第2話 太陽の過去と今
鈴木太陽57歳。無職。元小学校教員。55歳で早期退職。
教員になりたての頃は、担任する子供たちの成長が楽しみで、毎日ワクワクしながら教員生活を楽しんでいた。しかし、50歳を過ぎたあたりから、毎日が楽しくなくなっていった。
年々仕事量が増え、ゆとりがなくなっていく。夏休みなどの長期の休みでも、研修、研修、出張、出張で休めない。昔は普段忙しい分、長期休暇の時はゆっくりできてリフレッシュできたのだが、今はゆとりもなく、追い立てられるように毎日が過ぎていく。
教務主任になってからは、事務仕事が多く、締め切りに追われる日々。5、6年生の理科は担当しているが、毎年同じことを教えていると正直飽きてくる。また、何でも屋で、問題があると、教頭と二人でその対応に追われる。そして、毎日のように職員の誰かが出張で、そのクラスの自習監督に行かなければならない。一度に2、3人がいない時は、
市の教育委員会は、学力向上をメインに様々なプランを考え、各校に成果を求めてくる。だから校長も教頭も大変。職員も大変。ゆとり教育の反動で学力向上に戻り、多くの教育内容を短時間で効率的に指導しようとするから、期間内に授業を終わらせることで精いっぱい。工夫した個性的な授業がしづらい。毎日の宿題の量も多く、それをチェックするもの大変。子供も先生も疲れている。毎年のように現職の教員が亡くなっている。
土日の休みも、学校の仕事を持ちかえり、家でやっている。子供たちのためにという思いだけで先生方はみんな頑張っている。
大変なのは先生だけじゃない。もっと大変な職業だってあると言われるだろうが、それはわかっている。世の中すべてが効率化を求め、忙しくなっている。みんなが大変。でも人との比較じゃなく、自分がだめだと思ったから早期退職をした。
50歳を過ぎて数年した時に、年金受給年齢が60歳から65歳に段階的に引き上げになることを校長から知らされた。そして、それに伴って、それまで再雇用制度で、給料3割カットで働けるということになった。それを聞いてあと数年なら頑張れるが、あと十数年と考えただけで嫌気がさした。
毎年2学期の途中で、勧奨退職の希望者がいないか聞かれる。勧奨退職とは、20年以上務めた人で、早期退職を希望する人に退職金を上乗せするというものだ。いつもはそれに反応することなく聞き流していたのだが、その年は違った。そうかそういう方法もあるのかと改めて気付いた。
それから、仕事を辞めても生活していけるか資産を計算し、シミュレーションしてみた。妻の令子も小学校の教員で4歳年下。二人とも子供は好きだが、残念ながら子宝には恵まれなかった。二人とも忙しかったので積極的に不妊治療もしなかった。だから、子供の教育資金は必要なかった。財布は夫婦別々で、お金の管理も堅実で派手ではないので、どんどんたまっていった。また、母親が亡くなった時に、株を少し持っていてそれを相続した。その時から株を研究し始め10年が過ぎた。だから、資産は普通の人よりは多かった。だから、一年後には勧奨退職を希望した。
妻に学校を辞めることを辞める告げると、特に何も言わなかった。自分がいくら資産があるか言っておいたので、自分の人生だからと理解してくれたのかもしれない。
辞める数年前には、忙しい仕事の疲れを取るため毎晩酒を飲み、強い酒を求め、毎晩酔いつぶれるようにして眠った。精神的にもモヤモヤし、何か疲れが取れない。心身ともに疲れていた。
あとで本を読むと、アルコール依存症の初期段階だったのかもしれない。それに体が硬くなり、朝の集会でやるラジオ体操では、前後屈の時、後屈が全くできなくなってしまっていた。また、ふくらはぎの血管がデコボコと浮き上がる下肢静脈瘤になってしまった。このまま仕事を続けていると、現役で亡くなることもあるかもしれないなと、ふと思った。
今では、思い切って仕事を辞めて良かったと思っている。仕事を辞めてからは、何もせずに心身ともによく休んだ。
半月位してからは、体を動かしたくなり、ジムに入会し、ヨガやストレッチ、バランスボール、ランニングマシーン、筋トレと週3日通いだした。おかげで、脂肪も減り、腰痛や肩こりもなくなり、下肢静脈瘤も治っていった。
さらに、弾いてみたかったピアノも習うことにして、毎日1時間は練習をする毎日。好きなことを探して充実した人生を送っている。
そんな中、里親制度の記事を読み、自分も子育てを経験してみたいと思うようになる。学校では、子供たちに勉強を教え、生活指導もしてきたが、せいぜい付き合いは数年。成長も見られるのも数年。しかし、里親になれば子供の成長を間近で長期に渡って見られる。もちろん子育ては大変なことは充分わかる。しかし、夫婦二人が今までのように働いていたら子育てはできなかっただろうが、今の状態ならできる。そう思って、妻に相談し、児相に連絡し、研修を受けたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます