異世界にとっての救世主
この世界は俺を待っていた。そう言われたのは、ついこの前のことである。
いわゆる異世界召喚モノ、そういう言葉が脳裏をよぎる。バカバカしい、王道すぎてキッチュである。何故に俺を選んだのだ?分からない、異世界なのだから分かることの方が少ないに決まっている。
「救世主殿、ご気分はいかがでしょうか?」
起きて早々に声をかけられる。この男は執事であり、俺の面倒を見てくれるらしい。それにしても、救世主とは!
「ああ、大丈夫ですよ。それにしても、救世主と呼ばれるのは慣れませんが。」
「いえいえ、滅相もございません。この世界では貴方は救世主なのです。まだまだお慣れにならないとは思いますが。」
思わずため息をついてしまう。いきなり異世界へ呼び出されて、『救世主』なるものをやらされるとは。
救世主といっても何かを行なうわけでもなく、単にこの世界にいるだけでよく、やることも特にはないという。最も、これは相手方の説明なので信憑性はあやしいものだが。
「それで、なにかやることはありますかね?」
「いえ、特にはありません。戦争の終わるまで、ここで暮らしていただくことになりますが、それ以外はご自由にお過ごし下さい。」
「なにか予定はあるんでしょうか?救世主なんですから何かしらはあると思うんですが」
「いえいえ、その御身を煩わせることはございません。どうぞ、この部屋でお休みください。」
そんな会話をしてから数週間が経ったか。本当に何もすることがない、読書でも出来ればいいのだが、会話はできるが文字が読めない。ご自由にお過ごし下さいとはよく言ったものだ、これでは監禁ではないか。部屋から出ることも出来ずに、日々を無為に過ごす。前の世界でいうなら、引きこもりの生活である。もっとも、自分の意志ではなく無理やりというのが違うが。無理に出ようとすれば、部屋の前の見張りに捕まってしまう。
気にかかるのは、医者だと名乗る人物が俺の体調を見に来ることだろうか。採血や脈拍だのを取りにやってくる。異世界での生活で体調を崩すかもしれないとのことだが、大丈夫だと言っても来るのが面倒だ。
そもそも本当にここは異世界なのか?確か、俺はコンビニへ行こうと家から出た途端に、魔法陣のようなものの上に立っていたはずだ。周りには科学者らしき人物が大勢居たことは覚えている。
そして、執事から異世界へ呼び出された救世主である旨を伝えられ、説明もそこそこに部屋に軟禁である。
もしかすると、これは誘拐なのでは?しかし、俺を誘拐して何になる。家は資産家でもなんでもないし、何もメリットがないはずだ。
考えても考えても分からない。といっても暇なので考えるぐらいしかすることがないのだが。
「暇は無味無臭の劇薬」とは誰の言葉だったか。今では食事だけが楽しみである。だが、この世界の食事というのは、ただ栄養が取れればよいといったもので、美味しさとはかけ離れたものである。それでも何かを食べるということは暇潰しにはなる。
しかし、一日に数回だけ、食べ終わってしまえばまた暇である。
そして、あの執事は朝の挨拶と食事を持ってくるだけで会話もあまり出来ない。部屋の前に立っている見張りの態度も素っ気なく、話しかけても会話が続かない。医者は時おり診察に来て、体調に関する質問をする。これだけが会話らしい会話だ。ああ、暇だ、徒然だ!
もう何日が過ぎたのであろうか。部屋にはカレンダーも時計もない。そもそも窓すらないのだから、執事の挨拶がなければ、今が朝かどうかすら分からない。読書がしたいので文字を教えてほしいと執事に頼んだものも、救世主殿はいずれ元の世界に帰られるので覚える必要はないと断られてしまった。そこまでして俺を情報から遠ざけたいのか。
今、この異世界で知っていることと言えば、執事や医者の容貌がどこか青白いというぐらいである。といっても数人しか出会っていないのだから、ここでは皆がそうなのかは分からない。
「救世主殿、この度は帰還の儀を執り行います。長い間、ここへ御滞在いただきましたが、それも今日で終わりでございます。」
「ああ、長かった。しかし元の世界に帰るということは戦争が終わったんですね。」
「ええ、ありがたいことに。これも救世主殿のおかげでございます。」
急であったが、もとより戦争が終わるまでという話だったのだ。執事もどこか嬉しそうである。余程、戦争がうまくいったのだろう。しかし、何もしないで部屋にいるだけで、俺のおかげとは。
それから儀式が行われ、元の世界に返された、はずだった。
「いや、ここはどこだ?廃墟じゃないか?」
元の世界に帰されたはずなのに、周りを見渡しても廃墟しかない。それもまるで爆撃にあったのかのように倒壊し、コンクリートや鉄骨がむき出しである。俺が異世界に行っていた間に、何があったのだ?
情報を集めようと、廃墟と化した自宅から色々と物色していると、スマホが見つかった。スマホの日付は異世界へ召喚されたときから半年後、あの世界に居たのは半年間だったようだ。スマホをネットにつなぎたいが電波がない。
もしかすると、この惨状はここだけではないのかもしれない。
まず、人に会おう。そうすれば何か分かるだろう。そう思い立って、人を探しているが、どこにも居ない。どういうことだ?
歩いているうちに拾った古新聞によれば、ちょうど数ヶ月前から戦争が行われているようだ。どの記事を見ても戦争の被害が著しいことが分かる。
そして、その戦争の相手方が『異世界』からやってきているとも……。
ああ、分かりたくなかった。それだけは知りたくなかった。
「何が救世主だ、戦争の相手は俺達じゃないか!」
思わず、大声で叫んでしまった。その声で気づいたのだろうか。遠くから呼びかける声がする。人だ!まだ人が居たのだ!駆け寄ると、その容貌が青白いことに気づく。
そして見慣れた顔であることも。
「やあ、探しましたぞ、救世主殿。ご機嫌うるわしゅう。」
「お前は執事じゃないか!これはどういうことだ!」
「貴方が聞きたいのは、この惨状のことですかな?」
それ以外にない、そう言おうとすると執事は長々と説明を始めた。
曰く、あの世界は人々の戦争により滅びつつあった。高度に発達した兵器によって、地上は汚染され、人々は地下を目指した。人々は地下シェルターで暮らしながら、別世界への移住計画を立てた。生物の生存できる世界、そして何よりも居住できる世界を探すため、別世界からサンプルとなる生物を召喚していた。そして、それにより呼び出されたのが俺であることを。そして、この世界の人類が滅びたことを。
「あの世界から救ってくださった貴方は、私どもにとっての救世主なのです。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます