二日目 六月九日

0-3 人間になりたがった神の童γ


「月歌や、この世に神様はいると思うか?」

 それは唐突な恵子の質問だった。

 今日は魔術稽古も終え、中庭の日陰で、宮田さんが持ってきてくれたスイカを二人で食べていた。

「……分かりません……ただ、もし神がいるのなら私は嫌いです」

「ほぅ……それは何故じゃ?」

「だって、私以外の皆を守って……くれなかったから」

「ヒッヒッヒ。月歌や、神様がいつ誰を無条件に守ってくれるなんて言った?」

「それは……でも神様って凄くて皆から崇められていて、じゃなきゃただの横暴な人達です」

「そうじゃ、人なんじゃよ。神様だってな」

「えっ……」

 無意識に自分でそう言ったものの、確かに神様って元は何なのだろうと思ってしまった。

「人だからこそ情があるんじゃよ。だから恋も喧嘩もするし、間違いだって犯す。人間と変わらんな」

 恵子は笑っている。

「じゃあ神様って何で神様なんですか?」

「それはの……」

 恵子は私の顔を覗き込む。黒い漆黒の瞳だった。

が力のある者に与えた名だからなんじゃよ」

「人間……様?」

 私は意味が分からず首を傾げた。

「そうじゃ。この世界で初めて生まれ落ちた人間。それを《原初の人間》と呼ぶ」

「……それ、本当?」

「本当じゃよ。人間様はこの世を世界として成り立たせる為に、神様という者を産み出し、世界を造らせた」

 正直まだこの時は、全く信じていなかったと思う。

「ヒッヒッヒ。信じておらんな。じゃあ特別に一つ内緒話でも教えてやる」

「内緒話?」

「実はな、この皇家にはその人間様の術を受け継ぐ一族なんじゃよ」

「えぇぇええ⁉」

 私は柄にもなく大声をあげてしまい、すぐ口元を覆った。

「ヒッヒッヒ。驚いたか? 驚いたじゃろ? じゃがな、もっと凄い事を教えてやろう」

 私は冷静さを取り戻そうとスイカに齧りついた。種を幾つか口元で溜めながら。

「月歌は神の童。つまり神様の血を引く者じゃ」

「プッッツツツツ‼」

 口元からスイカの種をマシンガンのように吹いてしまう。

「ヒッヒッヒ」

「ゲッホゲッホ……お、叔母ちゃん嘘は止めて下さい」

「嘘じゃないわ。じゃああれほどの震災時に何故、月歌だけが生きている。それに見たんじゃろ、雷を」

「えっ……」

 そう言われて当時の記憶が蘇る。

 確かに、あの日は雨が降っている訳でも天気が悪い訳ではなかった。

 そして巨大なマンションが私に向かって―――

「思い出したか?」

「でも、何で? あの時叔母ちゃんはいなかった」

「月歌もまだまだよな。魔術を舐めるではない」

「あっ……」

 そうだった。最近覚え始めた魔術は、私が生きていた表世界の常識を簡単に覆してみせるものだった。


 ***


 私は稽古の時間やそれ以外の空いた時間に、色々と調べものをするようになっていた。

 恵子の部屋から本を借りたり、街の図書室で資料を調べたり。

 もちろん、内容は神話についてだった。

 雷を扱う神様は、数えだすとキリがないくらいだった。

 その中でもとびきり有名だったのが、ギリシャ神話『全知全能 ゼウス』だった。

 私は最初、このゼウスという神を知ってすぐこのゼウスが嫌いになった。

 だって調べれば調べる程、彼の傲慢な態度や、女性にだらしない所などがどうしても好きになれなかった。

 だけど彼の戦いは、最後まで世界の平定を願ってのことだと知った時、やはり傲慢な人だなと思った。

 けどちょっぴり神様なんだな、とも思った。

 全宇宙を滅ぼす力を持ちながら、全宇宙を滅ぼさない。それは自身が生きたいからか、それとも純粋に世界の平和を望んだからなのか。

 正直な所、よく分からなかった。

 彼が親しかった者も、自身に危険が及ぶと思えば容赦なく殺す。

 平和の前に強大な力は、危険になるからとの行為とも書かれている。

 じゃあ自身はどうなのだろう。それは許されるのか。

 やっぱりよく分からなかった。

 ただ、もし全てが世界の平和を望んでのことなら、少しだけ許してあげてもいいのかな、とその時は思った。ほんの少しだけ。

 でもやっぱり浮気や裏切りは許せない。

 それにゼウスと自分とでは、当然だが性格どころか、殆ど存在全てが正反対にいる神様だなぁという印象だった。


 ――本当にそうだろうか?

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