アメイジング

「…え? まさか、人間…?」


その日、タリアP55SIは、自分なりの日常を築く為に準備をしていた。だがその途中で、ありえないものを見付けてしまったのだ。


それは、郊外型の大型商業施設の中だった。一階には結構な数のCLS患者が徘徊していたのだが、動きが緩慢で足を高く上げるという動作ができないこともあり、二階三階と上層階になるほどCLS患者の数も少なかったのだった。


それを利用し、彼女は上層階からCLS患者の処置を行おうとしていた。だがそれは、任務だからという訳ではなかった。彼女にとっての日常生活を実現する為にはCLS患者の存在が邪魔だったからである。


彼女は、ここに似た大型商業施設の中で客の案内をする為のメイトギアとして運用されていたのだった。要人警護仕様なのは、非常時の為の警備員も兼ねていたからだ。だから、同時に運用されていた他のメイトギアはすべて一般仕様で、要人警護仕様は彼女一体だけであった。


しかし、その商業施設は実に平和で、要人警護仕様としての彼女の能力が活かされるような事態は、百年の間に数回しかなかったという。それも、スリの現場を見付かって逃げようとした男を取り押さえるとか、痴漢を取り押さえるとか、その程度でしかなかった。


その一方で彼女はそこのスタッフ達にとても大切にされ、満ち足りた毎日を送っていた。とは言え、時間の経過というものは残酷であり、彼女もついに更新の時期を迎えてしまったという訳だ。ただし、データと記憶は新しい機体に引き継がれ、彼女はまた満たされた日々を送る筈であった。


なのに、業者に引き取られた彼女は初期化されることなくそのままリヴィアターネに投棄されてしまったのだ。


それを恨んでも仕方ないのでそのこと自体は別によかった。ただ、せめてかつての日常を多少でも再現したいと思ってしまっても、罰は当たらないのではないだろうか。


だから彼女はこの商業施設で、当時を再現しようと考えたのである。が、この商業施設の最上階に、彼女は妙なものを見付けてしまったのだった。テーブルや椅子を積み重ね、紐で固く結ばれたバリケードと思しきものを。


それの何が<妙>なのか? よく考えれば分かる筈だ。CLSウイルスは空気感染もする強力な感染力をもつ疾病だ。そして発症までの期間は非常に短い。だからその場にいる人間がほぼ同時に発症するのである。バリケードなど築く暇もなく、だ。


これはつまり、ここでCLSが発生後、少なくともこのバリケードを築いて立てこもる程度のことをするだけのことができた人間がいたということを表していたのだった。そしてそのバリケードの奥で、彼女は見てしまったのであった。


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