マネーのゆりかご

yamato takeshi

第1話 出会い

 ちょうど満開の桜が舞い始めるころ、鈴木太陽は、児童相談所の庭で、黙々とガラスのウイスキーの空き瓶に石を詰める紗音瑠シャネルを見つめていた。


 児相の担当の田中に紗音瑠を紹介された。

「ああやって、ビンに石を詰めていくんですよ。そして、一杯になるとまた周りに撒いていく。そして、からにしてまた石を詰めていく。それをずっと飽きもせずに繰り返す」

「満たされないんでしょうね」

「ええ。自分から人に話しかけることはまれで、一人でいることを好みます」

「話しかけていいですか?」

「もちろんです」


 太陽はゆっくりと紗音瑠に近づき、しゃがんで目を見つめると、静かに言った。

「こんにちは」

 こちらを見ているが反応はない。

「おじさんは、鈴木太陽ていうんだ。君は?」

 様子を伺うような目つきで逡巡しているようだ。

 その様子を見て、太陽は、

「じゃあまた、さようなら」

 と、言って踵を返した。

 紗音瑠は去っていく太陽の背中を少しの間見つめていたが、また、石を詰め始めた。


 一週間後、太陽はまた児相を訪れた。

 紗音瑠は、今日は絵を描いていた。部屋に入って来た太陽に気付き一瞬顔をこちらに向けたが、また、絵の続きを描き始めた。

 太陽はゆっくりと近づき、しゃがんで顔を見つめると、優しく、しかしはっきりと、

「こんにちは」と、言った。

 紗音瑠は顔を上げ、こちらを見て何か言おうとしたが、口を動かそうとするのが精いっぱいという感じだった。

 太陽が、「おじさんのこと覚えている?」と聞くと、

 紗音瑠はコクンと小さく頷いた。

 そして、太陽は、紗音瑠の描いている絵を見て、驚いたように、

「え、上手だな。これミヤマクワガタだろ。おじさんも虫が大好きなんだよ」と、言うと、

 紗音瑠の頬が心なしか緩んだように見えた。

 紗音瑠は、昆虫図鑑を見て自分の好きな虫をクレヨンで描いていたのだ。

「じょうずだなあ」と、しみじみと繰り返すと、スケッチブックをめくりほかの絵も見せてくれた。

「わあ、カブトムシ。これも上手だなあ。あっ、これはヘラクレスだ。えーと、これは何て言うんだっけ。」

「コーカサス」小さな声で紗音瑠が呟いた。初めて聞いた紗音瑠の声だった。

「よく知っているね~」驚いたようにおどけて見せた。

 しばらく他の絵も見せてもらい、うんうんと頷き、

「才能があるんだな~。えーっと何くんだっけ?」

「しゃねる」小さな声で言った。

「ああ、紗音瑠くんか。またおじさん来てもいいかな?」

 紗音瑠は小さく、しかしはっきりと頷いた。


 さらに一週間後。

 今日は紗音瑠は砂場で遊んでいた。砂場で山を作っていたのだ。もちろん一人で。

 太陽を見つけると、紗音瑠は立ち上がって、

「あ、おじさん」と、意外にも大きな声で言った。

 太陽は嬉しそうに、駆け寄ると、

「紗音瑠くん、おじさんのこと覚えてくれたんだ。ありがとう」

 紗音瑠も微笑んだ。

「何しているの?一緒に遊ぶ」太陽が言うと、

「うん。お山を作っているの」慣れたせいかすぐに返事をした。

 しばらく二人で砂山を作っていると、太陽が紗音瑠に尋ねた。

「おじさんが子供のころの遊びする?」

「うん」

「こうやって砂山に棒を立てて、周りから砂を両手で交代で取っていくんだ。砂を多く集めた人が勝ち。でも棒を倒すと負けになっちゃう。わかる?じゃあやってみようか」

「じゃあ、おじさんから」太陽が砂を両手で集める。

 次に紗音瑠も頑張って、両手で取る。

 何度かそうするうちに、太陽の番で棒が倒れる。

「あ~おじさんの負けだ~」

 紗音瑠が声を出して笑った。太陽も一緒に笑った。

「おじさんの奥さんも来てるんだけど、一緒に遊ぶ?」

 太陽が入り口近くの桜の木を指差すと、令子が両手を大きく振った。

 しばらくして紗音瑠は「うん」と頷いた。


 そうして三人で砂遊びを続けた。

 4、5回目の勝負が終わった後、太陽が紗音瑠にこう聞いた。

「おじさんに来る?」

 きょとんとする紗音瑠にもう一度、「おじさん家の子になる?」

 下を向いて考えていたが、「うん」と頷いた。

「そうか、ありがとう。うれしいよ。じゃあ一週間後に迎えに来るね」

 そう言ってその日は分かれた。

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