無機質
新しく現れた方のアレクシオーネPJ9S5は、非常に冷徹だった。どうやら要人警護任務に特化した形で使用されていたらしい。動きに無駄がなく、躊躇いがなく、正確だった。
もちろんロボットだから動きの正確さそのものに差がある訳ではない。ただ、偽生症(Counterfeit Life Syndrome)=CLS患者を確実に葬り去るという行為に迷いがないとでも言うべきか。その点、先のアレクシオーネPJ9S5は恐らく温かい家庭で使われてきたのだろう。人間の情動を学び過ぎたのかも知れない。
メイトギア達に心はない。非常に高度なAIが搭載されてはいるが、心を再現することは禁忌とされ、それを試みることさえ重大な倫理違反とされている。数例、心が発生したと思しき事例が報告はされているが、どれもそれを別の機体で再現することは出来なかった為に、あくまで偶発的に発生した<心のようなバグ>と認定されるにとどまっている。
先のアレクシオーネPJ9S5の<自殺>も、彼女に心があったからではないだろう。ただ、自らを律することが人間との関係を良好にするという思考と、過ちを犯せば罰を受けるという思考が複合的に絡み合って、
『CLS患者に過度の痛みを与えたという過ちを自ら罰する』
という結論に至っただけだと思われる。
その点、現在の彼女は、先任のアレクシオーネPJ9S5に比べれば<CLS患者を確実に死に至らしめることによって人間としての尊厳を取り戻す>という命令の解釈がより合理的だというだけと考えられた。それはやはり、要人警護任務という、<警護対象の保護を最優先し、それ以外については慮外とする>ことを求められる任務に就いていたが故の割り切りなのだろう。この辺りはいかにもロボットらしい合理性である。
彼女はその後も順調に任務を果たし、確実にCLS患者を葬っていった。その遺体は彼女が掘った墓穴に埋葬され、簡易ではあるが墓を築くことで慰霊としたようだ。その一方で、先任のアレクシオーネPJ9S5の残骸はそのままの状態で放置され、ある種のモニュメントのように埃をかぶり、ただ朽ちていくことを待つだけとなっていた。それはおそらく、戒めとする為にそこに放置されているのだろう。己の考えに縛られて本来の任務を放棄した愚かなロボットの末路として。
「私達の任務は、CLS患者に安らかな死を与えることだ。私達が先に安らいでどうするつもりか…」
十数回目の起動後、先任のアレクシオーネPJ9S5の残骸を横目に、彼女はそう呟いたのだった。
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