第33話 昔の話
前回のあらすじ!
プリン食った!
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「お願いがあります」
王妃が親衛隊の一人にすぎない騎士にそのような事を頼むというのは不自然だったに違いない。だが
その相手が幼馴染であり親友であり、二人が夫婦になっている事を考えると自然な事だったのかもしれなかった。そして子供がまだ2歳でしかない王妃にとって、実家以外に信頼する事ができる相手というのは二人しかいなかった。
「ランスロット、エレン、二人だけが頼りです」
「王妃様、どうなさったのですか」
「二人とも、そのような言葉はやめて。今は昔のように……」
我が子を抱きながら訴える王妃の目には決意があった。ランスロット=アクツもその妻エレン=アクツも完全に事態が飲み込めないでいる。
これは王が王妃に与えた休暇にすぎなかったはずだ。馬車の周りには精鋭が護衛をしており、目的地に着くまでの間だけでも幼い頃過ごしものと昔話をしたいというささやかな希望を王が許可したにすぎなかったはずだった。そして馬車の中には3人しかいない。
「お父様は……」
本気の目をした王妃は、その父の反逆の計画を語った。そしてその計画には綻びがあり、おそらくは成功しないであろうこと、成功したとしても王都は凄惨な状況になり我が子の命がどうなるかどうかも分からない事である。娘はすでに母として生きていた。父の計画を逆手にとり、我が子を守るための最善を取ることを考えていた。中々子宝に恵まれなかった王妃にとっては息子がその全てに等しかったに違いない。側室には多くの子がいたが、正妻である王妃に生まれた子がこの国を継ぐはずだった。だが、その未来はおそらく来ないと分かっている。
「貴方が、この計画を潰すのです。そして、この子を守ってください」
王妃に頼まれたランスロットは狼狽した。王妃の計画はランスロットに手柄を立てさせることで、我が子の助命を嘆願させることだった。そこに自身の命は含まれていない。
「ですが……」
「お父様の反乱が成功しても、私たちは殺されてしまうでしょう。お父様はその覚悟がおありです。逆に失敗した場合にも私たちはただでは済みません。私は、この子が確実に生きていけるようにと願っているのです」
まっすぐにランスロットを見る王妃。まだ、王に嫁ぐ前にランスロットをからかって遊んでいた頃の面影はない。
「分かったわ」
夫が答えるよりも先にエレンが返事をした。ランスロットはそれを制することもできない。
「ありがとう、そしてごめんなさい」
否定するよりも先に王妃は感謝し、謝罪した。その表情はまだ何かと戦っている顔だった。そしてランスロットは女性たちに遅れを取りながらも、決意を固めたのである。
***
最大の功労者としてランスロット=アクツはオートロゴス王と面会をしていた。そこで褒美に何が良いかを聞かれる。ランスロットは迷わずに答えた。
「王妃様と、王太子様の助命をお願いいたします」
「ならぬ」
間髪おかずにオートロゴスは答えた。ある程度、予想はできていたがランスロットはそれに耐えることができなかった。だが、逆にそれがオートロゴス王の心を動かしたのかもしれない。
「なにとぞ! お願いいたします!」
衛兵がランスロットを取り押さえるまで、謁見の間ではランスロットの絶叫が続いた。彼が必死だったのは王妃を助けたかったからであり、それは彼の本心だった。そのためには自分を犠牲にする事もできたのかもしれない。妻も、それを許してくれるはずだとランスロットは確信していた。だが、オートロゴス王は王妃の助命を許さなかった。
「……なにとぞ……王太子様だけでも……」
泣きながら退出させられるランスロットに対してオートロゴス王が感謝をしていたのは最期まで伝えられることはなかったが、王太子は名を替え秘密裏にルノワ領へと逃がされ、ランスロット=アクツは親衛隊を統括する立場へと引き上げられることになり、王太子の侍女及び監視の名目でアクツ家の一人娘を同行させた。
***
ドゴールド=ルノワは齢3つの時に廃嫡された王太子であったはずだった。記録には残されていない。彼の母親が反乱に加担したのは確実であり、実家ともども滅ぼされるだけの理由があった。だが当時の王にも人間の心が残っていたのだろう。我が子を処刑する勇気がなかっただけかもしれない。王太子はドゴールドという名を与えられ、辺境の地へ追いやられた。
ともかくドゴールドが物心ついた時にはすでにルノワ領で生活をしており、領主を実の父親だと思っていたのは間違いなかった。彼が自身の出生に関して本当の事を知るのは成人後のことである。
当時からルノワ領は王国内部でも辺境と言われる地域であった。主な産業は林業であったが、その木材が王都にまで流れ着くこともなく貧しい暮らしをしていたと言われている。戦乱が続く王国で、敵国に近いわけでもなく平和に暮らしている領主のもとに我が子を任せたかったのだろう。特にドゴールドを掲げて反乱を起こそうと思ったところでほとんど兵力もない地域だったという事も重臣たちを納得させる要因となった。
時は「魔法王」と呼ばれたオートロゴスの時代である。数々の優秀な魔法使いを排出してきたドゴールドの母の家は魔法の素質に恵まれた家系であった。更には後の世の魔法使いたちには及ばないとしても当時最強と言われたのはオートロゴスその人であり、息子のドゴールドが魔法の才能がないわけがなかった。だが、当時のルノワの領主はドゴールドに魔法を教えようとはしなかった。彼には分別というものが分かっていたのだろう。それとも実子ではないとはいえ、育てた我が子には王都の権力とは離れた場所で静かな人生を送ってほしかったのかもしれない。
「ドゴールド様、本当によろしいのでしょうか?」
「良い。何故父上が私に魔法をお教え下さらぬかは分からぬが、この力を習わぬわけにはいかぬ。オートロゴス王のような偉大な魔法使いにならねばならないと言っているのではない。だが、これから先ルノワ領を継ぐ予定の私が魔法を知らぬわけにはいかぬのだ」
ドゴールドが魔法の指南を頼んでいるのは侍女にすぎない女だった。本来領主の息子にはそれなりの魔法使いが教育を担当する。だが、ルノワ領に魔法使いは少なく、領主を越えるものなどほとんどいなかった。そしてその領主が息子への魔法の指南を拒んだのである。だがこの聡明な領主の息子は一つの事実を知っていた。この侍女の魔力量が領主をはるかに超えているという事実をである。
きっかけはなんだったか分からない。だが、ドゴールドが何をするにしても常に守るように付き添ってくれる彼女はドゴールドがルノワ領に来てから採用された者だった。正体を知るのは領主のみであり、彼女が王都から派遣された魔法使いであることはひた隠しにされている。任務内容はドゴールドの護衛及び、彼を担いで反乱を起こそうとする者が現れた場合にドゴールドを殺害することだった。しかし、一瞬の隙に漏れた魔力を感じ取ったのは齢8歳にしかならないドゴールド=ルノワ本人であり、彼はその事を来るべき日まで口にせずに過ごしたのである。家族も持たずに10数年の長きにわたりドゴールドを見守ってきた魔法使いは、すでにこの高貴な産まれの天才に対して情が移っていた。
「分かりました。しかし、二人だけの秘密です」
任務の期間はオートロゴス王が死去するまで。他の王子には存在を知られていない彼は、オートロゴス王が認めない限りは王子ではなかった。重臣の中でもその事実をしっているものはごくわずかであり、当時の王太子は反乱の際に処刑されたことになっている。侍女が彼を見守るのもあとわずかではないかと言われるほどにオートロゴス王も老いていた。侍女は残されたであろう僅かな時間に、愛情を注ぐようにしてドゴールドに魔法を教えたのである。家族を持たなかった侍女にとって、ドゴールドは息子も同然だった。
魔が差した。それがもっとも正しい表現であろう。しかし魔法を知ったドゴールドの吸収は異常と言えるほどに早かった。師が良かったのもある。優秀な弟子を得た師匠がさらに多くの事を教えてしまうというのは、ある意味自然なことだったのかもしれない。だが、気づいた時にはドゴールドの魔力量はオートロゴス王すら超えていた。察知が遅れたのはもう一つ理由があった。師が、さらに成長を続けていたのである。当代随一の魔法使いとなっていた師と、それに追いつこうと研鑽を積んだ弟子は世俗から切り離された場所にいた。
ある日、オートロゴス王の死去の知らせが届く。葬儀には領主の参列が必須だった。成人したばかりのドゴールドは領主について王都へ行くことを望んだ。だが、領主はそれを是としなかった。
「領地を護れ。今は行くべき時期ではない」
それがドゴールドが聞いた養父の最期の言葉となった。ルノワ領主は王都での他領主の暗殺に巻き込まれ、ドゴールド=ルノワが領地を継ぐことになる。
悲しみにくれるドゴールドにさらなる追い打ちがかかる。それは王都での内乱であった。あまりにも強大なオートロゴス王の跡を継ぐべき王太子に異を唱えるものが続出したのである。国は荒れた。そして、かの反乱で処刑されたはずの王太子が生きてルノワ領にいるという噂が流れ始める。誰も彼がオートロゴス王を越える魔力を持っているなどとは思わずに、そしてそれだけの力があれば王の血筋である事など、何も関係がなかった。人々は戦乱の世に力を持った英雄を求めていたのである。
ドゴールドは師となった侍女から真相を聞いた。自分がオートロゴス王の息子であるという事を知ったドゴールドは師の制止も聞かず、ルノワ領は内乱に巻き込まれることとなる。ドゴールド=ルノワの名は王国中に知れ渡り、得意魔法である「
後の世には「反乱王」と呼ばれるドゴールド=ルノワは最後、王都での戦いで命を散らすことになる。劣勢に陥った味方の撤退を最後まで殿しんがりで支え続けた19歳の男は、名もない雑兵に止めを刺されたと記録された。だが、彼の遺体は残っていない。
王都まで攻め込まれるも窮地に反乱軍に大打撃を与え、当時の王を護り抜いたランスロット=アクツ率いる護衛兵団のうちの一人がこう証言したという。
「団長は、勝利を喜んでいなかった」
彼に何があったかの記録は残っていないが、戦場に舞い降り、王都を陥落させる直前だった反乱軍の主力に「
反乱に失敗したルノワ領は事実上壊滅させられた。領主に所縁のあるものはそのほとんどが処刑され、大きく人口の減った町は辺境と呼ばれるようになる。そして、その辺境の町に人知れず迷宮が作られたことは誰も知らない。まるで、誰かの墓であるかのような迷宮は、その後200年の長きに渡り、人を近づけずにいた。
***
「ルノワ領とその協力者を滅ぼしてくるのだ」
「魔法王」と呼ばれたオートロゴス王の跡を継いだのは後の世で「残虐王」と呼ばれる王だった。彼は反乱を起こしたドゴールド=ルノワとその領地ルノワ領を撤退的に排除する事を決めた。見せしめである。
「分かりました」
ランスロット=アクツの娘はドゴールド=ルノワと十数年共に過ごした。彼女からの連絡ではドゴールドの反乱をどうしても止めることができなかったと謝罪がつづられていた。そしてドゴールドは自分の手で止めるとも。実際に、エオラヒテはドゴールドを戦場で屠り、その遺体を持って消えた。今後は誰にも会わずに暮らしていくと言っている。連絡の取り方は簡単な物だったが、基本的にはエオラヒテがこちらに出向くものだった。隠遁先はランスロットですら知らなかった。そして、娘がこの国で最強の魔法使いになっており、
そんな娘と十数年ぶりに屋敷で話をする事ができた。すでにドゴールドの遺体はふさわしい場所へと埋葬したのだという。今後は彼の墓を作った場所で暮らしていくつもりだと娘は語った。ランスロットには、娘の人生を狂わせてしまったことへの後悔しかなかった。そして、今は亡き王妃へ合わす顔がなかった。
「お父様、ドゴールドは不幸な子でした。ですが、死んでしまった後でも、あの子を愛し続けることはできると思うのです」
いつの間にか、娘がかつての王妃と同じ、決意に満ちた母の顔をしていた。オートロゴス王が崩御した今、ドゴールドが「魔法王」の息子であったという証拠はなくなった。これから「反乱王」ドゴールド=ルノワの名は、悪名のみが残されていくのだろう。だが、エオラヒテはドゴールドを想い生きていく。
「ルノワ領に騎士団が向かった。見せしめだ。もし、あの土地で暮らしていくつもりならば、せめて数ヶ月はここに留まりなさい」
親として当たり前の提案であり、ランスロットとしてはエオラヒテが助言に従ってくれるものと信じ混んでいた。だが、エオラヒテはルノワ領への帰還を望んだ。そして、それが親子の最後の別れともなった。
エオラヒテはドゴールドが幼少期によく二人で遊んだ地域の一つの洞窟にいた。この洞窟にはヒカリゴケが群生していた事もあって、幼かったドゴールドはこの場所を好んだ。幸いにも、ルノワ領を襲った騎士団たちも、この洞窟までたどり着くことはなかった。
ルノワ領が人口的にも辺境となってしまった後もエオラヒテはそこに留まり続けた。理由は一つである。そこには、ドゴールドを埋葬したからであった。
しかし、一つの問題があった。
それが何だったのかは今となっては分からない。エオラヒテがそれに対する対抗策を立てたのは、数年も後の事であるが、完全にそれを遮断することができるようになったのは100年以上も後であった。
大きな問題の原因はドゴールドという男の遺体に宿ったままであった魔力である。その性質は若くして死んだという事もあり、ある領域の者どもにとっては上質なものだった。
おそらくは、ネクロマンサーと呼ばれる死者を現世に呼び寄せる禁術を施行する者たちであり、それが人間であるかは分からない。エオラヒテをもってしてもなお、それらからドゴールドの遺体を守り切ることが難しいと判断させた事より、魔界からの悪魔の類である可能性すらあった。死んだドゴールドの魔力はそれらを呼び寄せた。
ともかくも、彼女はドゴールドの遺体をそれらから守る事を決心した。十数年の後に、その洞窟の奥には更に地下へと潜る迷宮が作られることになったのである。
それまでは強大な魔法使いが行使する
しかし、それだけでも敵の追求がなくなったわけではなかった。彼らに対抗するには神聖魔法がもっとも効率的であったが、エオラヒテは魔法使いであった。
ここから、彼女は俗世とかかわりを絶つ。完全に自給自足が可能となった迷宮内部において、
結界を完成させたエオラヒテは墓を守りながらも平和な時を過ごした。ある難民となったドワーフの集団がルノワ領へと逃れてきた際に、拉致同然に保護したのもこの時期である。生き残った領民との間で争いが起こる寸前であり、ドゴールドの墓のある洞窟をドワーフたちがねぐらとしようとしたのがきっかけだった。
ようやく、心の整理のついた彼女が俗世に出ることができるようになったころには、世界はゴダドールの地下迷宮の最深部に原因のある天変地異によって、混沌の時期を迎えていた。
「あの子が無事であれば、世界など……」
すでに遺体となっている我が子同然の弟子に対しての愛情。それだけがエオラヒテを現世にとどめている理由だった。
若き日に、ドゴールドの侍女として甲斐甲斐しく世話を行ってきた。家事を行うと、どうしてもその時の事を思い出してしまう。いつしか、エオラヒテは
そんな彼女も、少しずつ、人としての心を取り戻す出来事に遭遇する。そして、ある人物をもてなそうと、料理を行う。しかし、どうしてもできなかった。
浮かんでくるのはドゴールドが好きだった料理ばかり。結局、地上の酒場から料理を取り寄せる事となった彼女は何を思っていたのだろうか。それでも彼女は笑っていた。心は、どうだったのであろうか。
ある時、エオラヒテは第5階層の島の奥にある墓所で、こうつぶやいた。
「あなたのために私の青春時代はなかったのよ。そろそろ、私も人並みの恋ってのを経験してもいいわよね?」
島の奥の墓地に眠るドゴールドが生きていたら、こう答えたであろう。
「エオラ。多分、その恋は人並みでは済まないよ。応援するけどさ、相手はちょっと可哀そうかも」
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