ローブを着た戦士と鎧をつけた魔法使い ー引きこもりの大魔法使いを戦士に転職させたので俺も魔法使いに転職してみるー

本田紬

第1話 地下迷宮と救国の騎士

 天変地異の原因が大魔術師と言われたゴダドール=ニックハルトの造り上げた地下迷宮にあることが判明したのは、全くの偶然であったと言われている。経緯は明らかにされていないが、確信を得た王国は、その迷宮に自慢の騎士団を送り込んだ。


 そこが単なる迷宮であったのならば、物量にものを言わせた騎士団はすぐにでも迷宮を突破し、最深部にある「ゴダドールの間」に到達することができたのだろう。だが、迷宮を造り上げたのは大魔術師ゴダドールだった。迷宮に潜った多くの者が口をそろえて言う。



 あの迷宮は生きている



 大魔術師ゴダドールの魔力を元にして造られたといわれている「ゴダドールの地下迷宮」には、侵入者を排除する罠と、恐ろしい魔物たちで満ちていた。拠点を作り、じわじわと自分たちの領域を広げた騎士団であったがある程度間延びした後に、手薄な部分から順に襲撃を受け、解除したはずの罠にかかり、一人また一人と脱落していった。気付いた時には退路を絶たれ、補給を受ける事もできなくなり、実に7割もの損害を出して初めて撤退したのである。最深部の「ゴダドールの間」はおろか、第4階層までしか到達出来なかった騎士団は、根本的に攻略法を変える必要に迫られた。


 しかし、当時の騎士団長は頑なに騎士団のみでの攻略にこだわった。増え続ける犠牲者たちを見かねた王太子が騎士団長の処刑を発表するまで、地下迷宮は騎士たちを殺し続けた。騎士団長の処刑後、王国は多種多様の職種を募集した。騎士団だけでは攻略が困難だった危険な迷宮に挑み、迷宮攻略の多額の褒賞を目当てに多くの者たちが集まり、彼らは冒険者と呼ばれるようになる。


 倒しても倒しても気がつけば増えている魔物や、いつ何処で仕掛けられたか分からない罠で溢れ返る迷宮を進む者たちが増えるにつれて、いつしか4~6人ほどの「パーティー」を組む者たちが増えた。役割分担をはっきりさせ、苦手な分野を補い合うスタイルが最も攻略に向いていると考えられ、冒険者たちはお互いに腕を披露し合い、より優秀な仲間を募るようになったのである。


 そんな中、騎士ヨハン=シュトラウツは迷宮の罠で隊の仲間を全員失っていた。自身も怪我を負ったヨハンは新たに冒険者の仲間を募り、迷宮に潜り続けた。数年後、彼と彼の仲間たちは地下迷宮を攻略したのである。最深部である「ゴダドールの間」には、かつてゴダドールだった者の残骸が残されていたという。傍にはすでに意志のない主人の命令を今も忠実にこなし続けている魔物がいた。立て続けに起こる天変地異は、この魔物が迷宮を拡張する際に「星のコア」に影響を与えていたのが原因だった。魔物を討伐したヨハンは、「救国の騎士」として不在であった騎士団長に就任し、生き残ったパーティーの仲間たちも多額の褒賞と地位、名声を得た。


 だが、ヨハンと彼の仲間たちは迷宮の最深部の話をあまりしようとしなかった。それは、「ゴダドールの間」で戦い死んだ仲間の戦士を思い出すからだと言われている。




 ***




 即位間もない王は叫んだ。

 彼がここまで声を荒らげる事はほとんどない。だが、父を失ったばかりの若き王が平静を失ったとしても、仕方のないことだった。


 事の発端は「予知見の巫女」である。天変地異の原因を言い当てた当代の巫女は、歴代最高の予知見と言われるほどの巫女であり、その予知見は今のところ外れた事はない。絶大な信頼を置かれている巫女であったが、その予知見は数年に一度程度のものだった。だからこそ、予知見が出ると王が呼ばれる。


「巫女よ、回避の方法はないのか?」

「嫌ですわ、陛下。私の事はマリアとお呼びになって」

「巫女よ、回避の方法はないのか?」


 ちなみに巫女だからと言って結婚を禁止されているわけでもなければ、むしろ跡取りを産まなければならない立場である。しかし、当代の巫女は独身である。歳は40を越えようとしていた。


「前回の時は回避の方法の回避まで予知していた。今回もあるはずだ」


 若き王の顔が蒼白になっていた。予知見の内容が王国の崩壊だったのである。しかし、前回に比べてその予知見は曖昧なものであり、いつ何処でどうなって崩壊へと至るのかという理由が述べられていない。だが、王は冷静ではいられなかった。ちなみに巫女は若干太っており、若干前歯が出ている。一般的にはとてもではないが顔立ちが整っているとは言えなかった。


「ですから、回避の方法は……」

「その回避の回避の方法だ!!」

「…………ええと、東の辺境にあるという「辺境の迷宮」、その最深部にある物を持ち帰れば、と出ています。残念ながら、それが何かまでは分かりません。ですが、王国崩壊は陛下とわた…………」

「ヨハンを呼べぇ!!」


 最初に示した王国崩壊の回避方法。それは王と巫女の結婚、だった。

 実はこの予知見は完全な虚偽である。巫女が嘘を言った理由というのは……推して知るべしである。



 まさか、歴代最高の巫女が人生をかけた大博打に打って出たとは誰も思わず。いや、側近の中には「本当かよ?」と疑った者もいないでもなかったが、それを口に出すわけにもいかず。冷静さを失った王がそれに気づくこともなく。


 かくして騎士団長でもある「救国の騎士」ヨハン=シュトラウツはまたしても迷宮攻略を命じられることとなった。




 ***




 迷宮都市ペリエリテ・アンダ・クリミナイテ・ルア・ゴダドール。「ゴダドールの地下迷宮」が突破され、生きた迷宮がその機能を停止した後も、そこには魔物たちが住み続けていた。その魔物たちを狩り、まだ残された迷宮の財宝を狙うために迷宮が攻略された今もこの都市には冒険者が集まり続ける。


「ここか……」


 騎士ヨハン=シュトラウツは騎士団の鎧の上からフード付きの外套を羽織り、冒険者たちが集まる酒場を訪れていた。一躍有名人になった彼は、この都市を訪れる際にはこのようにして一目を忍んで行動しなければならない。別に悪いことをしているわけでもないと本人は思っているのだが、騒ぎになってしまうのも駄目だった。

 酒場の扉を開けると、昼間にも関わらず中は混んでいた。入ってきたばかりのヨハンに数人の視線が行くが、みすぼらしい外套と顔を隠したフードのおかげで「救国の騎士」だとはばれなかったようだ。すぐに冒険者たちの興味は失われる。


「いた」


 奥側のテーブルに目的の人物たちはいた。こんな時間から酒を飲んでいるなんて、とヨハンは思ったが、それは昔から変わっていないことの証明でもあると思いなおすことにした。冒険者たちと共に迷宮に潜り続けた日々を思い出す。規律に縛られる事のない日々は、ヨハンにとって新鮮で楽しいものだった。


「探したよ」


 テーブルの空いた椅子に許可もなく座る。この時点でまだフードと外套を着ていた事に気づき、フードを取り払った。


「おいおい、どうしたんだよ?」

「なんじゃ、お前さんか」


 一人は体格が良く、魔術師のローブを着ている。年齢は20台だろう。もう一人はやや細身であり、金属製の薄手の鎧をつけていた。見た目はせいぜい30台といった所だが、口調は老人のそれである。「救国の騎士」ヨハン=シュトラウツは魔術師のローブを着た男の方を向いて言った。



「ヒビキ! 助けてよ! また迷宮に潜らなくちゃならなくなったんだ! 僕は無理だって言ったのに!」

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