ヒーローテロリスト

夢ムラ

"刺激"

1「私はテロリストです!!」

「私はテロリストです!!」

 薄暗く、電球がほのかに照らすカウンターは鏡のように綺麗に反射している。そんな大人な雰囲気の暗さを保つバー。そこで少女シェリーは叫んだ。

 緑色のフードを被り大きすぎる丸縁メガネ。ハイスクール相応の身長を持ったシェリーは右手に茶色の筒を持っていた。先端には糸が垂れている。誰もがシェリーが持っているその筒を爆弾だと想像するだろう。

 バーテンダーも慌てた。客達はいっせいにシェリーを見て釘付けになってしまう。ただその行動と宣言に呆気に取られるがままだった。

 その場に居る全ての人間が固まった。次に何が起きるが固唾を呑んだ。

 しかし展開も硬直した。シェリーは何かを要求することも無くただ茶色の筒を見せびらかし皆を脅す。次の言葉が出てこない。

 するとシェリーと同じくらいの背丈な目つきの悪い少女がカウンターから立ち上がる。そのままシェリーに近寄っていった。

 あまりに自然に歩いて近寄るのでシェリーは慌てて叫ぶ。

「わ、私はテロリストです!」

 だか少女はお構いなしだっだ。あまりにも悪すぎるその目つきでシェリーを睨んだ後、シェリーが手に持っていた茶色の筒をお構いなしに奪った。

「こいつは粘土ですぜ」

 少女は年相応の学生らしくない独特の言い回しをしながら茶色の筒を解体する。

 あまりにも粗末な構造をした爆弾だった。クラフト紙で包まれた粘土の先端に糸がくっついているだけだったのだ。

 そんなものは爆発しない。客達の目線は一斉に厳しくなる。事がバレたシェリーは体を震わせ怯え始めた。

「手の込んだイタズラだ。驚いたよ。世紀の大テロ計画だね。本物のテロリストなら名乗る前に隙も見せず爆発させますぜ」

 たちの悪い目つきで少女はシェリーを見つめる。柄の悪い口調で真実を突きつけられたシェリーはますます縮こまった。

 ことを察した人々は呆れ、バーはいつもの雰囲気を取り戻す。

 シェリーが求めているものはこんな凡庸な結末ではない。シェリーは何も変化しないこの場を心底悔しがった。

「度胸だけは理解しますがね。なにか飲むかい?」

 目つきが悪いなりに優しみを見せる少女。シェリーは手のひらを返して明るくなる。少しだけ違う日常だからだ。

「私はムラサキってんだ。お前さんの名前は?」

「シェリーです」

 軽く自己紹介を終える二人。緑色のフードを被る臆病そうなシェリーとネズミを睨み殺すほど目つきの悪そうなムラサキはカウンターに座る。

 シェリーは何を頼んで良いかわからなかったが、ムラサキが遠慮なく「オレンジジュース」と言ったので「同じものを」と便乗する。

「せっかくなのでアルコールを摂取してもいいのでは」とシェリーの悪魔心が囁いたがカクテルのカの字も知らないので我慢した。

「で、どうしてあんな蛮行を? 説教する気はないが、ちっとばっかし気になりすぎますぜ」

 ムラサキは茶筒の偽爆弾を振りながらシェリーをからかう。

 シェリーは黙ってしまった。確かに蛮行だった。馬鹿げた意味のない行為に見えただろう。シェリーはそう思うと恥ずかしくなって言い出しにくくなる。

「他に襲える場所なんていくらでもあるのに、なんでこのバーを選んだ?」

 そんなシェリーを見てムラサキは答えやすい質問に切り替える。

「それは……」

 言いそうになり、空気を止めるがそれでも言いづらさは変わらず、シェリーはとうとう口に出す。

「本物のテロリストが、来てるって話を聞いたから」

 シェリーはあらすじを話す。父親が警官の同級生曰く、この店にはテロリストが頻繁に来ており国際捜査官が聞き込みにやってくるそうだ。

 ムラサキはその話を聞いて顔を笑わす。外見からでも内側では笑ってないことが把握できるほど不自然な顔つきになる。

「はっは。本物のテロリストに会いたいのか。会ってどうしたいんだ?」

「それは……」

 またシェリーは黙り込んだ。理由は言えない。口に出したくないのだ。少なくとも今は。

「言いたくないのならいいさ」

 ムラサキはオレンジジュースを一気飲みする。シェリーの目の前にもジュースが入ったコップはあるが飲む気になれないようだった。

 それを見たムラサキは気を使うように優しく言葉を投げかける。

「なあシェリー。噂のテロリストが私だって言ったら、お前さん信じるかい?」

 ムラサキの冗談交じりな問いかけだった。

「……え」

 だがシェリーにはそれが冗談には聞こえなかった。ムラサキから醸し出される怪しげでミステリアスな雰囲気が嘘だと言わなかった。

 そんな時、入り口の扉が開き新たな人物が入ってきた。


***


 茶色のトレンチコートに茶色の鹿討帽子を被った女性は迷うことなくムラサキの目の前まで進んでいった。

 その服装からしてこの女性が探偵業かそれに近い職業に携わる事が誰しも理解しただろう。

 彼女があまりにまっすぐ近くに来られたためシェリーは少しびくっとして縮こまった。

 ムラサキは頭を掻き毟りながら面倒くさそうに応対する。

「こちとら、いい気分でお友達とお話してるんだが、何か用なんですかい? トレナ殿」

 トレナと呼ばれた女性は丁寧かつ厳しい口調で返事をする。

「事は急を要し、秘匿性を求められる。ご同行願うか」

「南国のビーチなら喜んで行くんだがね」

 しぶしぶとムラサキは立ち上がり、店の外へと出て歩く。シェリーには何がどうされているか、わからない。

「キミはムラサキと友達なのか?」

 トレナはシェリーに問いただす。シェリーは突然話しかけられびくっとした。そして慌てて答えてしまう。

「と、友達です!」

「見ない顔の友達だな」

「あ、アナタはムラサキさんの何なのですか?」

 シェリーが縮こまりながら聞くとトレナは毅然とした態度を崩さす名乗った。

「自分はトレナ・ダブルクロス。国際捜査官。自分にはテロ活動を未然に防ぐ義務がある」

 トレナは捜査官の証として手帳を見せつけシェリーににじり寄る。

「もしアナタがテロリストであるムラサキの友人であるならば容赦はしない。尋問を受けてもらう」

 そういってトレナは強引にシェリーの細い腕を掴んだ。

「えええ!?」

 シェリーは抵抗しようとしたがトレナの掴む手は手錠のように外れない。

 そのままシェリーは酒場を出され黒い車に乗せられた。


***


 シェリーは灰色のコンクリートで囲まれた取調室の汚いイスに座らされた。まださっきのバーのほうが座り心地がよかったに違いない。

 そしてシェリーはその牢獄のような場所で長いこと放置され続けた。シェリーは何も無いこの部屋で何時間も過ぎた気がした。

 ようやくトレナが部屋に入ってきた時、シェリーは眠気でうとうとしていたぐらいだった。

「夜分にすまなかったな」

 トレナはそう言いつつも悪びれることなく椅子に座る。

「ムラサキといつ出会った?」

 シェリーは余った時間を駆使してシミュレートした会話内容を口に出す。

「今日の夜です。たまたま相席になって話が弾んだんです」

 シェリーは自分がした蛮行については触れなかった。そんなことを言い出せるのならムラサキ以外の友達を一人ぐらい作れただろう。

「何故友達に?」

「馬が合ったので……」

「じゃあムラサキについて詳しいことは何も知らない?」

「はい。そうです」

 それを聞いてトレナは微動だにせずシェリーを見つめる。嘘か真かを見ることで探っているようだった。あまりに気迫溢れる眼力にシェリーは目を合わせられなかった。

「えっと、ムラサキさんは一体何者なんですか?」

 恐る恐るシェリーが聞く。トレナは強固な態度を崩さす答えた。

「ムラサキは史上最悪の無思想テロリストだ。少なくともテロは民族、宗教、貧困、政治的思想、右翼左翼、主義主張に差はあれど理想のため思想のために起こされる過激行為だ。だかムラサキにはそれが無い。奴には理想とする物事や世界がない。それゆえ奴はどんな思想にも手を貸す。特定の思想に囚われずありとあらゆる地域を渡り市民を虐殺し今も平然と生きている」

「でもそんな風には見えません。私と同じくらいの、普通の女の子に見えます」

「肝に銘じてくれ。ムラサキは普通じゃない。殺人鬼だ」

 語気を強めてトレナは語る。

「ならどうして、捕まってないんですか? どうして逮捕されないんですか?」

「この世には殺人鬼を匿いたい権力者が大勢いる。そして残念なことに国際捜査官である自分もその一人だ」

 トレナは歯を食いしばりながら悔しそうに言った。


***


 シェリーがトレナの尋問から解放され警察署を出ようとすると扉の前でムラサキが居た。年寄りの入り口警備員と楽しそうに談笑していたのだ。

「おや、解放されたか。トレナにあれこれ聞かれただろう。どうだった?」

 ムラサキは酒場で出会った時と同じ軽いノリでシェリーに話しかける。

「別に、なんとも……」

 シェリーは未だに信じきれていない事をもう一度聞くことにした。

「ムラサキさんって本当にテロリストなんですか?」

 未だにシェリーは想像が現実と同期していなかった。目の前に居る女の子は普通にハイスクールに通うただの嘘つきと区別がつかないのだ。

 すると年寄りの警備員が身を乗り出して受け答える。

「そうじゃぞ。コイツは極悪のテロリストじゃ。逮捕しようとすると警察署を爆破して逃げた挙句、報復に無垢な市民を虐殺するんじゃ! おおこわい。夜も眠れんわ」

「じいさん、私はそんなことしたことないですぜ?」

「でも拘置所の壁に穴を開けたのは事実じゃろうが」

 続けざまに年寄りの警備員は、にやけた顔でシェリーを脅そうと話を続ける。

「ムラサキは極悪じゃぞ。誰も手がつけられん。とある国がムラサキを逮捕しようとしたら牢屋から逃げられた上に議会を爆破して荒野にしたこともあるんじゃ。ある大企業がムラサキを利用して殺そうとしたところ本社のビルが根元から爆破されてバッタンと倒れたことも」

「じいさん! 盛ったホラ話をしないでくれますかね」

「はっ! お前さんの所業なぞ全部似たようなもんじゃろ! 盛りようがいくらでもあるわい」

 年寄りは楽しそうにムラサキについて語る。ムラサキもそれについてはやれやれといった様子だった。

「お二人とも、仲がいいんですか?」

 年寄りとムラサキは互いに指を刺しあいながら「違う」と言って否定した。

「コイツはの、しょっちゅう警察署にお世話になっとるからな。しかも極悪人じゃ。嫌でも顔を覚えたわい」

「このじいさんはな、しょっちゅう孫の話をしてくるんだ。私は学校に行ったことがないから全然アドバイスができないのに、同じ年頃だからってすぐちょっかい話をかけてくる」

「仲がいいんですね」

「「違う!」」

 シェリーはクスリと笑った。本当に仲が悪いのならこんなに息が合わないのにおかしな人達だな、とシェリーは思った。

 ムラサキは首を振り大きな咳払いをして話を転換しようとする。

「シェリー、もしテロリストに興味があるなら切り裂き通り三四の二○二号室に来るといい。私はそこに住んでいる。一晩考えて来たくなったら来てくれ」

 そういってムラサキは夜の町に足を踏み入れ消えていった。

「お嬢ちゃん、テロリストに興味があるのかい?」

 年寄りの警備員にそう聞かれるとシェリーは逃げるように走って警察署を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る