第20話 大義と私欲

 前回のあらすじ!


「ここの主ぬしがしてないとは限らないがのう」

 忘れてはならない言葉であった。常に監視下にあったという事をわすれた結果、事態は最悪の方向へ……。

 エオラヒテ=アクツの火山ボルケーノからからくも逃れた二人は転移テレポートで地上へ戻る。

 だが、ヒビキが提唱した「魔力の高いものとの間に生まれた次世代の王が王国を崩壊から救う」という案はヨハンによって否定されてしまった。

 その時、ギルドのラウンジのすみっこでガタっと音がして、顔を真っ赤にした一人の女魔法使いらしき人物が出て行ったのを認識した者はいなかったという……。




 *******




 迷宮のぬしエオラヒテ=アクツの襲撃の翌日、さすがにあのベースキャンプに戻ったとしても凄惨な状況になってるし、エオラヒテがまた襲ってこないとも限らないという事で迷宮に潜るのを控えて色々考えようという事になった。束の間の休息でもあり、俺たちは何もない平和な時を過ごした。午前中は。



「とりあえずエール」


 こっちにはビールがないから仕方なくエールを飲んでいるけど、随分と慣れた。すでに朝から飲んでいたとしても違和感のないほどであ……。


「まだ朝ですからお茶にしましょう」


 コスタが注文を取り下げてしまった。なんとも言えない俺とジジイの顔をみてミルトが苦笑いしている。


「エオラヒテ=アクツの対策を練らないことにはまた迷宮に潜っても襲われるだけですからね! いくら師匠が強くても火山ボルケーノを連発するほどの魔法使いが相手では分が悪いでしょう」


 火山ボルケーノの魔法も雷撃サンダー同様に超高度な魔法であるらしい。雷撃サンダーは雷系唯一の魔法であるのに対して火山ボルケーノはもっとも種類が多いと言われる炎系の魔法の中でも至高とも言われる魔法である。威力は聞くまでもなく、全てを溶かしきるほどの高熱が周囲を埋め尽くす。俺も若干火傷を負っていた。ジジイが治したが。


「強さはまあ、なんとかなるとしても」


 ジジイの方が強い。これは間違いないだろう。俺も魔法使い相手に後れを取るかといわれるとシチュエーション次第である。詠唱前に攻撃が成功すればジジイにすら勝てるだろう。魔法使いの弱点とも言われるところであり、そのために単独で戦う場合には召喚サモンで周囲を固める魔法使いが多い。


「なんとかなるんですか……」


 コスタが若干呆れ気味の顔をしているが放置する。


「正直、戦いにくい」


 見た目がめちゃストライクな女の子と戦うなんて論外である。


「いくらエオラヒテ=アクツがババアだったとしても見た目が若いからな」

「お前さん、美人に弱かったんじゃな」

「うっさいわ、お前に言われたくねえ」


 おぞましい姿の魔物やせめて山賊風の風貌の男ならば遠慮しなくて良かったのに。


「分かりましたわ! とどめは私かミルトがしますから弱らしてください!」

「そうですね! 頑張りましょう!」

「いや、何に対抗意識を燃やしてるんじゃ?」


 女性陣2人が意外にもやる気になっている。でも彼女らを戦闘に参加させるわけにはいかないしどうしようか。


「今の迷宮の状況がどうなってるかも分からないしね、とりあえずは様子見るしかないんじゃないかな?」


 ヨハンによると今のところはエオラヒテ=アクツの被害にあった冒険者はいないようである。まだ第4階層にまで安定して潜る事のできるパーティーは少なく、昨日今日では俺たちだけだったから第4階層がマグマであふれたという状況になったのを把握したパーティーもいないようだとツアが言っていたらしい。


「ほとぼりが冷めるまでは時間をつぶすか」

「夫婦喧嘩みたいだね」


 ヨハンがそういうと何やら女性陣の機嫌が悪くなったようであるが、よく分からん。



「お、いたいた」


 そんな感じで会議とも言えないものを続けていると、ツアがやってきた。


「ちょっと耳に入れておきたいことがあってよ」


 いまだに元が盗賊業であったツアは情報通である。そこらあたりもギルドマスターとしては適任だった。


「変な集団がパーティーとして登録したらしい。もしかしたらとは思うが、お前ら絡みかもな」

「変な集団?」

「ああ、男5人で、全員僧侶らしいぞ」




 ***




「オルガ様! やはりいました! すでに何日も前から迷宮に潜っていたようです!」

「何? 王都からここまでどれだけの距離があったと思っている?」

「確かに反対方向の迷宮都市ペリエへ向かったのを確認したのですが……」

「我々は先回りしたのではなかったのか? ええい、ヨハンめ! あなどれん!」


 オルガと呼ばれた男は上質の法衣に身を包み、短く切りそろえられた金髪と整った顔立ち、そしてその身にまとう神聖な魔力の影響もあり見る者を心酔させる何かがあった。普段の彼はその真面目で温和な性格もあってか、誰からも愛され、そして尊敬の念を一身に集めるほどの人物である。


 王国に置いて神殿の重要性は明らかであり、その中でもオルガ=ダグハットと呼ばれる人物は若くして王都神殿の神官長に選ばれるほどの者であった。数か月前にゴダドールの地下迷宮を突破したパーティーに加わっていた僧侶オベール=ヨークウッドが現れるまでは彼こそが唯一次世代の教皇候補であり、それを誰しもが疑わなかったほどである。実績はともかくも人柄の面ではオベール=ヨークウッドを大きく引き離し、オルガ=ダグハットこそが次世代の教皇であると信じている者も多い。そしてその実力はオベール=ヨークウッドにも引けををとらないほどの物であった。彼に治せない傷はないと言われている。


 だが、そのほぼ完璧とまで言われる彼に焦りが生じていた。付き従うはオルガの腹心とも呼べる4人の男であり、彼らはオルガのためであれば命すら投げ出すだろう。そしてオルガは彼らに命を投げ出してもらいたいとは全く思っておらず、共に未来を作りたいと思っていた。そんな彼らが辺境のルノワに来ている。


「私ははじめて、己のために力を振るう……。これは罪だ。だが、同時に王国のためでもあると考えている」

「オルガ様! 後ろを振り返ってはなりません!」

「そうです! 国民の誰しもが望んでいるのです!」

「貴方が不幸になる必要などないのです!」


 腹心の必死の説得に苦悶の表情を見せるオルガ。聖職者であるオルガの中では大きな葛藤が生まれている。しかし、実際に行動を起こす覚悟は決めて来たのだ。


「だが……彼を、関係のないヨハン=シュトラウツを巻き込むこととなる。彼には申し訳がない」

「犠牲は、必要なのです! 貴方が犠牲になることはない! 貴方は我々に必要な存在なのです!」

「そうです! ヨハン=シュトラウツには悪い噂があります! 彼は自分自身では戦わずに部下に戦闘を強要するのだとか! 手柄だけを持っていく者が騎士団長であるなどと、承服できるわけがありません! これは騎士団の団員達を助ける行動でもあるのです!」

「う、うむ。……国民は願っている。それは間違いない」


 オルガは決心する。もう迷わないと。


「迷宮に潜るヨハン=シュトラウツとそのパーティーを妨害する! 国王様と予知見の巫女様の結婚をこそ、国民は望んでいるのだ!」




 数週間前。王都神殿で予知見の巫女の部屋の前をたまたま通りかかった時に聞こえてきた言葉。


「万が一ヨハン様が成功してしまって辺境の迷宮から何かを持って帰っちゃって、国王様との結婚ができなくなっちゃったら、オルガでいいわ。また予知することにしましょう」


 オルガ=ダグハット32歳、独身。必死に生きてきたために結婚の機会がなかったが、それをここまで後悔することになるとは思わなかった。彼は戦う。今まで人のために生きてきた彼が、初めて己の私欲のために全てを言い訳に塗り替えて、戦う。全身全霊を賭けて。

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