガネに少し触れ、興味深そうに月歌を見る。
「――月歌。どういう意味だ。聞かせてみろ」
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