第19話 顔真っ赤

 前回のあらすじ!


 黒髪に黒い瞳、そして純白のワンピース。かなりの憎悪を含んでしまった表情だったが、笑えば優しそうな顔立ち。その魔力の多さをもってこの迷宮を維持している彼女が、もし王と子を為す事になればその子が王国の崩壊を防いでくれるのかもしれない。だが、ヒビキは思った。彼女を王に渡したくない。彼女を渡すくらいならば、王国など、崩壊してしても良い。しかし響き渡るジジイの一言。


「やめとけ、やめとけぇ。ワシと一緒で奴も不死イモータル使っておったぞ? 年齢的にはすでにババアじゃい」


 ……うん、ヨハンたちのためにも王国の崩壊は阻止しないといけないな。今のナシで。




 *******




「ぶははっ、年齢の事を聞いた途端に興味を失いおった」


 ジジイが俺の表情の変化を見て笑い転げる。だって、仕方ねえじゃねえか。相手がもしかしたら100歳くらいかもしれないと言われてそれでも恋愛感情を維持するというのは厳しい。特に単純な一目ぼれ(仮)だった状態でお互いの事を良く知ってるわけでもないし?


「ヒビキよ。このワシですら、あの領域の魔法が放てるようになったのは40代の頃じゃからのう。不死イモータルが唱えられたのは80過ぎてからじゃ」


 それまでのジジイはジジイらしくヨボヨボだったとか。地下迷宮に引きこもってからの事らしい。なおさら彼女が若い可能性が低くなってきた。


「エルフとかじゃったら寿命が長いから体も若いのかもしれんがのう」


 しかし彼女はどう見ても人間だった。


「うん、やっぱ無理だ。ちょっとその年齢差は俺には越えられないから、王様に期待しよう」


 帰ってヨハンとツアに報告して、もしかしたら迷宮のぬしが探しているものかもしれないという事を王国へ伝えてもらおう。それがいい。



 しかし、ここで俺たちは背筋に冷たいものを感じてしまった。


「ここのぬしがしてないとは限らないがのう」


 彼女が現れる前にジジイはそう言った。ぬしが常に監視している可能性、俺はそれを忘れるべきではなかった。絶対に覚えておくべきだったのだ。


「許さない」


 振り返ったそこには、顔を真っ赤にして、そして目を真っ赤に充血させた彼女が転移してきていた。


「エ、エオラヒテ……」


 もしかして、俺とジジイの会話を聞いてたのか!?


「私だって、好きで年をとったんじゃないのに……人の心を弄んで……」


 歯を食いしばってふるふると震える彼女は見た目は若い女性である。だが、中身はババ……。


「中身は100歳越えのババアじゃろ? ワシと一緒じゃ」


 こらぁぁ! ジジイィィィ!! 火に油を注ぐんじゃねえ!



「ゆ、許さないから!! 火山ボルケーノ!!」


 エオラヒテの両手から魔力があふれ出す。同時に俺たちの立っていた地面が割れ、そこからマグマが噴き出した。俺はとっさに避けて無事だったし、ジジイはずっと前から浮遊フロートを使って逃げている。ついでに何やら防護の魔法を使ってるようで周辺が淡く光ってやがる。


「ぎゃあぁぁぁあああ!!! 熱い!」


 しかし至近距離にマグマがあるというのは気温が急激に上昇するという事で、生身の俺が耐えられるわけもない。しかも温度上昇に伴う雲の発生やら何やらでベースキャンプは壊滅してしまっている。俺は一目散に逃げ出しているが、それでも熱い!


「許さない!」


 エオラヒテが泣きながら追って来た。火山ボルケーノを連発する。見た目は可愛いんだけどな、こんちくしょう! めちゃ怖い!


「仕方ない、逃げるぞい」

「ぐえっ」


 ジジイが浮遊フロートしながら俺の襟首をつかんだ。次の瞬間に転移テレポートの魔法を唱える。一瞬でギルドの中庭に転移した俺は命拾いしたのであった。


「マジかよ……」


 エオラヒテ、怖すぎる。




 ***




「まあ、事情はさておき何とか生還した」


 ヨハンたち4人が帰ってきたのはそれから数時間以上経ってからだった。すでにギルドのラウンジで脱力していた俺を見て3人が納得いかない顔をしている。


「どうやって先に帰って来たんですか?」

「ヒビキ! ライオス! 心配ばかりかけて!」

「さすがは師匠! しかし、どうやって先回りしたのです?」


 転移テレポートの事を話すと厄介だ。しかし、言い訳が思いつかない。というよりも、疲れに疲れた。


「お、覚えてない……」

「嘘おっしゃい!」


 ティナに追求されるが、すでに俺はあの出来事を上手くかいつまんで尚且つ良いように嘘をちりばめながら説明する事は不可能だ。絶対どこかで矛盾が生じて、そこから色々な事がバレてしまうに違いない。こういった時は黙秘権を行使するにかぎる。


「面白かったのう、迷宮のぬしに一目ぼれなんぞするから色々大変な目に合うのじゃ」


 ギュルンっとティナとミルトの顔がジジイから俺に向かう。なんだよ、もう二度としねえよ。


「なんですか!? それっ!? 詳しく!!」

「ちょっと、どういう事ですの!?」


 ガクガクとティナに襟を掴まれてゆすられる。やめて、もう疲れたんだから。 


「ヒビキが女性に惚れるなんて、初めて聞いたよ」


 ヨハン、俺がホモみたいな言い方はよせ。


「よしよし、ここはワシが面白おかしく説明してやろう」


 ジジイ、面白おかしくは必要ない。



「で、最後に迷宮のぬしエオラヒテ=アクツに追われたワシらは奴の魔法で地上まで吹き飛ばされたというわけじゃ」


 最後の最後だけ、エオラヒテの転移テレポートで飛ばされたという設定でジジイが面白おかしく俺の失恋とも言えない話をする。女性陣2人が食いつきが凄かった割には不機嫌なのが解せない。


「ヒビキ、何気に最低よね」


 もう何とでも言え。


「師匠、本当の愛に年齢などは関係ないはずですので、それは愛ではなかったのですよ」


 なんてコスタが言ってるけど、もうどうでもいい。疲れた。


「で、まあその話は置いといてな……」


 俺はジジイにも話した「辺境の迷宮の最深部にあるもの」の仮説を皆に説明した。おそらくは、予知見の巫女かもしくは迷宮のぬしのどちらかが王の妃になる事で魔力の強い跡取りが生まれ、その次世代の王が王国の崩壊を救うのではないかと。


「さすがは師匠! そうに決まっています!」

「多分そうですね!」


 コスタやミルトはこの説に賛同のようだ。


「まあ、納得できないわけではないですわね」


 ティナもそうかもしれないという表情である。


 だが、一人、この案に納得いかないという顔をした男がいた。「救国の騎士」ヨハン=シュトラウツである。


「ねえ、ヒビキ。ちょっとおかしくない?」

「ん? なにがだ?」


 この案には今のところは矛盾点はないはずだ。迷宮のぬしはものすごい魔力の持ち主だし、予知見の巫女は知らないけど少ないという事はないだろう。


「いや、その迷宮のぬしって、不死イモータルかけてるって言ってたよね?」

「ああ、そうらしいな。見た目は若くて美人なのによ」

「…………そんな高齢で子供産めるの? 100歳越えてるんでしょ?」

「「「あ…………」」」

「たしかに無理じゃな」



 その時、ギルドのラウンジのすみっこでガタっと音がして、顔を真っ赤にした一人の女魔法使いらしき人物が出て行ったのを認識した者はいなかったという。

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