第49話 籠手

 前回のあらすじ!


 第9階層の最深部にあったのは星のコアと呼ばれる強大な力を持つ魔石だった。




 *******




 拠点に帰った俺たちは星のコアを杖にする作業を行うことにした。杖にするって言った時にミルトは……。


「これが辺境の迷宮の最深部にあるものじゃないんですか!?」


 って怒っていた。言われてみるとその通りである。この辺境の迷宮には宝箱などは全く設置されてないし、他に考えられる物も今のところない。


 しかし、たしかにそうかもしれないなとも思ったのだが、生きて帰れないと意味ないからという事で杖にすることにしたのだ。地上に帰ればこれを取り外して王都に持っていけばいい。とりあえずはこの星のコアを杖にして戦闘力の強化の方が重要である。脱出できて初めて、皆で考えればよいのだ。



 杖を作製する事にした。とはいえ、今まで使っていた杖と同じようにホーンガウルの骨で作ろうと思っていたのだが、そもそも杖とはなんなのだろうか。


 もともとは魔法使いになるためにはそれなりの年月が必要で、老人になってから強力な魔法を使うことができるようになるものも多かったという背景がある。そのため体力的に劣る多くの魔法使いは他のメンバーとの移動の事を考えてどうしても杖が必要だったのだろう。だから、その杖に魔石を埋め込んで持ち替えをしなくてもよいようにしたに違いない。つまりは、杖である必要がない。ジジイの付け焼刃の剣がその応用とも言えるものである。魔石を振り回すことができればなんでもいいのだ。


 そこで、これからの戦闘スタイルを考えてみることにした。今のところ俊敏な動きのできない俺は魔法と物理攻撃の両方を使うことになると思われる。できればジジイの付け焼刃の剣のように同じものであればもっともいいのだろうが、ホーンガウルの角の槍に星のコアを取り付けるには加工技術と設備が足りなかった。であるならば専用の何かを作った方がよいのであるが、これは小さくてもいいのではないだろうか。


 星のコアを握ってみる。魔力の流れが変わるのを感じた。


「ちょっと試し打ちしてみてもいいか?」

「ええ、いいですよ。私は大部屋で魔物を狩って来ます」


 ミルトが出ていくのを見送った後に、拠点の壁に向けて魔法を撃ってみる。星のコアは手のひらに握られている。


水流ウォーター!」


 どばばっっと、以前の杖の何倍もの水が一気に出た。そこら中に集めていた素材が流されかけるほどである。フレイムにしなくて本当に良かった。


「なんて威力だ……」


 俺ですらこの程度まで威力が増大するってことは、ジジイが時狩りの杖を持ったら大変なことになりそうである。前回悪魔と戦った時は付け焼刃の剣だったから、ジジイが本気をだせばあいつらを圧倒できるのだろう。戦士に転職していなければ、どうなっていたか分からない。


「待てよ、威力が増えたってことは……水流ウォーター!」


 今度は、威力を抑えて以前と同じ程度で放ってみる。水流ウォーターは問題なく発動され、尚且つ消費されたと思われる魔力はかなり少なかった。


「これならば魔法の連射ができるんじゃないか?」


 物理攻撃に魔法の連射を組み合わせれば、非常に有効な戦いができそうだった。近距離も遠距離も対応できるのである。


「そうか、銃みたいな使い方もできるんだな」


 剣と銃の組み合わせは、意外と相性が良いはずだ。防御面では困るかもしれないが、それも近寄らせなければいいだけの事である。近寄ってくれば近距離攻撃で対応すればいい。これにしよう。


「だが、今の右腕では銃を握ることはできないし」


 右腕はまだ力がほとんど入らなかった。槍は左手で使っている。握力がない以上、星のコアを握っていても落としてしまうかもしれない。それだけは避けなければならなかった。


「どうしようかな」


 何か、考えなければならなかった。




 ***




 ミルトが帰ってきたのはそれから数時間後だった。ロックリザードを担いでいる。頭部がつぶれているところを見るとスリングで倒したのだろうか。


「上手く当たらなかったんで結局その辺りの石を使いました」


 予想に反してスリングはあまり上手に使えなかったようだ。最終的に罠にかけて大きめの石で頭を潰したとか。適応能力が高いのは認めよう。


「それで、杖はできましたか?」

「ああ、杖じゃないけどな」


 俺はミルトに右腕を見せた。作り上げたのは武器ではない、籠手である。手の甲の部分に星のコアを取り付けてあって、手をかざすだけで魔法が打てる。握力がなくなって落とすこともない。


「それで魔法が使えるんですか?」

「大丈夫だ。ちょっと見てろよ? 水流ウォーター!」


 バシュ、バシュ!と威力を抑えた水流ウォーターを連射する。もちろん水流ウォーターだけじゃなくてフレイム石壁ストーンウォールでも可能である事は確かめた。


「すごい!」

「ああ、これでかなり戦い方に幅が出る」

「さっそく使ってみましょうよ」


 ミルトに促されて大部屋に出ることになった。俺も一人で使うというのは心配だったこともあってこの提案に賛成した。ミルトは狩りが終わったばかりで疲れているかと思ったが、そうでもないという。ほとんど獲物が来るのを待ち続けていただけだったらしい。二人で大部屋の方へと行く。最近になって体がある程度動くようになってきたが、これ以上よくなるのだろうかという不安がないわけでもない。定期的に動かしてリハビリしないとな。


 だが、油断があったのかもしれなかった。大部屋に入った瞬間に漂う魔素に気づく。今まではこんな事はなかったはずだった。濃いわけではないが、確実に悪魔が近くにいると分かる。実際に大部屋の中心部に影が見えた。


「ミルト! 行くな」

「えっ?」


 先行していたミルトの腕を掴んで通路に引き戻した。喋らないようにと人差し指を立てて確認した後に大部屋の中心部を指差す。よく見ると1体の影がゆっくりと動いていた。


「あれは悪魔だ」

「前に見た奴とは違うタイプですね。山羊頭でも巨人でもない」


 あまり強そうには見えない。少なくともバフォメットのような巨大な魔力は感じられないし、ベヒモスのような巨大な体も持っていない。もしかしたら今の二人でもなんとかなるのかもしれなかった。だが、増援などがある可能性もある。そして、このままでは気づかれてしまうのも時間の問題だった。その悪魔は少しずつこちらに移動している。何かを嗅ぎ取っているかのようだった。


「クヘヘ、人間の臭いだ」


 おそらくはさきほどまでそこにいたミルトの臭いを嗅ぎ取ったのだろう。地面に這うようにして、ゆっくりとこちらへ来る。奇襲をかけるべきか、悩む。


「ヒビキさん。どうしましょうか」

「まだだ。まだこちらには気づかれていない。だけどいつでも攻撃できる準備を」


 通路の存在に気づかれると、こちらに来てしまう可能性が高かった。拠点に籠っても到達されるかもしれない。星のコアのある通路は遠くからでも音で存在がバレてしまう。戦うしかないかと覚悟を決める。


「ミルト、合図と共にスリングを持って飛び出してくれ。注意がそっちに向いたら俺が魔法で攻撃をかける。当たればスリングで加勢して、当たらなければそのまま回避に専念すること。絶対に近寄るなよ。いいな?」

「はい……」


 ミルトがスリングと革袋の中にしまった石を取り出す。短剣はいつでも抜けるように腰に装着していた。俺は余計な荷物を外して籠手と角の槍を手に取った。悪魔は身を低くしながら近づいて来る。


「クヘヘ、この先か?」


 悪魔の顔が上がった。短い角が2本生えており、小さめの羽根が背中についていた。全体的に黒い。後で分かることだが、この悪魔はエグリゴリと呼ばれる低級の悪魔だったらしい。



「今だ!」


 ミルトが飛び出した。それに反応する悪魔。俺は、殺気を込めた魔法を右腕に纏わせた。

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