山月記情話

@snp

第1話 

 彼は兄の親友だった。

私の兄もきれいな男だが、彼も方向性の違いはあれきれいな男だった。

彼は毎日のように兄の部屋に入り浸っていた。

彼にとって私は、単に兄の妹で、知り合いの女の子に過ぎないことはよくわかっていた。

そう理解しているからといって、私が彼に恋をせずにいられるはずもなく、いつのまにか彼のことを目で追うようになっていた。

そうなってみてようやく彼の兄を見る視線には熱がこもっていることに気付いたのだった。

彼が兄を見る目は友人のそれではなかった。

そして兄のそれも同じように見えた。

そして私が彼を見る目もそうではなかったのだろう。

 ある日、兄が私に言った。

「お前、○○が好きなの?」と。

私は知らぬ間に頷いていた。

兄が彼に何を言ったのかは知らない。しばらくして私は彼から告白された。

私は心の底に潜む不安を無視して彼と付き合うことを決めた。


付き合い始めて間もなく、私は彼に抱かれた。

その時彼は酒に酔っていたようだった。

キスされることもなく、ただ性欲を吐き出すだけのような抱かれ方だった。

ベッドの上に腹ばいにさせられ、腰だけを持ち上げるようにしてねじ込むようにして抱かれたのだ。彼はたまっていたものを吐き出すと、兄の名前を呼ぶとそのまま寝入ってしまった。

 兄の気持ちも彼の気持ちも知りながら、あの日兄の問いに頷いた罰が下ったのだと思った。

私はその日何もなかったかのように彼の部屋を後にした。

彼は私に何か言いたそうだったが私はそれに気づかないふりをし続けた。


しばらくすると妊娠していることがわかった。

彼は私に謝ったが、決して結婚しようとは言わなかった。

そんな時、また兄が私に言った。

「○○と結婚したいか。」

今度も、私は頷いたのだ。

私の心の底に潜む不安は以前よりも大きくなり、確かな悪意に育とうとしていた。

前の時と同じようにしばらくすると、彼は私にプロポーズをした。

プロポーズはきっと彼の意志ではないと感じながらも、その言葉に私はうなずいてしまったのだ。

うなずくべきでないと知りながら。


かくして私と彼は結婚し、私たちの間に子供が生まれた。

結婚してからも彼は私を後ろからでしか抱かない。

多分、彼の中では兄が相手なのだろう。

私は彼と兄との触媒であり、許されない欲望を処理することのできる都合のいい女に過ぎないのだ。

とはいえ、そんな彼も顔立ちが兄に似た子はかわいいようだった。


彼がかわいがる子供は兄の子なのかもしれなかった。


彼に抱かれたあの日兄は私を抱いたのだ。

兄も随分と酔っていた。

その時の兄の気持ちは私にはわからない。でも、私の中にたまった澱は大きな悪意となり、私を覆ってしまった。

彼の好きな人を寝取ってやりたかったのか、彼に愛されている兄を苦しめたかったのか、いったいどちらだったのか・・・結局のところ私はさほど抵抗しなかったのだ。


人は私が狂っているのだと思うかもしれない。

ひょっとすると私は不幸なのかもしれないが、このいびつな愛に必要な触媒であることに不満はない。


結局のところ、私も兄も、そして彼もただの臆病者なのだ。

兄も、彼も直接抱き合うほどの勇気はないのだ。

もし彼らにその勇気があるのなら、きっと私は簡単に彼のことも子供のこともあきらめたろう。

でも彼らは、私を彼らの愛の触媒にして一緒にいることを選んだのだ。

そしてそれは私も同じ。

子供はかわいい。

彼にとって私は憎い女であり、手放せない女でもあるのだろう。

兄にとってはどうなのだろう。少なくとも妹であり、憎い恋敵であり、自分で産むことのできない子供の母であり、ひょっとすると自分の子の母であり、得体のしれない女であるのだろう。

彼と兄に抱かれた日、私は人ではない何かになったのだ。

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