神様転生カスタマーサービス

 赤信号を無視してトラックに跳ねられた俺は、確かに死んだはずであった。

「お目覚めですか?おはようございます。こちら神様転生カスタマーサービスです。いや、おはようで大丈夫ですかね?貴方が亡くなられたのは夕方ですから……。」


 死んだはずである俺が、如何にも女神然とした、正確に言えば「女神らしき人物」に話しかけられている。

 どうも可笑しい、普通ならば取り乱すべき状況に少しも動揺していない。普段よりも幾層倍にも落ち着いているのである。そもそも、俺はせっかちで落ち着きのない気性なはずだが。

 でなければ、無鉄砲に赤信号の横断歩道を歩こうとはしまい。


「はい、貴方は無鉄砲ですね。親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている……。」

 女神は俺を見ながら、微笑んでいるようだった。

その笑みは憐れみとも皮肉とも取れるような表情で……。ああ!ここは苛立つべきなのに、それすら出来ない!


「どうにも自分が冷静すぎて困っているんでしょう?分かりますよ。最初は誰でもそういう感じなんですよ。少々お待ちになってください。ほら、いつもどおりな気分でしょう?ご不便をおかけいたしましたことをお詫びします。」

「そのよく回る口を少しは閉じたらどうだ?え?さっきから黙って聞いてれば、俺をあげつらうばかりだ。一体全体、何様のつもりなんだ?」

「女神様……って答えるのが正解なんだろうでしょうね。いや分かりませんね、あはは。」

 彼女こと自称女神はそういって笑った。曖昧なことを言って笑って誤魔化すのにも腹が立つ。

 俺が黙っていると、女神は一方的に喋り始めた。曰く、ここは死後の世界で、貴方はこれから転生しなければならない、と。全くもってバカバカしい。

 しかし、俺はこの状況を理解するのに「死後の世界」やら「転生」といった言葉がピタリと当てはまるので、しかめっ面をして押し黙っていた。どうやら俺は本当に死んだらしい。しかもこれから転生するときたもんだ。


「さて、本題に入りましょう。」

「俺は何に転生するんだ?人間か動物か、それとも虫か?」

「それは残念ながら私の担当部署ではないので、どうか御海容ください。」

 残念ながら。女神は何故か恨めしそうに言った。

「じゃあ、誰が決めるんだ?何のためのカスタマーサービスなんだ?」

俺は最初にこの女神がカスタマーサービス云々といっていたのを覚えていた。

何事も覚えておいて揚げ足を取る。これは難癖の基本だ。


「まあ、お待ちください。貴方が亡くなられたのは当方の不手際というわけではございません。簡潔に表現するなら寿命ということになります。

こちらが貴方の寿命満了に関しましての書類になります。ご確認いただけますか?」

「寿命だあ?そんなことを元から俺が知ってると思ってるのか?あ?

そんなのお前からすれば何とでも言えるじゃねえか。全く納得出来ないぜ。」

「あはは。死んでもクレーマーなんですね。まあ、こっちの身にもなってください。貴方なら分かるでしょう?散々、仕事でお客を宥めすかしてきたのですから。」

 これには少しばかり黙らざるを得なかった。

 確かに、俺はコールセンターでクレーマーの対応をしていた。

そして仕事のない日には、逆に鬱憤を晴らそうとクレーマーを演じるという二重生活を送っていた。


「待ってくれよ。俺はクレーマーだったが、それがそんなに罪か?

大体、さっき本題に入ると言ったじゃねえか。聞いていれば雑談ばかり……。」

女神が口を遮らなければ、俺は滔々とまくし立てていただろう。

「ああ、これも本題の内になるんです。どうぞコレを振ってください。」

言うが早いか、女神は大きなサイコロを持ただして来た。

俺が怪訝そうな顔をしていると、女神は笑った。

よく笑う女神である。俺がそんなに可笑しいのか。


「いやいや、何も貴方を馬鹿にしているのではございません。これからサイコロを振って頂いて、出目が貴方の転生先となるわけです。私はその見届け役ということになります。どうかご了承ください。」

女神の言い方が如何にもからかっているようで、俺は不機嫌であった。

しかし、やらないことには何も進まないようだったので、思いっきり振ってやった。


「おい、振ったぞ。何だよ、どういうことだ?

『女神(神様転生カスタマーサービス担当)』ってのは。」

「読んで字のごとくじゃ駄目でしょうか?あはは」

「字面だけで内容が分かるかよ。おい、説明しろ!」

「そうですねー。簡潔に言えば、貴方にはこれから女神になって頂きます」

「は?ふざけてんのか?俺に女神へ生まれ変われって?おい、大体なんで俺なんだ!」


「そりゃあ、カスタマーサービスとクレーマーの両方の経験があればこそさ。

いやいや、これが結構向いてるんだなあ。まさに天職だよ、ははは!」

女神、いやそれはもう女神ではなかった。一人の男、その姿形は俺自身であった。


「いやー、疲れたよ。最後の仕事が自分自身ってのは笑えたね。

というか結局、ずっと俺がこの仕事やるのか。いや、俺は今回で辞めるからループなのか?

まあいい、もうちょっと話たいんだが、業務の引き継ぎの時間を殆ど雑談に費やしたからなあ。

実際の業務では転生者と雑談なんざしないから久しぶりだったぜ。そんな雰囲気じゃねえからなあ。まあ、生きてた頃とやることは変わりないさ。こっちに非がある場合には、それこそ平謝りってね。」



「さて今回はお時間をいただき誠にありがとうございました。ご案内は以上となります。

担当は私、女神がさせていただきました。ご満足いただけましたか?」

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